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15 混乱
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好きな、男性の、タイプ?
「えっと…………大らかな人、でしょうか」
「顔は」
「まあ、あの、ついていればいいかと」
これまでの人生で考えも聞かれもしなかった質問に内心おおいに、うーんうーんと心の中でうなり絞り出した。
優しい人がいいってのは当たり前だけと、それ以外のこと、特に外見的なことなんかは思い浮かばなかった。
答えるまでにちょっと間が空いてしまったが、ファーガス様はフムフムと頷いていらっしゃる。
どうも私の知っているあの方じゃないような気がしてしまうのだが……
私の視線に何かを感じたのか、ファーガス様は軽く咳払いする。
「では最後だ……そうだな……君の仕事内容は? 仕事が辛くはないか?」
回り道からまっとうな質問に戻っていた。しかし今更な質問だ。一貫性のない質問攻撃だったけどこれでやっと終わる。
「仕事にはやりがいを感じています。巡回警護の交代勤務にもすっかり慣れました」
言い切った所で、ファーガス様は驚愕に目を見開いた。
そしてそのままピクリともしなくなった。綺麗な顔が人形のようにかたまったのだ。
あれ、何で。
流石にその様子を見ると不安になる。
巡回警護。その言葉にそれほど衝撃力があっただろうか。
三交代の勤務で体内時計が狂うのはしょっちゅうだから、いつも休日は部屋で眠る事が多い仕事で、今日はたまたま……たまたま……買い物にでも出かけた。
ん……違う。違う?
どこかが違う事だけはわかる。でも説明はできない。
何が間違いで何が正解? あれ、私って近衛の騎士で正解だよね。ずっと夢を見ていた訳じゃないよね。あれ、混乱してきた。
「……今日が何月何日かわかるか?」
あーっ、
……
…………
………………わかりません。
今まで淀みなく答えられていたというのに、開けた口からは細い息しかでない。ただ夏の終わりだったかなって季節感をうっすら感じるだけだ。
いかん、何か嫌な汗が出てきた。
「落ち着いてパトリシア。昨日は何をしていた。昨日でなくていい、自分の記憶で一番新しいことを順に挙げてみるんだ。何でもいい。思いつくままに」
新しい記憶、印象に残っている事。
彼にその気はないのだろうが、急き立てられ強請られている気がしてくる。
早く答えねば……
私はそこから絞り出すように、こめかみに指をやった。
「えっと、たしか……勤務のあと先輩に因縁を……いいえ、稽古をつけてもらってコテンパンにやられて……夜は一年振りの帰省の為の荷造りをして、翌日の昼には実家に着いてのんびりと……」
菜園の動物除けの柵にペンキを塗った。ド派手な黄色を選んだのは安売りだったからって理由だけど両親はセンスがいいと褒めてくれた。
そのあとブドウの実に日焼け防止のための新聞紙を五十枚かぶせた所でタイムアップ、夕食の時間となった。
「夜には実家を出て、朝には寮に到着し通常勤務についたはずです」
「ブドウ……」
ファーガス様が呟いている。
あれ……意図せず全てを独り言として口に出していたようだ。
私の脳は本当にどうかしているらしい。ファーガス様が望まれている訳でもない話をペラペラと聞かせてしまったっぽい。
おかしい。
私はおかしい。
目覚める前に思った密猟者、がどこに繋がるのかが、わからないのだ。
目を閉じて集中すると、頭の痛みが増す。眉間に皺が寄っても力は緩められなかった。
しかし何度巡っても、私に残る強い記憶は里帰りと翌日の勤務。普通の勤務に就いた所で有耶無耶になる。その続きがあることはわかっているのに、いつまでも出てこないのだ。
私に何があったのだろう……
「パトリシア」
ファーガス様は子供を諭すような目つきで私を見る。
「君は、何から何まで頑張り過ぎるのではないか? 休日は体を休めるためにあるというのに」
「すいません、久しぶりの里帰りではしゃいでしまいました。そんな風に楽しみながら植物に手をかけるのは、私にとっても息抜きであり癒しなんです。ファーガス様もお見せしたいです。うちの畑を」
順調に実ったブドウは出荷するために袋をかけて守るが、その作業も楽しい。そうでないものは鳥が食べてもいいよう放置しておくと、遊びにやってくる子たちが多くなる。
のどかでいい光景を見せたい、と言い掛けて慌ててブレーキを掛けた。
いかん。
うっかり普通に喋っていたけれどこの人って王族だった。そんな人に田舎で麦わら帽を被らせて畑の脇を散歩させるとかあり得ない。
あ、やぱっり、怒ってる。
「……見せたい、だ……とっ……」
頬を赤く染めた彼は小さく零している。
内では大いに憤慨しているに違いない。私は腰を動かしてファーガス様からもう何センチかの距離をとった。
はぁはぁと息をついた後、取り直して私の瞳を苦し気にじっと見つめてくる。本来ならば怒鳴りたいところなんだろう。きっと怒られないのは怪我人の特権だ。
私を睨みながらようやく息を整えたファーガス様が口を開く。それはこちらが消えてなくなりたいほどの恐ろしい形相だった。
「パトリシア、おそらく、君のその記憶は二か月前のものだ」
……
…………
そう…………ですか。
何か違う気はしていたんだ。
私は混乱もなくそれを受け入れられていた。
「えっと…………大らかな人、でしょうか」
「顔は」
「まあ、あの、ついていればいいかと」
これまでの人生で考えも聞かれもしなかった質問に内心おおいに、うーんうーんと心の中でうなり絞り出した。
優しい人がいいってのは当たり前だけと、それ以外のこと、特に外見的なことなんかは思い浮かばなかった。
答えるまでにちょっと間が空いてしまったが、ファーガス様はフムフムと頷いていらっしゃる。
どうも私の知っているあの方じゃないような気がしてしまうのだが……
私の視線に何かを感じたのか、ファーガス様は軽く咳払いする。
「では最後だ……そうだな……君の仕事内容は? 仕事が辛くはないか?」
回り道からまっとうな質問に戻っていた。しかし今更な質問だ。一貫性のない質問攻撃だったけどこれでやっと終わる。
「仕事にはやりがいを感じています。巡回警護の交代勤務にもすっかり慣れました」
言い切った所で、ファーガス様は驚愕に目を見開いた。
そしてそのままピクリともしなくなった。綺麗な顔が人形のようにかたまったのだ。
あれ、何で。
流石にその様子を見ると不安になる。
巡回警護。その言葉にそれほど衝撃力があっただろうか。
三交代の勤務で体内時計が狂うのはしょっちゅうだから、いつも休日は部屋で眠る事が多い仕事で、今日はたまたま……たまたま……買い物にでも出かけた。
ん……違う。違う?
どこかが違う事だけはわかる。でも説明はできない。
何が間違いで何が正解? あれ、私って近衛の騎士で正解だよね。ずっと夢を見ていた訳じゃないよね。あれ、混乱してきた。
「……今日が何月何日かわかるか?」
あーっ、
……
…………
………………わかりません。
今まで淀みなく答えられていたというのに、開けた口からは細い息しかでない。ただ夏の終わりだったかなって季節感をうっすら感じるだけだ。
いかん、何か嫌な汗が出てきた。
「落ち着いてパトリシア。昨日は何をしていた。昨日でなくていい、自分の記憶で一番新しいことを順に挙げてみるんだ。何でもいい。思いつくままに」
新しい記憶、印象に残っている事。
彼にその気はないのだろうが、急き立てられ強請られている気がしてくる。
早く答えねば……
私はそこから絞り出すように、こめかみに指をやった。
「えっと、たしか……勤務のあと先輩に因縁を……いいえ、稽古をつけてもらってコテンパンにやられて……夜は一年振りの帰省の為の荷造りをして、翌日の昼には実家に着いてのんびりと……」
菜園の動物除けの柵にペンキを塗った。ド派手な黄色を選んだのは安売りだったからって理由だけど両親はセンスがいいと褒めてくれた。
そのあとブドウの実に日焼け防止のための新聞紙を五十枚かぶせた所でタイムアップ、夕食の時間となった。
「夜には実家を出て、朝には寮に到着し通常勤務についたはずです」
「ブドウ……」
ファーガス様が呟いている。
あれ……意図せず全てを独り言として口に出していたようだ。
私の脳は本当にどうかしているらしい。ファーガス様が望まれている訳でもない話をペラペラと聞かせてしまったっぽい。
おかしい。
私はおかしい。
目覚める前に思った密猟者、がどこに繋がるのかが、わからないのだ。
目を閉じて集中すると、頭の痛みが増す。眉間に皺が寄っても力は緩められなかった。
しかし何度巡っても、私に残る強い記憶は里帰りと翌日の勤務。普通の勤務に就いた所で有耶無耶になる。その続きがあることはわかっているのに、いつまでも出てこないのだ。
私に何があったのだろう……
「パトリシア」
ファーガス様は子供を諭すような目つきで私を見る。
「君は、何から何まで頑張り過ぎるのではないか? 休日は体を休めるためにあるというのに」
「すいません、久しぶりの里帰りではしゃいでしまいました。そんな風に楽しみながら植物に手をかけるのは、私にとっても息抜きであり癒しなんです。ファーガス様もお見せしたいです。うちの畑を」
順調に実ったブドウは出荷するために袋をかけて守るが、その作業も楽しい。そうでないものは鳥が食べてもいいよう放置しておくと、遊びにやってくる子たちが多くなる。
のどかでいい光景を見せたい、と言い掛けて慌ててブレーキを掛けた。
いかん。
うっかり普通に喋っていたけれどこの人って王族だった。そんな人に田舎で麦わら帽を被らせて畑の脇を散歩させるとかあり得ない。
あ、やぱっり、怒ってる。
「……見せたい、だ……とっ……」
頬を赤く染めた彼は小さく零している。
内では大いに憤慨しているに違いない。私は腰を動かしてファーガス様からもう何センチかの距離をとった。
はぁはぁと息をついた後、取り直して私の瞳を苦し気にじっと見つめてくる。本来ならば怒鳴りたいところなんだろう。きっと怒られないのは怪我人の特権だ。
私を睨みながらようやく息を整えたファーガス様が口を開く。それはこちらが消えてなくなりたいほどの恐ろしい形相だった。
「パトリシア、おそらく、君のその記憶は二か月前のものだ」
……
…………
そう…………ですか。
何か違う気はしていたんだ。
私は混乱もなくそれを受け入れられていた。
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