αは僕を好きにならない

宇井

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2 神様はいじわる(楓)

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 理人と同じ大学を受験したのに、学部が違い通うキャンパスがまったく違っていたのは誤算だった。
 大学生活はぼっちも覚悟していたが、いつしか女子を含めた五人グループで行動するようになっていた。
 この大学時代のうちに楓はセックスを体験する事になる。理人には定期的に会う機会をもっているけれど、この事は内緒にするつもりでいる。
 
 楓がセックスを体験しようと思ったのは自分の体を確認したかったからだった。
 女性の体を触ったり逆に触られる事は想像できない。同性には散々苦しめられてきた楓だが、やはり性の対象は男だ。
 自分には子供の頃の検査でΩの名残があった。それが男性を引き寄せる原因とは思わないけれど、まったくの無関係とも思わない。Ωの名残があるからには、この体は受け入れる事に喜をび感じる体なのだろうか。それを確かめたい。
 そこでエッチしようと頻繁にちょっかいをかけてきてくる大学の先輩をつかまえ、男の全身を観察した。
 顔は悪くないし清潔感もある。一応首筋に接近して匂いを確認しておく。手を繋いでみたが嫌な感じはしない。
 多分大丈夫と思い、タチネコの両方をやらせてくれる事、かつ今回一度限りという制約つきで男の部屋へ行った。
 向こうから誘って来ていただけあって男のセックスはおそらく上手かった。
 緊張する楓を勃起させて挿入まで導いてくれたし、立場を変えて男が入れてきた時も痛みはなかった。
 わかったのは自分は受け入れて感じる体を持っていない事だった。
 一度やって満足したのか先輩は楓の周りをうろつかなくなった。楓とやるまでが彼の目標であり、達成したら執着心もなくなったのだろう。だから楓の人選は正しかった。

 二度目の経験は二回りも年上の男性だった。
 博物館の券売機の前で、別料金の特別展の金額が高すぎるなと、文字表示を見上げている時に声を掛けられた。
 上品な紳士風。肌に張りがあるが笑うと目じりの皺は深く、三十代に見える四十代だった。
 男の買ったチケットで館内をまわり、その後は食事とお酒をごちそうになり連絡先を交換して別れた。
 二度目はミュージカルを観劇して、また食事をごちそうになったのだが、その後は自然とホテルへ入っていた。男の誘導があまりにスマートだったのだ。
 自分は上でも下でもどちらでも良かったが、男は楓に入れたがったので受け入れた。
 経済的にも時間的にもゆとりのある上等な男。その男が楓に跨り腰をふる姿が快感を高めた。男の物が細くまっすぐなのも負担が少なくていい。
 男は必ず門限に間に合うように帰してくれるし、言葉にしなくとも楓に対する好きが溢れているから、恋人として存分に甘える事ができた。
 すべてが順調だったけれど付き合いは半年で終わった。
 男の妻に病気が見つかったらしく、今後は妻を支えていきたいと別れを告げられたのだ。楓はしぶったけれど、男は納得しないままの楓を喫茶店へ置いていき、翌日には連絡先に繋がらくなっていた。
 この事をグループの一人に相談すると『エンコウ』と言われ、純粋な付き合いを否定された。女性がまた嫌いになった。
 楓は男とお金のやりとりをしていないし物ももらっていない。男との別れに本気で泣いたのに、この友達には最後まで伝わらなかった。
 男と別れた時、周りから就活という単語が聞こえるようになっていた。

 周囲の話題が就活一色になった頃、楓は父親に言われた通り、とある企業にエントリーした。
 楓はその企業名を聞いてもぴんとこなかったが、女子には馴染みのあるブランドを持つ企業だったようだ。
 その企業にエントリーした事を忘れた頃になって面接の案内が来て、そこに出向いた時に初めてその場が三次の適正試験と面接の現場だと知った。
『もう内定がでたの? 最強のコネじゃん。なんでそんなカード持ってるの?』
 そう友達に言われたけれど楓にコネの認識はない。
 確かに一次と二次の試験は受けていないが、招待された三次から先は自分の力で内定をもらったからだ。
 本物のコネであったら、内定をもらった時の母の喜びようは異常だし、最初の場は最終面接だったはずだと反論したが、お前は自分がどれだけ恵まれているかわかっていないと返され席を立たれてしまった。
 グループ内の誰よりも早く内定をもらってしまった事に対するやっかみだろう。
 楓には本命があり今後も就活を続けるつもりだったので、友達の焦りや不安を理解してその場の怒りをしずめた。
 内心はともあれ表面上であってもおめでとうと言われると思っていたのに、がっかりだとしか言いようがない。

 本命の企業にはエントリーだけで跳ね返されてしまったが、元々高望みだったからへこむ事はなかった。
 他にもらった内定がひとつあったが転勤が多いので断った。採用面接時には地方への異動は問題ないと言アピールし、営業に出る意思を示したが、よくよく考えてみれば営業なんて向いていないと冷静になった。
 結局、楓は三次試験から参加し内定をもらった繊維会社に就職した。
 会社全体でみれば女性社員が多いのだが、本社支社となると男性の割合が増える。ブラックでもホワイトでもない、それなりに忙しいが有給も遠慮なくとれる企業だった。暑苦しい人間関係もなく、楓は社会人になり学生時代よりも解放された気分でいた。

 楓にとって三人目の男と出会ったのは、会社の忘年会に参加していた取引先の男だった。
 二つ年上の男は年が近く、業種も同じせいか教わる事が多く尊敬できる人だった。快活で爽やかでまさに体育会系の男だったが、意外にも難関大学出身だった。
 男のねっとりしたセックスは体力を奪ったけれど、その分だけ楓の体の特徴はよくわかってくれていた。中で感じられない楓の為に毎回腰をふりながら前をしごいてくれるし、事後も労わってくれるから、自分は気持ち良さを感じているだけでいい。
 ずっと一緒にいようと言われるようになったのはすぐだった。
 将来を見据えた付き合いにしたい気持ちに応えたくて、楓は自分の悩み、家庭の事を喋った。
 だが何が悪かったのか、そこを境に男からの連絡は数が減り、男が自然消滅を願っている事が嫌でも伝わってきた。
 自分の話のどこに問題があったのか、楓はわからない。
 父親はすでに定年退職していて家にいる事、母親は数年前に腰を悪くし松葉杖を手放せなくなっている事。自宅はにぎやかな商業地の奥にあり、古い家屋がのった土地を父親は守り、一人息子の楓にも同じ事を望んでいること。
 話した内容はこの程度だ。
 だけど男はこの中のどれかに息苦しさを感じたに違いない。だって楓自身がそう感じているのだから。

 古びた家屋を覆うように生えている木。家人の生気を餌に生きているような庭木に溜息をつく。
 受け継いだこの土地を父親が誇りに思うのはいいが、これを維持するにはなかなか金がかかる。地価が高く一度手放せば二度と手に入らない事もあって、ここを売る気はさらさらないようだ。
 楓が生まれる前に一度相続の為に庭を切り売りしたらしいのだが、その後も父親の稼ぐ金の多くは税に取られ、楓たちの生活は昔からつつましいものだった。
 それを大学生になるまで気付かなかったのは、両親が楓ファーストで物質的な不自由を感じさせなかったせいだ。
 父親が勤めていたのは小さな企業だったし、最後まで役職のないままで給料も多くなかったはずだ。そんな父親が楓の為に用意したコネは自身が築いた縁ではなく、親戚に頼った縁だったと知ったのは入社後しばらくしてから知った事だった。
 長男がこの土地に縛られ落ちぶれて、出ていった兄弟が出世し現役で働いている事に感じるところはないのだろうか。プライドはないのだろうか。
 思わないから僕の就職の斡旋を頼む事ができたんだ……
 父親がもっと野心家であれば、この家を取り巻く状況は変わり、楓には違う今があったはずだ。みんなが笑顔でいられたはずだ。
 この家を売ればそこそこのマンションを購入できる上にキャッシュも手元に残る事を楓は知っている。
 母親にたしなめられるから父親に直接言った事はない。でも楓はそう思っていた。

「おかえり楓」

 台所から母親の返事が聞こえる。腰を悪くする前は必ず玄関まで迎えに出てきていた事を思い出す。

「ただいま……」

 居間への引き戸を横に滑らせると座卓の横には広げた新聞と広告が広がっていた。なぜだがゴミ箱は横に倒れてティッシュが転がっている。父親の仕業だ。
 ちゃんとしてって言ったのに。
 腰の悪い母親がこの紙で足を滑らせて捻挫してしまったのは一年前の事だ。それなのに何度言っても父親は床に物を放置したまま。悪いのは母であり自分に非はないと思っているから、いつまで経っても改めない。
 今は姿が見えないがそのうちひょっこり顔をだし、指定席に座って岩のように動かなくなる。
 次に母が転んだりしたら寝たきりになってしまう可能性がある。その時誰が面倒を見るのか。
 そんな時が来ても父親は絶対にここを売らないだろう。日当たりの良さもバリアフリーも彼には何の魅力にもならい。母にも手厚い看護がつくのだとしても心は動かない。
 古い歴史のある日本家屋は室内が暗く、水場は狭く段差があり、和室の広間だけが広々とし不便にできている。
 母親が不自由になってからは室内の空気はより暗く重く、そしてかび臭くなっている。部屋のすみに埃はたまり、物が積み重なり乱雑になっていく。
 自由に動く体を持ちながら相変わらず家の事を母親に押し付けている父の存在が楓を暗くさせる。
 自分が男にふられたのは、まさしくこの家のせいだ。
 すぐにでも介護が必要になりそうな両親……
 せめて母が元気ならば、父が母を気遣う人だったら……
 
「楓、ごはん食べるでしょう? 台所にいらっしゃい」

 小さく震える手で鍋から煮物をよそう母。
 母は楓の返事を待たずにダイニングの食卓に次々と皿を置いていく。元々返事を聞く気がないくせに楓に問い、いつもいつも勝手な事をする。
 勝手に夕食を出し、勝手に部屋に入って服を洗濯してしまう。毎朝帰宅時間を確認してくる。もうすぐ家に着くタイミングで買い物を頼んで来る。
 早く結婚して安心させろと言う。
 みんな勝手だ……
 このままでは母に暴言を吐いてしまう。
 ちょっと電話してくると言い自分の部屋に逃げた。

「理人……」

 助けてよ。
 畳に膝をつくと涙が出てきた。
 本当は理人でなくてもいい。こんな暗い場所にいなければならない不幸な自分を連れ出してくれるなら、力強く腕をとり引っ張てくれるなら誰でもいい。
 自分は昔から神様に意地悪され続けている。
 生まれた家が、この呪われたような家だと言う事がそもそも不幸だ。
 もう少し頑張れば理人に会える。いつもの居酒屋で楽しく飲んで、この現実を忘れてしまいたい。
 高校時代、変な男達を追っ払ってくれた理人。
 これまで人から受けてきた仕打ちに、大変だったなと共感してくれたのも理人。
 古いこの家をお屋敷みたいと表現して、母の作った粗末なおやつも美味しいと食べてくれた。
 大学に合格した時は、頑張りが報われたなって一緒に喜んでくれた。
 内定を報告した時だって、すごいな流石だなって褒めてくれた。
 僕をわかってくれるのは理人だけ…

 楓はこの後、運命と出会う事になる。
 電車の中で紹介された親友の幼馴染み。雄々しいα。自分を守ってくれるα。不幸から救い上げてくれるα。気が付けばホームに降りていた。
 運命の番だなんて嘘だと思っていた。現代にそんなものはないと思い込んでいた。でも一瞬で運命に心を持っていかれた。連絡先を交換し、その日のうちに強引なほど求愛され、二人で会う事を了承していた。
 ふわふわした気持ちの片隅に苦しそうな顔をした理人がいたのは確かだ。
 運命である蓮は理人が幼い頃から愛し続けていた人に違いなかった。

 僕は諦めるべきだろうか。蓮を諦めて友情を取るべきだろうか。よりによって理人の大切な人が自分の運命だなんて嘘みたいだ。
 理人と蓮、どちらを選んでも僕は後悔する。そしてどちらを選んでも、理人を悲しませる。
 こんなの僕のせいじゃない。こんな形で運命になんて出会いたくなかった。
 楓が散々泣いて朝を迎えた時、するべき事は決まっていた。
 理人に会おう。理人に会いたい。理人が嫌だっていったら蓮には会わない。やっぱり理人が大事だから。親友だから。
 これまでもそうだった。理人に話しをするだけで身体が沈むほどの重みは軽くなった。
 楓に優しくない神に対しても、理人との出会いがあった事だけは感謝していいと思った。
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