私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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44 隠されていた招待状

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「パット! どこに行ってたんだぁ!」

 ファーガス隊の無事がわかり心も軽く工作部から戻る途中、私の名前を叫びすごい形相で走ってきたダナに体当たりされた。
 何か約束をした覚えはないけれど、探していてくれたみたいだ。

「ダナ聞いて、ついさっきファーガス隊の無事が確認できたの。アイリ隊長の旦那様に偶然会えて、もうすぐ帰ってくるって聞いてきたところ」
「あいつ、帰ってくるのか……」

 ダナは苦い物でも噛んだように顔をしかめる。

「ごめん、帰還はもちろん嬉しいけど、タイミングが悪いんだ。もしその知らせが本当なら、きっと舞踏会は延期も中止もなく開催されてしまう」
「ん、舞踏会?」
「そう。秋祭りも無事終わったことだし、もうとっくに冬の社交シーズンに入ったんだ。最初にあったのが何番目かの王子の誕生会だろ。次にあるのがパットが出席しなきゃいけない医療支援団体主催の舞踏会だ」

 私が出る、団体主催の、舞踏会……?

「私が、出るの、その舞踏会に? 何かの間違いじゃないかな。全然聞いてないし」
「それが間違いじゃないんだ。パットは出世してアデラ様付きになったんだから、今年ばかりは出席者として参加する義務があるんだ。当然ドレスを着るんだよ」
「何それ……無理だよ」

 ドレスを着るような会になんて出たことがない。まったく無縁で生きてきたのだから。

「無理とか言って断れるものではない。コネクションを作る。そしてネットワークを作る為の集まりなんだ。どれも今後に結びつく重要な仕事だとも言える。私の持っている勝手な感覚だけど、医療団体となると割と高い位置付けの集まりだから、個人の都合で断れるわけない」

 ダナは喋りながら興奮してきたのか、私の二の腕をつかんでくる。

「ほら、災害もあることだし、今年は中止になるかもしれないって話も聞こえてきてたみたいなんだ。だけどファーガス隊が無事に帰ってくるなら、きっと開催される。なあ、アデラ様の予定にパーティーがあるはずだろう?」
「うん、一週間後にひとつ」
「それだよ。王族は王族での着座での食事会がある。だけど別会場ではチャリティー目的の上位貴族や軍関係者が集まる宴が催される」
「それに、出なきゃいけない……私が」
「ああ、そういうこと。だからファーガス隊の帰還はめでたいけど、素直に喜んでばかりはいられないということだ」
 
 ことの重大さがわかってきたのに、何も言えずにダナと見つめ合う。
 いや、何をどう噛み砕いて理解していいのかわからないから。

「とにかくこれ、開けて。その方が理解できるかも」

 手渡されたのは二通の封書。一方は紙質も上等な正方形に近く、表面は型押しされ美しい紋様が浮き出ている。もう一方はごく普通の薄茶の封書だ。

「さっき、預かったんだ」

 正方形の方を透かすように目の前に掲げるとダナからナイフを手渡され、一辺にその鋭い先を入れ丁寧に横にずらし開封する。するとそこにはやはり私の名前が書かれ、パーティーの日時と会場が書かれていた。時間は午後から、つまりは夜会だ。
 こんな立派なものを目にするのは初めてだ。本物の招待状だ。
 あまりのことに指先が震える。

「それにしても、突然すぎて」

 近衛の隊服で出席するのなら別に構わないが、やはりそこには服装の規定があって正装来るようにとなっている。

「パット」

 ダナの声がこちらを伺うように低くなる。

「あまり耳には入れたくなかったけど、パットとファーガスのことが一部で噂されているらしい。こんな間際になって招待状が来たのも、それをよく思わない連中の思惑があるからだ。とは言っても、下っぱの連中が手を出したんじゃないかと私は思う。あまりにも幼稚で下らないから」
「そっか、ファーガス様のことがなくても、好かれてはいないだろうしね」

 やはり頻繁に会っていたのだから、それが漏れるのは仕方がないのだ。それにしても、まさかこんな形になって自分に返ってくるとは思いもしなかった。

「ほんの一部の侍女連中だ。そいつらがパットが見つからないからと、さっき私にそれを渡してきた。『採寸にも仮縫いにも来られなかったけど大丈夫かしら?』だと、偉そうに。もう一通は衣装についての連絡だと思う」

 慌ててもう一通を開封して広げると、ダナも隣に来て覗きんこんできた。

「酷いな」

 ダナが怒りを湛えているのがわかる。
 そこには多忙な私たちを気遣うためか、仕立て屋さんがここまで出張すること、その日時と場所が書かれていた。そしてそれはもう一か月も前のこと。とっくに過ぎている。

「一応聞くけど、採寸に仮縫いなんて、行ってないよな? 招待を知ったのも今だよな?」
「うん。すごく驚いてるの、わからない?」
「わかる。だけど確かめたくなるよ。この夜会、一週間後だぞ」

 夜会は一週間後。それなのに何の準備も、心構えさえ出来ていない。
 ふぅと二人で同時に重い溜息をはいた。

「いいよ、ダナ」

 私は二の腕にあったダナの手に軽く触れる。

「要はその侍女さんたちが招待状を隠したのは、私を宴に出したくないってことでしょ。だったら出なければいいだけだよ」
「だから、個人が断れるようなレベルじゃないってば」
「だったら、当日私の体調が悪くなればいいと思うの。それで何もかもが解決。そうしたらドレスに悩むこともない。それに煌びやかな表舞台って苦手だし、私には似合わないし……だから、いいよ」
「まったく……こんな時に限って奴いないなんて、本当にあいつは役に立たないっ。あいつさえればドレスの一枚や二枚軽く出てくるだろうに」

 ファーガス様の存在を思ったのは私も同じだった。だけど居ないものはどうにもできない。
 ダナは悔しそうにする。けれど、面倒から逃れられると思えばさほど辛くない。ただ、いじめに屈するようでそこに対する悔しさはある。

 私は、出ない。

 ひとつの答えを出したものの、それきり動けないでいる私たちの元に、どこからからやってきたルルがやってくる。そして私の身体を伝い腕にしがみついた。
 それは、まるで沈み込もうとする私をすくい上げるように慰める。けれど、やはりなす術がなくて打ちひしがれていることには変わりない。
 そんな緊張の解けない私たちに割って入ったのは、空気を読まない先輩。
 闘い好きの、剣を二つ抱えたウィルマ先輩の足音だった。

「パトシリア、お前にそんな嘘がつけるのか?」

 ウィルマ先輩はツカツカこちらにやってきて足をぴたりと止める。
 短く切らえた髪は後ろに撫でつけられ、それは舞台に登場するような男装の麗人といった様子だ。

「アデラ様や世話になっている先輩方に、そんな嘘がつけるのか? と、私はそう聞いている」

 その人たちの顔を浮かべるとぐっと声が詰まる。
 体調が悪い。そんなのは子供がつくような小さな嘘とも言える。けれど、私は既に彼女たちに嘘をついているのだ。記憶が曖昧であるという嘘を。
 それは決して、気分のよいものではない。
 先輩は私の返事をじっと待っていた。

「お前たちが話し込んでいる内容が聞こえてきてしまった。それで少し口を挟んでみたくなっただけだ。もうその話が片付いたのなら、すぐにでパトリシアを鍛練に連れ出したいところだが」
「いえ、今は一大事の最中ですのでお断りします!」

 ダナは私より早く断りを入れた。
 
「話を聞いていたと言うのなら話が早いです。ウィルマさん、一週間後の夜会について知っていることを教えてもらえませんか? もうおわかりでしょうが、とても困っているんです」
「お前たちよりは幾らか知っていることが多いだろうが、どうして私が教えなきゃならないんだ」

 ダナの声にも先輩の声は冷たい。
 その時、私の背中に貼り付いていたルルが肩越しに顔を出すのがわかった。
 何だか声の高い人、ダナとウィルマ先輩のやり取りが気になったかのように、そうっと伺うように出てきたのだ。
 いつもなら違う気配があると逃げてしまうのだけど、ルルにとって先輩もダナも恐れる存在ではないらしい。それはとても珍しいことだ。
 ルルの存在がすぐにわかったのか、先輩は見えにくいものに焦点を合わせるように、目をぐっと細めた。

「おい、パトリシア……その生き物は何だ?」

 眉間に皺をよせすごく険しい顔になった先輩が私を睨む。
 えっ、まさか動物嫌い……?

「えっと、これはですね、私が預かっている子で、アイリ隊長も公認で……だから決してやましい動物ではありません」

 先輩が一歩近づくと私も一歩引く。崩れないその表情が近づいてくるのが、まるで今にも噛み付いてくるようで怖いのだ。

「その獣……私が近づいても逃げないぞ」
「そう、ですね。人見知りする子なんで、とても珍しいことです。先輩と相性がいいのかもしれません」
「なるほど……ちょっと、触らせてもらってもいいだろうか?」

 えっ。
 先輩が疑問形でこちらに投げかけるなんて初めてのことだ。しかも遠慮がち。そこにすかさずダナが切り込んだ。

「ウィルマさん。もし夜会について教えてくれるなら、この子、触り放題ですよ。赤目の獣なんて滅多に見られるものではありません」
「うっ、それは、本当か? 触ってもいいのか」

 そして確認を求めたのは私にだった。私はルルさえよければいいので、肩にいたルルを腕に誘導する。
 するとルルは私の腕から手へと自ら移動して、正面から先輩を見上げる。
 逃げずにこんな態度をとるのはきっと私の気持ち、先輩と仲良くして欲しいのが多少ルルに伝わっているからだろう。
 小首をかしげているように見えるのがさらに良い。この仕草をされては私も全身から力が抜けて甘やかしたくなるのだから。
 小動物、そして冬毛の生えたルルは最近急にもふもふしだした。全体的に丸っちいのだ。そこらへんにコロコロとボールのように転がしたいほどに、それは丸々しいのだ。

「ぐぐっ……わかった。私の知っていること教えよう」

 先輩は苦し気な顔をして、一度大きく頷いた。
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