私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

文字の大きさ
41 / 56

43 シシャ視点:ファーガスの接近

しおりを挟む
 扉を蹴散らすように飛び込んできたダイゴ。
 いつもと違う様子がわかる。肩で息をし汗で髪が張りついているのがわかり、扉の弁償代のことはかすめただけになり、何事かと私も席を立っていた。

 今日もまた彼女の後を付けていたらしい。人が少ない外れの道での追跡は難しかったようで、意を決して森に入ったのは、給水にしては彼女の戻りがあまりに遅かったからだという。
 倒れている彼女を抱え病院まで運び、無理を言って借りた馬でここまで駆け付けたのだった。
 情報の拡散が最少になるようあれやこれやと私が手配している間にダイゴは消えた。パトリシアの元へと戻ったのは明らかで私はできる限り自ら奔走した。

 次の登場も唐突で翌日の午後だった。
 もう来なくていい、というか来るな、パトリシアの身に関してはお前に一任したとストレートに告げてある。お前の持ち込みの事件のせいで相手をしている暇はない。
 しかし、この男は翼の生えた鳥頭持ち主。
 私はぐでんと首を後ろに倒し弱ったふりをする。そして、追い返すことができない自分の弱さを呪った。

 パトリシアの捕えた男は情報部に送りたい所だったが工作部にとどまっている。ダイゴののぞみ通り、できるだけ部内だけの自己完結となるように手配したからだ。
 ダイゴの望み通り、そうでなくても、その道のプロである部員に最上級の拷問をするよう決済をした。
 私はこいつの尻拭いで寝ずの残業だ。おかげで嫁と子が待つ家へ帰れていない。くそっ。

「シシャ、大成功だ」

 しかし、子供の頃に一度見た覚えのあるホクホク顔の男を責める気になれない。
 過ぎし日である幼少のあの時、知らず緊張が解け馬鹿な事をする彼を『ダイゴ!』と呼んでしまっていた。驚きで周囲が目を見開いた時、彼も同じ反応だった。
 自分が何をしでかしたのかも把握できずいる中で、誰より早く全てを理解した彼。
『ダイゴ』が自分を呼ぶ声だと解し、すぐさま嬉しさを禁じえない様子で私に応酬したのだった。
『だったら君はシシャだね』と。
 どちらが先に噴出したのか、笑いはすぐに消えなかった。そのおかげで私は誰の叱責も受けることがなかった。

 その笑顔にもう一度出会えた。
 そう思ってしまった私は、たしかに嫁の言う通り、屈折した愛をダイゴに持っているのかもしれない。
 大成功? 何かわからないけれどよかったね。こっちは忙しいから続きはまた今度でいい? じゃダメだよな……

 鼻息も荒い美人男との対面はもうしばらく後がいい。何がどうあったのか、私は聞きたくない。聞きたくはないが聞くしかなかろう。
 そして私は、聞かなければよかったと、心から思ったのだ。

 記憶を失って混乱しているパトリシアに嘘をぶっこんで無事にお付き合いできることになった!?

 それは駄目だ、許されない。今度こそ犯罪だ。お間は何一つ成功していないっ。
 たまたま休みが重なり、たまたま目的地が同じだった。
 それってすっごい偶然だよね、へぇよかったね、とかわし今までは済ませてやっていたが、今度こそとんでもないことをしてくれたのだ。
 今はいい。だが数時間後、数日後にはパトリシアの記憶がどうなっているかはまったく予測できない。ダイゴのついた嘘がばれる日は、来る。
 来るんだよ……

 確かに私は言った。
 お互いの情報を交換し歓談する。様子を見ながら身体的接触を図り愛を囁く。プロポーズののち程よいタイミングでのしかかる。
 一般的な恋愛の進め方として、私が嫁にされた秘したい個人情報までを言った。
 しかし、お前のやった事は違う。違うって感覚でわかるもんだろう普通。
 目覚めたパトリシアに、抱きしめキスをするという第二段階の身体的接触まで一度にやってのけたダイゴ。
 次の段階は了解をとってからだ。なし崩しは駄目だと念押しした。

 ファーガスとパトリシアって付き合っていたみたいです、だから今回のすべてはファーガス君に任せちゃおうよ……

 嫁に嘘をついたままの私の心の内だけがモヤモヤしている。
 しかし私の気がかりとは裏腹に、その後パトリシアとの中庭デートを何度か楽しんでいるらしい。

「パトリシアは思った通りの女性だ。話していても楽しいし、二人の時間はすぐに過ぎてしまう。とても清楚で可憐で、時折見せる子供っぽい所がまたいい」

 ダイゴの惚気が一旦途切れ、ゆっくりと足を組み替える。
 足が長く、腰の位置も高い男にはこのポーズがよく似合う。

「そして中身もまた同じように……幼く嘘がつけない。そして、飢えている」

 椅子の背もたれに重みを預ける彼の様相に、私はぞくりとした。

 ダイゴは母親似で、父親である王の面影はない。それであるのに、私はかつて一度だけ謁見したことのある王の姿に、彼が重なって見えたのだ。
 玉座にあるその堂々たる風貌、顔を上げなくても、煤のような黒が私の足元を覆うべくにじり寄ってきている妄想に囚われた。
 私の父親よりもかなり年上、しかし眼光は鋭い。
 副参謀になったばかりの若造を縮みあがらせるのには十分だった。扉の外に下がった後、隣にいた参謀でさえ息をついていたくらいだ。そこにあるだけで周りを圧倒する存在感は神懸かりともいえる領域だ。そして一瞬で恐怖を植え付けられた。
 そのダイゴの表情に、確固たる血の繋がりを見出す。
 目の奥にあるその禍々しさの正体は一体何なんだ。

「だから、大丈夫だ」

 だから危惧することは起こらないと、瞬間で表情を変えダイゴは笑う。
 だからの意味が分からない。
 微笑むダイゴ、私はそれに相応の顔色で返すことはできなかった。
 馬鹿なのか、それともそれを装っているのか……
 お前は一体どちらなんだ……

「どうしたシシャ、腹でも下したか?」

 脇腹をぎりぎりと掴んでいた私に検討違いの声。
 私の腹の心配までしてくれる幼馴染。その顔はよくあるダイゴの顔に戻っていて、私の見たものは錯覚だったのかと思わされた。
 表の顔、裏の顔、違う。奥底にあるものが知らずに表層に滲み出てしまう瞬間があるのだ。
 無意識か……
 きっとパトリシアは逃げられない。
 ファーガスは独身男としては滅多にない上玉だ。
 しかし騙されてはいけない。悪など知らぬ顔をしているが、中身は未知の倒錯者。
 砕いていうと……変態なんだから。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処理中です...