子豚の魔法が解けるまで

宇井

文字の大きさ
12 / 61

12 ジェイクの力

しおりを挟む
 朝昼兼用になってしまった食事を終えて、宿を引き払い町へ出る。
  一体どんな世界に降り立ったのか、町を抜けてやってくる土くさい風を顔に受けどきどきした。

  ここはちょっとした都会らしい。ジェイクさんの話ぶりからするに地方の小都市と言った所。
  宿近くの商店街は服飾や日用雑貨を扱っている店ばかりで、三メートル幅の道の両側に店が並んでいる。一階が店舗、店の奥から、もしくは二階からが住宅になっている日本でもよくある造りだ。
  人通りはあまりなく、ぱらぱらと十人ほどの人がいる。ジェイクさんと二人並んでゆっくり歩いても誰の邪魔にならない。
  普段の買い物はこんな商店街で調達するらく、食品を扱う通りになると今の時間はにぎわっているらしい。

 「ここに用事があるんだ。ちょっと待っていてくれ」
 「服買うの?」
 「いや、トモエのその服を買いに来た時店主が留守で、代金を多めに置いて出てきたんだ。だからその確認と釣りをもらおうと思って」
 「そんな事してよかったの? 怒られるんじゃない?」
 「大丈夫。この店は町に来るたびに利用しているし、親父さんもいい人だ。こんな事をしたのは初めてだが、伝言も残してあるしな……」

  常連なのかもしれないけど、お金が絡んでると怒られるんじゃない?
  俺のハラハラをよそに、ジェイクさんは店主と普通にやりとりしている。どやらこの町ではそんな買い物方法もありみたいだ。
  ほっとした所で、俺は店内にいる人の人間観察を始めた。店内で商品を物色している男性は三人。ジェイクさんの身長を百八十五だとして、男性の身長を目測する。
  サンプルが少ないながらも、ジェイクは飛びぬけてではないにしろ高い方だといえそう。平均は思ったより高くないかもしれない。
  通りを歩いている小学校低学年位の子を見たけれど、俺が思う子供らしい体型とは違って、足が長く細くすらっとした印象を持った。何と言うか、大人の体の縮小版って感じだった。

 「トモエ、行こうか」
 「うん」

  ジェイクさんの用事はすぐにすみ、店を出て短く距離しかない商店街を抜ける。すると人の流れも変わり、馬も通る幅広の道に出る。そこからは同じような建物が視線の一番先まで続いていた。
  建物の高さはせいぜい四階ほどまで。どれもが切妻屋根で、長方形の紙を真ん中から折った形の屋根を建物に乗せている。
  木造建築に壁材はレンガもあれば岩や石で自然が作る素朴な色をしていて、窓の木枠だけはカラフルに彩られアクセントになっていた。
  同じような家が並んでいるから、それが目印になって自分の家がすぐにわかりそうだ。
  俺んちは赤とか、青とか、そんな風に見分けられるのって楽しいな。
  空は日本と違って電線なんて張ってないし、牛丼屋とか服屋の看板だってないからスッキリしている。世界遺産に登録されるような、レトロな街並み。
  土を固めただけの道路は、馬が通る度に埃を立てる。今の季節な湿気がなくこうなってしまうらしい。
  地面のあちこちには青紫色の綿菓子みたいな植物が自生している。よくよく見ればそれはカスミ草みたいに小さな花の集合体で、茶色の茎はそのまんま綿菓子にささってる割りばしみたいに見える。

  お伽話しの世界に迷い込んだみたい……ただこの埃がなければ完璧……

 俺はジェイクさんに促され、ポンチョのフードを被り、フードに着いている布を立てボタンで閉じた。これは口と鼻を覆える布だと外に出て初めてその必要性を知った。
  マントやポンチョはお洒落の為にあるのではなく、防寒と埃よけの立派な機能を持った外套なのだ。それがなければ黙って埃に耐えるしかない。
  ジェイクさんの血に塗れた剣も今は武具店に研ぎに出している。マントは昨日の血の汚れを洗浄する必要があって、洗濯屋に預けてあるらしい。
  だから今はマントがなく、首から口にかけ茶のストールをぐるぐると巻き付けている。
  背中には巨大なベージュ色のザック、頭の高さを越えるごっつい物。使い込んているのがよくわかる汚れがあって、一か所指が通りそうな穴を見つけた。
  中には物がぎっちり詰まっているから、内側から押しあげられ型が歪になっている。
  これを背負って移動しているのなら、ジェイクさんはとんだ力持ちだ。その上、昨日はザックに加え、俺まで抱っこしてきたのだ。
  今だって背中の重みを感じさせないほど足取りが軽い。耳にかけた長めの髪は風を受けふわりふわりと動いていて、その髪も横顔も太陽に照らされ光が零れている。
  もさっとした格好なのにダサくない。
  ジェイクさんと俺はしっかり手を繋いでいるから、遠目からは親子に見えるのだろう。
  俺は手つなぎなしでも迷子にならない自信はあるけど、ジェイクさんは子供とはすぐに駆けだして泣いて予測できない動きをすると思い込んでる。
  まあ、その全部を俺はしてしまったのだから仕方ないけど、外を歩く時はずっと手を繋ぐと決めたみたいだ。

 「ねえ、ジェイク、俺って幾つだろう?」

  突然名前を呼び捨てにし始めた俺に、ジェイクは咎めない。俺だったら生意気なクソガキには躾をする所だけどな。本当、ジェイクって懐が深い。

 「年か、そうだな……背格好からだと、六つ位か? でもトモエは言葉も態度もしっかりしているから、もう少し上の可能性もあるか」
 「俺もそう思う。俺自身のことなのに、わかんないことだらけだ」

  ブサイクな童顔だし、体型もこの世界の子供とはシルエットが違う。ジェイクが俺の年齢を当てるのは難しいだろう。

 「年齢なんてさほど気にする事はない。幾つでもいいさ」
 「そうなの? だけど役所とか学校とか、そういうので問題出てこないの?」
 「大丈夫。学校なんて行きたくなった時に行けばいいし、学びに年齢は関係ない。住民を管理するのは町の役所だが、ここより田舎となると今でも届を出さない人もいるだろう。書式も最近統一されたばかりだし、この国はこれからもっと発展する過程にある。生きる場所も友人も職業もある程度自由に選べるんだから、年齢だってトモエが好きに決めればいい。それは急がなくていい事だ……と私は思う」
 「へえ」

  何か、大らかだな。大らかすぎだな。
  これはジェイクだけの考えじゃなくて、国民性とか地域性というのが大いに関係あると思う。そして尚且つ平和な場所なんだと思う。
  子供を拾った、どうやら捨てられ行くあてがないらしい。となったら警察に届けるなり何なり、公の機関に相談するのが、俺の知る真っ当な対応だ。
  それなのに、ジェイクは取りあえず最初に見つけた責任からか自分が面倒見ると言う。後からになろうと手続きさえ踏めば、それを非常識だと責める人もいなさそう。
  他の事もそうだ。商品を扱っているのに店番なしに抜ける店主、代金を置き見繕った商品を持ち出す客。そんなの通用するのか、しないだろう? って事が容認されている。
  だけどそれも、ジェイクの人柄とか、これまでに築いてきた人間関係も大きく作用するんだろうな。

 「ねえ、ジェイクは幾つなの」
 「私は、二十だ」

  二十? って何? ハタチって事? いやいやそれはないだろう。

 「えっと、俺はジェイクの年齢を聞いてるんだけど」
 「だから、二十歳だと言っている」
 「……ええっ! 嘘、若いっ。どうして老けてみせてるの!?」
 「いや、そんなつもりはないが。トモエは私を幾つだと思っていたんだ」
 「ごめん、もっと上に見えたんだ。意外なほど若くてびっくりだよ。落ち着いているせいもあるかな」

  当惑の顔を見せられ、大騒ぎした事を悪く思う。
  二十七とか……それ以上だと思ってた。やっぱりこっちの人はかなり老け顔だ。それにしても二十歳とは、これほどのびっくり発言がジェイクから出てくるとは思いもしなかった。
  中身が高校生の俺からしたら年は近い。だけど外側がちびっこなんだよな。

 「俺の方は、とりあえず八歳って事にしていいかな。そうしたらジェイクとは十二歳差だろ。それって一回りで丁度よくない?」

  恋人の年齢差として悪くない。
  俺はこの体が大きくなった暁にはジェイクに身を捧げるつもりでいる。何といっても優しいし、顔が好きだし、体も好きだし、とにかく全部好きだし。ジェイクしか考えられないし。

 「一回り?」
 「暦とか、方位とか……みたいな、まあ、そんな感じ。十二ってキリがよくていい数字だと思うんだ」

  そんな話から歩きながら暦について教えてもらった。
  一年が三百六十五日ある。空には太陽、夜には月と星。まったくもって地球と同じ。
  ここは、異世界ではなく過去のどこかの地点だろうか。それも考えられないか?
  そう考えていた時、ジェイクの歩調が乱れた。

 「危ないっ」

  ジェイクの声に緊張が走る。
  それは俺を激しく責める叱責にも聞こえ、かつて父親だった奴が俺を見下ろす顔がフラッシュバックする。
  叩かないで! 思わず目を閉じ体を縮めていた。
  俺は繋いでいた手を思いっきりジェイクの方に引っ張られ、その腹に抱きとめられる。力は加減してくれたみたいだけど、硬い筋肉にぶつかて頬骨が痛い。
  何が起こったのか、そう思ったニ秒後には、すぐ近くでガシャンと陶器の割れる音がした。
  そろそろと目を開けると、目の前には砕け散った陶器が土をまき散らし無残な姿になっていた。
  頭上から植木鉢が降ってきた。
  それを正確に理解すると同時に、上の窓から焦った女性の声が聞こえてきた。

 「ごめんなさい、手を滑らせてしまって」

  女性がオロオロしているのが震える声から伝わってくる。
  これって普通に歩いてたら直撃してた。ぶるっと大きく身震いすると、ジェイクが背を撫でてくれる。

 「ジェイクには上が見えてたの?」
 「見えはしないが、嫌な気配を感じた。後は体が動くに任せただけだ。教えておこう、私には魔力があるんだ。直前にしか勘が働かいのは惜しいところだが、それでもたまには役に立つ。こんな風に」
 「魔力? なにそれ」

  腰を抜かしてその場に座り込んでしまいそうになるが、尻が地べたにつく前に支えられる。
  建物の上から降りてきた女性が、走ってやってくる。そして申し訳ないと何度も謝罪した。
  俺としては悪意がない事がわかれば充分だ。それでもジェイクは厳しい顔をして注意していた。
  一度こういう事態を引き起こしたのだから、二度と窓辺に陶器を出すな、花を飾るなと約束させていた。
  初めて見た顔だった。でもそれは当然なのかもしれない。これで人の命が奪われたとしたら、それは双方にとって不幸だ。
  俺は口出しをする気力もなく、ただジェイク中で震えを抑えることに努めた。
  女性が片づけをして消えた後も、俺はジェイクに縋りつきさっきの続きを問う。

 「ねえ、魔力って?」

  まさかここにそんなものがあるのかと見上げる。

 「私は直近に迫る危機を感じ取る事ができるんだ。多少人より目がいい、もしくは耳がいいのだろう。自覚しない所で危険を読み取って体が勝手に反応する。私はこれがあるからこの年まで生き延びてきた」

  俺が聞きたいのは魔力についての説明だったんだけど、ジェイクは自分の持つ魔力を説明する。 

 「トモエにも何かあるかもしれない。もう少し大きくなれば、あるかないかがわかるだろう」
 「俺には、多分ない」
 「なくとも生きていける。ある人間は少数派で王都に集まるが、だからと言っていいことばかりとは限らないしな」

  俺はそんな魔力なんて物がない世界に生きてきた。だから俺にそんな物ある訳ない。生まれ変わりで姿かたちが丸っと違うならともかく、俺は俺の子供時代に後退しただけなんだから。
  魔力と呼び名があるくらいだし、それはジェイクが言うような、目がいいとか耳がいいのレベルではないと思う。
  五感の機能が異常に発達して異変を感知しているんだろうか。
  俺の脳のほとんどが眠っているのに対し、ジェイクの脳は常に活性化していて情報を伝達している感じ。脳内物質が爆発したみたいに出っぱなしで、休む暇がなさそうな気もするけど、その辺のバランスは無意識にとれているんだろうな。日本にいた俺の想像なんてそこまでしかできない。
  魔力か。
  ここはやっぱり、俺の知ってる地球とは違う、似ているようで似ていない。
  そんな便利な物があると知っていたら、天使に色々と注文できたのに。それこそ一番役に立ちそうなの魔力を持たせてもらった。
  容姿に特化したのは全然活かされてないし、あの接触は本当に何だったんだ。エロいことしかしなくて時間を無駄にした自分を少し呪った。
  と、待って。
  じゃあ今朝、俺が不埒な思いで胸毛に興味を持った時、ジェイクがパチリを目を覚ましたのは、魔力が働いたから?
  そうなると、ジェイクは俺の動作を魔力で危険だと判断していた事になる。俺を拒否しているつもりはないのだろうけど、何気に傷つく事実だ。
  例えばその気のないジェイクを夜這いしたら、ベッドに近付いて手を伸ばした時点で叩き落される事になるんだろうか。事を成そうとする前にバレで成立しない可能性が大きいと言う事だ。
  何しろ身に降りかかる危険を察知して体が勝手に動くと言うんだから、俺なんて何の構えもできないまま、撃退され未遂に終わる。
  夜這いの前に、ジェイクの心を落とすのが先だ。でもまあ、先は長い。
  気を取り直してしっかりと立ち上がり、服についた汚れを払った。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...