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36 良くないニュース
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山の斜面の一部が崩れ、巻き込まれるように橋の桁の一部が流された災害の一報は、派遣の第一陣が出発する時には知れ渡っていた。
最新の知らせが耳に届いたのは、ファーガス様が率いる第二陣が現地に到着したことだった。
そしてその続報としてもたらされたのは、土砂崩れの現場確認に行った先発隊一名が森で行方不明になったことだった。
そしてその二日後、その隊員の捜索に加わったファーガス様と隊員一名の負傷、その情報がもたらされた。
一名の行方不明に、二名の負傷。
事故、捜索、怪我……
現地は落ち着いてきていると聞いていたのに、どうしてそんなことになっているのかと、城内はざわついた。
「何で……どうして……」
一報に動揺しているのは私だけじゃなかった。
情報が欲しい。そう思っていても私の耳にはその後も何ひとつ届かず、続けて情報は入ってこなかった。
上でとめられているのか、単にまだ入ってきていないのか、それもわからない。
アデラ様も気落ちしていらっしゃるのか、私は私室の外での警備警護に徹していた。
酷い怪我なのだろうか。
私の頭の中ではどんどんと悪い状況に置かれるファーガス様の姿しか想像できなくなっている。
現地の病院のベッドで苦しむファーガス様の姿。包帯をあちこちに巻かれ、その布からは赤が滲む。
そんなことはないと、顔を振って自分の妄想を追い払う。
仕事中はまだよかった。目の前のことに懸命でいたらいいのだ。自分の思考を挟む余地をなくせば思い煩うことなどない。
しかしその反動みたいに、勤務が終わった後は不安で胸が潰れそうになる。
何か、不確かな情報でも欲しい。
そう思って寮には帰らず控室に残ってみても、人の口にのぼるのは、既に私の知っている事と、勝手な想像と、怪我をした人を心配する声だけだった。
何も知らされていないのは私だけじゃない。みんなが彼等を心配している。わかったのはそのことだけだった。
気分を変えようと外にでても、朝とは違い、雲が多い空は灰色で重くなっていた。指先でちょんと少しでも触れればバランスが崩れ、すぐにで大雨を降らしそうな色。
現地はまた雨が降ったのだろうか。
土砂崩れの規模はどれほどだったのか。不明者が出た森の広さは。ファーガス様の怪我はどれほどなのだろうか。意識はあるのだろうか。
緑の門に行ってみたが、誰の姿もない。
男性の方が何かしら知っているだろうと思ったけれど、捕まえて話を聞こうにも人がいないのだからしょうがない。
こんな所に突っ立っていても、私に出来ることは何もない。
彼のために出来ることは何一つないのだ。
明日のためにも帰ってご飯を食べて、眠る。
唯一の癒しがルルだ。
私がしなければならないこと、それはアデラ様の警護、ルルの世話だ。それを復唱して、ようやく気持ちを落ち着かせる。
一夜が明けたが、状況は昨日と変わらなかった。二夜開けても変わらない。
一度控室前でダナとすれ違ったけれど、抱き合って頷いただけですぐに別れた。つい伏し目になってしまうダナも派遣された仲間が心掛りなのだ。
上が情報を伏せるほどに深刻な状態なのだろうか。
だめだ。頭がおかしくなる。隊長に聞いてみよう。
そう決心していた。今回のことで隊長もまた多忙であることが予想できている。だけど相談に乗ると言ってくれた言葉を信じて、ぶつかってみよう。
そう思って、隊長の執務室近くまでは勢い込んで来た。
来たは来たけれど、そこから勢いは無くなってしまった。
どうしよう、どうしよう。
ひと目がないのをいいことにウロウロとその場を往復した。
途中足をとめてドアを睨んだりしたけれど、だからと言ってこの状況は変わらない。
私が足を進められない理由って何だろう。
隊長を煩わせる事に気が引けるから、本当の事を知るのが怖いから、全部があてはまる。だけど、このまま帰ってもまた堂々巡りをするだけだ。
胸の前で組んでいた手をほどき、指を噛んでいた。
カチッ。
隊長の部屋の扉が開いた音だった。
外開きの扉は薄く開き、中から人が出てくるのがわかって私は慌てた。
かっ、帰ろう。
そう踵を返した時、運悪くその人に呼び止められた。
「パトリシア? かな」
隊長の声ではなく、男性の穏やかな声に振り向いた。
中性的で親しみやすいお顔立ちの方で、生地の厚い外套を腕にかけた姿は折り目正しい印象。どこか埃っぽさを感じるのは、外出から帰ってきたばかりだからだと推察できる。
顔に見覚えはないのだけれど、名前を呼ばれたのだから私の顔を知っているということだ。慌てて頭を下げたが、考えを気取られたようだ。
「ああ、ごめん。私のことは知らないよね。仕事柄あまり部屋から出歩かないし、新入隊の叙任式にも出ていないんだ。私は、そうだな、シシャって言えばわかるかな?」
シシャ……
「ファーガス様の親友のシシャ様ですね。という事は、隊長の旦那様でもありますよね。はじめまして」
正解とでもいった感じで、シシャ様はおっとりと笑う。
隊長の旦那様を想像した事はないけれど、まさかこんなタイプとは驚きだ。
背丈は私より高いけれど隊長とさほど変わらない。肌の色は白く、大きな瞳が少年のような印象を与える。男性には褒め言葉にならないだろうが可愛らしい感じの方だ。
隊長がとにかくかっこいい方だから、隣にふんわりしたこの方がいれば、ある意味お似合いと言える。
「ここに用事があったんじゃないの?」
天井近くまで高さのある立派なドアをさす。私は大げさに首を振った。用事はない、今はもうない。
「あなたはタイミングがすごくいいよ。ここに来たってことは、ファーガスに関して、ですよね? たいしたもてなしは出来ないけれどよかったら私の部屋へどうぞ」
しり込みする気持ちより先に、ファーガス様の名前が出て体が反応した。
「前々からあなたとはお話がしたいと思っていたんです。まあ、あなたがこの時ここにいる意味は、やはりそういうことなんでしょうね……」
シシャ様は返事を待たずに歩き出した。
最新の知らせが耳に届いたのは、ファーガス様が率いる第二陣が現地に到着したことだった。
そしてその続報としてもたらされたのは、土砂崩れの現場確認に行った先発隊一名が森で行方不明になったことだった。
そしてその二日後、その隊員の捜索に加わったファーガス様と隊員一名の負傷、その情報がもたらされた。
一名の行方不明に、二名の負傷。
事故、捜索、怪我……
現地は落ち着いてきていると聞いていたのに、どうしてそんなことになっているのかと、城内はざわついた。
「何で……どうして……」
一報に動揺しているのは私だけじゃなかった。
情報が欲しい。そう思っていても私の耳にはその後も何ひとつ届かず、続けて情報は入ってこなかった。
上でとめられているのか、単にまだ入ってきていないのか、それもわからない。
アデラ様も気落ちしていらっしゃるのか、私は私室の外での警備警護に徹していた。
酷い怪我なのだろうか。
私の頭の中ではどんどんと悪い状況に置かれるファーガス様の姿しか想像できなくなっている。
現地の病院のベッドで苦しむファーガス様の姿。包帯をあちこちに巻かれ、その布からは赤が滲む。
そんなことはないと、顔を振って自分の妄想を追い払う。
仕事中はまだよかった。目の前のことに懸命でいたらいいのだ。自分の思考を挟む余地をなくせば思い煩うことなどない。
しかしその反動みたいに、勤務が終わった後は不安で胸が潰れそうになる。
何か、不確かな情報でも欲しい。
そう思って寮には帰らず控室に残ってみても、人の口にのぼるのは、既に私の知っている事と、勝手な想像と、怪我をした人を心配する声だけだった。
何も知らされていないのは私だけじゃない。みんなが彼等を心配している。わかったのはそのことだけだった。
気分を変えようと外にでても、朝とは違い、雲が多い空は灰色で重くなっていた。指先でちょんと少しでも触れればバランスが崩れ、すぐにで大雨を降らしそうな色。
現地はまた雨が降ったのだろうか。
土砂崩れの規模はどれほどだったのか。不明者が出た森の広さは。ファーガス様の怪我はどれほどなのだろうか。意識はあるのだろうか。
緑の門に行ってみたが、誰の姿もない。
男性の方が何かしら知っているだろうと思ったけれど、捕まえて話を聞こうにも人がいないのだからしょうがない。
こんな所に突っ立っていても、私に出来ることは何もない。
彼のために出来ることは何一つないのだ。
明日のためにも帰ってご飯を食べて、眠る。
唯一の癒しがルルだ。
私がしなければならないこと、それはアデラ様の警護、ルルの世話だ。それを復唱して、ようやく気持ちを落ち着かせる。
一夜が明けたが、状況は昨日と変わらなかった。二夜開けても変わらない。
一度控室前でダナとすれ違ったけれど、抱き合って頷いただけですぐに別れた。つい伏し目になってしまうダナも派遣された仲間が心掛りなのだ。
上が情報を伏せるほどに深刻な状態なのだろうか。
だめだ。頭がおかしくなる。隊長に聞いてみよう。
そう決心していた。今回のことで隊長もまた多忙であることが予想できている。だけど相談に乗ると言ってくれた言葉を信じて、ぶつかってみよう。
そう思って、隊長の執務室近くまでは勢い込んで来た。
来たは来たけれど、そこから勢いは無くなってしまった。
どうしよう、どうしよう。
ひと目がないのをいいことにウロウロとその場を往復した。
途中足をとめてドアを睨んだりしたけれど、だからと言ってこの状況は変わらない。
私が足を進められない理由って何だろう。
隊長を煩わせる事に気が引けるから、本当の事を知るのが怖いから、全部があてはまる。だけど、このまま帰ってもまた堂々巡りをするだけだ。
胸の前で組んでいた手をほどき、指を噛んでいた。
カチッ。
隊長の部屋の扉が開いた音だった。
外開きの扉は薄く開き、中から人が出てくるのがわかって私は慌てた。
かっ、帰ろう。
そう踵を返した時、運悪くその人に呼び止められた。
「パトリシア? かな」
隊長の声ではなく、男性の穏やかな声に振り向いた。
中性的で親しみやすいお顔立ちの方で、生地の厚い外套を腕にかけた姿は折り目正しい印象。どこか埃っぽさを感じるのは、外出から帰ってきたばかりだからだと推察できる。
顔に見覚えはないのだけれど、名前を呼ばれたのだから私の顔を知っているということだ。慌てて頭を下げたが、考えを気取られたようだ。
「ああ、ごめん。私のことは知らないよね。仕事柄あまり部屋から出歩かないし、新入隊の叙任式にも出ていないんだ。私は、そうだな、シシャって言えばわかるかな?」
シシャ……
「ファーガス様の親友のシシャ様ですね。という事は、隊長の旦那様でもありますよね。はじめまして」
正解とでもいった感じで、シシャ様はおっとりと笑う。
隊長の旦那様を想像した事はないけれど、まさかこんなタイプとは驚きだ。
背丈は私より高いけれど隊長とさほど変わらない。肌の色は白く、大きな瞳が少年のような印象を与える。男性には褒め言葉にならないだろうが可愛らしい感じの方だ。
隊長がとにかくかっこいい方だから、隣にふんわりしたこの方がいれば、ある意味お似合いと言える。
「ここに用事があったんじゃないの?」
天井近くまで高さのある立派なドアをさす。私は大げさに首を振った。用事はない、今はもうない。
「あなたはタイミングがすごくいいよ。ここに来たってことは、ファーガスに関して、ですよね? たいしたもてなしは出来ないけれどよかったら私の部屋へどうぞ」
しり込みする気持ちより先に、ファーガス様の名前が出て体が反応した。
「前々からあなたとはお話がしたいと思っていたんです。まあ、あなたがこの時ここにいる意味は、やはりそういうことなんでしょうね……」
シシャ様は返事を待たずに歩き出した。
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