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20 隊長とファーガス様
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近衛の医務室に入り、専属医師の問診を受ける。ベッドに横になる必要はなくて、そこに腰をかけた。
ファーガス様はここに私を置いてからは姿を消していた。よかった。
直近の問題はグーグーと鳴るお腹だけなんだけど、医師はその音に何の反応もなく、しばらくの安静を言い渡した。
その後、隊長がやってきて、ベッドに並んで座ると、私の手をとり様子を気遣った。
私の手は現在隊長の両手でサンドイッチされている。
近すぎていい香りがして、ちょっとだけ頭がぼやっとした。
間近の美女オーラは凄い。
ファーガス様の接近で慣れたはずだが、また違う種類の美形には別の耐性がいるようだ。
隊長の指がガーゼで隠れた頬に触れそうな所まで伸びたけれど、思い直したようにそこに触れず、かかっていた髪を耳にかけられた。
七つあるベッドは全部空だし、医師はもう部屋の隅にある机で書き物をしていて、こちらに興味はないようだった。
「隊長、私の事情聴取はあるのでしょうか?」
「ん? 聴取はファーガスが済ませているはずだ。それ以上に聞くことはないし、パトリシアが今後もそれに煩わされることもない」
隊長は言い切るけれど、そんな軽いものなのかと首を捻る。
「では、あの魔獣は今後どうなるのでしょう」
「そうですね……」
隊長は細い指を顎にかけ思案している。
「ファーガスが勢いよく輸送部の方へ歩いているのを見かけましたが、きっと追い返されるでしょう。となると、次に向かうのは厩舎あたり。最終的には獣医部か魔学部が妥当でしょう。奴はいま頭が沸いて忘れていますが、生きた魔獣は貴重。それに、パトリシアが魔獣を気にしているのなら、悪いようにできないでしょう」
輸送部って、ファーガス様はルルをどこに送り込もうとしたのだろう。何も知らず狭い箱に入れられてどこかへ輸送されるルルが頭に浮かぶ。
なんか、ファーガス様って無茶苦茶だ。
「魔獣の保護先がわかったら教えて下さい。お願いします」
「わかった。知らせるように計らいましょう。それにしても、パトリシア」
隊長が含んだように微笑む。
「今回の事で初めて知りましたが、ファーガスとは随分仲良くなっていたようですね」
ぐふっ。
喉が異変を起こした。
「交際しているとは驚きました。奴は私の四期後輩で入隊の頃から知っていますが、学生時代に届いた噂とは随分違う人だと思いました。夫の紹介で話をするようになるとまた印象が変わって……つまり私が言いたいのは、ファーガスはあんなに澄ました顔をしていても……実は底の浅い人間だと言うことです」
私的は何にも面白くないけれど、隊長は笑いはじめた。
「あのファーガスが肩に愛らしい獣を乗せているとは、愉快すぎる。その上魔獣をただの動物だと言い切ってしまうとは恐れ入る。やっぱり私の勘は正しかったのだと先ほど確信しました」
きっとファーガス様の友人であるご主人の前では、こんな風に大っぴらに笑えないのだろう。何だか凄く楽しそうだ。
呼び捨てにしている所を見ても、親しい間柄なのがわかる。
隊長の見立てでは、ファーガス様は薄っぺらい人間だと言う事だろうか……?
「あの、ファーガス様って一体どんなお方なんでしょう?」
「パトリシアも話してみてわかっているでしょう? コミュニケーション能力の低い、困った男です。あなたも、夫と同じく振り回されて大変なのではないですか」
隊長その通りです。そうとは言えません……でもその通りなんです。
「もしかして、最近どこかで頭を打たれたとか、そんなことはないのでしょうか?」
「それは……フッ、面白い表現ですね。頭を打ってああなった……それは笑える!」
私は純粋にファーガス様に外傷的な問題があったのではないかと聞きたかったのだけど、笑い続ける隊長には通じていない。涙まで出たのが目尻を拭いている。
「すまない。雑事だと聞き流して下さい。記憶がないとはいえ交際している男性が貶められるのは複雑な思いでしたね」
そんな事はないけれど、さっきから隊長の隊長らしからぬ砕けた言動に戸惑う。
「パトリシア。あなたには、寮での三日間の安静を言い渡します。それに続く一日の休暇は、不穏な人間を捕えたことへの上からの労い。早く記憶を取り戻せとせっつくことはしません。ただ、ファーガスとの今後をどうするのか、余裕ができたら考えてみてはどうでしょう。記憶のないままファーガスと元の付き合いに戻るのには、少々無理があるように、私は思うのです」
隊長の言葉に私は頷いた。とっくに記憶が戻っていることを言い出せなかった。
「いろいろなお話を聞くことができて、大変参考になりました。ファーガス様のことは、まだどうしていいかわかりませんが、真面目に考えてみます」
私達が付き合っていると言い張るファーガス様。そんなことはないと分かっている私。
私たち二人の意見を上手く擦り合わせる術は、果たしてあるのだろうか。
何がなくてもいい、いつでもプライベートな相談に乗ると残し、隊長は消えた。
計四日の長い休暇なんて学校に入ってから今までもらったことがない。それでも全日通して外出禁止だから喜びも半減だ。一瞬浮かんだ田舎への帰省が潰れた。
とりあえず、隊長の機嫌はよかった。ルルの心配もないだろう。
ファーガス様の方こそ頭を打っている……と思ったのだが、そんな事実はないようだ。隊長の話を信じるのなら、あの方は元々あんな方なのだ。
ファーガス様はここに私を置いてからは姿を消していた。よかった。
直近の問題はグーグーと鳴るお腹だけなんだけど、医師はその音に何の反応もなく、しばらくの安静を言い渡した。
その後、隊長がやってきて、ベッドに並んで座ると、私の手をとり様子を気遣った。
私の手は現在隊長の両手でサンドイッチされている。
近すぎていい香りがして、ちょっとだけ頭がぼやっとした。
間近の美女オーラは凄い。
ファーガス様の接近で慣れたはずだが、また違う種類の美形には別の耐性がいるようだ。
隊長の指がガーゼで隠れた頬に触れそうな所まで伸びたけれど、思い直したようにそこに触れず、かかっていた髪を耳にかけられた。
七つあるベッドは全部空だし、医師はもう部屋の隅にある机で書き物をしていて、こちらに興味はないようだった。
「隊長、私の事情聴取はあるのでしょうか?」
「ん? 聴取はファーガスが済ませているはずだ。それ以上に聞くことはないし、パトリシアが今後もそれに煩わされることもない」
隊長は言い切るけれど、そんな軽いものなのかと首を捻る。
「では、あの魔獣は今後どうなるのでしょう」
「そうですね……」
隊長は細い指を顎にかけ思案している。
「ファーガスが勢いよく輸送部の方へ歩いているのを見かけましたが、きっと追い返されるでしょう。となると、次に向かうのは厩舎あたり。最終的には獣医部か魔学部が妥当でしょう。奴はいま頭が沸いて忘れていますが、生きた魔獣は貴重。それに、パトリシアが魔獣を気にしているのなら、悪いようにできないでしょう」
輸送部って、ファーガス様はルルをどこに送り込もうとしたのだろう。何も知らず狭い箱に入れられてどこかへ輸送されるルルが頭に浮かぶ。
なんか、ファーガス様って無茶苦茶だ。
「魔獣の保護先がわかったら教えて下さい。お願いします」
「わかった。知らせるように計らいましょう。それにしても、パトリシア」
隊長が含んだように微笑む。
「今回の事で初めて知りましたが、ファーガスとは随分仲良くなっていたようですね」
ぐふっ。
喉が異変を起こした。
「交際しているとは驚きました。奴は私の四期後輩で入隊の頃から知っていますが、学生時代に届いた噂とは随分違う人だと思いました。夫の紹介で話をするようになるとまた印象が変わって……つまり私が言いたいのは、ファーガスはあんなに澄ました顔をしていても……実は底の浅い人間だと言うことです」
私的は何にも面白くないけれど、隊長は笑いはじめた。
「あのファーガスが肩に愛らしい獣を乗せているとは、愉快すぎる。その上魔獣をただの動物だと言い切ってしまうとは恐れ入る。やっぱり私の勘は正しかったのだと先ほど確信しました」
きっとファーガス様の友人であるご主人の前では、こんな風に大っぴらに笑えないのだろう。何だか凄く楽しそうだ。
呼び捨てにしている所を見ても、親しい間柄なのがわかる。
隊長の見立てでは、ファーガス様は薄っぺらい人間だと言う事だろうか……?
「あの、ファーガス様って一体どんなお方なんでしょう?」
「パトリシアも話してみてわかっているでしょう? コミュニケーション能力の低い、困った男です。あなたも、夫と同じく振り回されて大変なのではないですか」
隊長その通りです。そうとは言えません……でもその通りなんです。
「もしかして、最近どこかで頭を打たれたとか、そんなことはないのでしょうか?」
「それは……フッ、面白い表現ですね。頭を打ってああなった……それは笑える!」
私は純粋にファーガス様に外傷的な問題があったのではないかと聞きたかったのだけど、笑い続ける隊長には通じていない。涙まで出たのが目尻を拭いている。
「すまない。雑事だと聞き流して下さい。記憶がないとはいえ交際している男性が貶められるのは複雑な思いでしたね」
そんな事はないけれど、さっきから隊長の隊長らしからぬ砕けた言動に戸惑う。
「パトリシア。あなたには、寮での三日間の安静を言い渡します。それに続く一日の休暇は、不穏な人間を捕えたことへの上からの労い。早く記憶を取り戻せとせっつくことはしません。ただ、ファーガスとの今後をどうするのか、余裕ができたら考えてみてはどうでしょう。記憶のないままファーガスと元の付き合いに戻るのには、少々無理があるように、私は思うのです」
隊長の言葉に私は頷いた。とっくに記憶が戻っていることを言い出せなかった。
「いろいろなお話を聞くことができて、大変参考になりました。ファーガス様のことは、まだどうしていいかわかりませんが、真面目に考えてみます」
私達が付き合っていると言い張るファーガス様。そんなことはないと分かっている私。
私たち二人の意見を上手く擦り合わせる術は、果たしてあるのだろうか。
何がなくてもいい、いつでもプライベートな相談に乗ると残し、隊長は消えた。
計四日の長い休暇なんて学校に入ってから今までもらったことがない。それでも全日通して外出禁止だから喜びも半減だ。一瞬浮かんだ田舎への帰省が潰れた。
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