私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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14 目覚めれば麗しい顔

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 パトリシア、パトリシア……

 自分の名を声がずっと聞こえている。

 すごく心配を掛け悲しませている事がその声色から伝わってきた。
 パトリシアってのはこの国ではよくある名前だ。人の行き交う街中でその名を呼べば、自分以外にも振り向く者はいる。
 名前さえその他大勢に紛れるなんて、私にははまりすぎだ。
 でも、今聞こえてくるこれは、私だけを呼ぶ声だとわかった。
 という事は、私は密猟者の仲間に拉致られていないという事だ。体に感じるのが馴染のない布の感覚。でも、ここは安心できる場所。

 途端に思考が白く甘いミルクの中を漂い始める。

 パトリシア……

 呼び掛けは止まる事がない。
 心配かけたよね、ごめん。
 だから、そろそろ私は目覚めなければいけないらしい。こんな時くらい無視して眠っていたい所だけど、これが出来ないのが私だ。

 あぁ、瞼は重い。目を開けるのは後にして確認。
 右手オッケー、左手オッケー。右足、感覚は鈍いが動くからオッケー。左足オッケー。頭部よりは肩が少しだけ痛い。かな。
 順に体の感覚を確かめたが大きな違和感はなかった。
 頭も異常はないはず。記憶は、ばっちり残っている。

 森の中で倒れた。

 あれ、待って……そもそもなぜ森にいたのだろう? そこに至る経緯が靄の中にある。
 喉が渇いたから給水に寄って、あれ? それならなぜ、あんな深い所にまで行ったのだろう?
 うーん、わからないしっ。

「……パトリシア……!」

 喉から絞り出すような声。
 目を開けて真っ先に飛び込んで来たのは、どうも……ファーガス様っぽい顔の男性だった。
 制服姿じゃないし、ごく普通の綿のシャツを着ていて、だから彼とは違う人、なんだろう。きっと。
 でも綺麗だわ、とつい見とれてしまう。
 だって、見れば見るほどファーガス様……そっくり……

「大丈夫か。頭痛は? 眩暈はないか?」

 のぞき込む彼に大丈夫と頷いてみせる。心臓がバクバクし始めたのは、近すぎる顔のせいだ。
 一応確認。

「あの……あなたは?」
「僕は、ファーガス・リーバーラント」

 ふぁーがす、りー……なんですと?

 ……
 …………
 ………………

 ってそれ、まんま、ファーガス様じゃないか!

 起き上ろうとした途端に石を擦り合わせたかのようなギシギシとした痛みが頭の中で響く。
 イテテじゃ済まない。
 アイダダダダダダダダダダ!!! だ。
 思わず頭を抱えてっしまう。

「そのままでいい」

 とは言われても、ファーガス様がいるのに呑気に横になっていられない。
 根っからの田舎貴族だからだろうか、こんな時でも高貴な人の前では辛い体に鞭打ってしまう。

 何としても体を起こそうとする私の意を汲み取ってくれたのか、ファーガス様は背中に手をまわし上体を起こすのに力を貸してくださった。
 その上、枕をたて腰に差し入れてくれた。
 私がヘッドボードに寄りかかるのを確認して、彼はベッド脇の椅子に座り直す。

 深呼吸を一つ。
 口に酷い違和感。
 木目の壁に天井、扉。ベッドの脇に小型のチェスト。私がいるのは、普通の民家の一室にみえる。

「あの……」

 どうして私がここに? ファーガス様がここに?
 できれば気楽に話ができる女性にかわって頂きたい。けれど、室内にはファーガス様以外の人の姿はなく、外からの音もなく静まり返っている。
 何から聞けばいいのだろうか悩んでいると、ファーガス様が口を開いた。

「名前は? 言える?」

 口調が柔らかい。いつもと違い目つきも怪我人向けの仕様なようで有り難い。

「パトリシアです。パトリシア・デライム」
「年齢は?」
「二十歳です」

 ここまでの質問で彼が私の頭に異常がないか確かめているのであろう事に思い至った。
 口が上手く回らない。医者は、いないのだろうか。誰でもいいから、この人以外にいないのだろうか……

 その後も同じような簡単な質問が続いた。
 家族構成、出身地、誕生日、友の名前。上官の名前。好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな花に色……?

 あれ、何か、質問が多い上に、道を外れている気がする。
 私がすべてに素直に答えた所で、ファーガス様はその正解を知らないはずだ。
 けれど疑問は口にできなかった。

 ちなみに好きな花はバラと答えておいた。
 本当はカーネという食用になる花だ。
 お茶に浮かべたり、菓子の飾りにしたりする人が多いけど、我が家ではがっつり食事として食べていた。ほのかに糖質があって癖がなくて、年中庭に咲くあれは本当によい非常食だった……

「パトリシア……君の好きな男性のタイプは?」

 ……
 …………
 ………………は?

「答えてくれ」

 ナンデスカ、その質問は。
 と思っても、ファーガス様は至って真面目なお顔だった。
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