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42 シシャ視点:ファーガスの鳥頭
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「聞いてくれ、シシャ」
背の高い部外者の男が勝手に入ってきた。
こいつの標準はなぜ突然であり唐突なのだろう。
開いていた本にその辺にあった書類を栞かわりに挟みこみ閉じる。そういえば大事な書類だったか、インクは乾いていたかと思ったのは、バタンと閉じた後だった。
しまった。
「頼む」
訳すと茶を頼むだ。
そうだ。こいつは坊ちゃんだった。だからしょうがない。
私は席を立ち自分の場所を明け渡した。入ってくる時にノックはなかったが、最低限の頼むという言葉はさっき取った。今回はそれで我慢しよう。
「……じゃないだろう、ダイゴ。そうじゃない……」
怒る気にはならず、しみじみそう言っていた。
「お前は、私に絶交宣言して出て行った事を忘れたのか!?」
ビシッと人差し指の先端をダイゴに向けるが逸らされた。
「何のことだ、シシャはたまに可笑しなことをいいだす」
「この際だから言わせてもらうが、可笑しいのはいつでもダイゴの方だ」
「そうか、わかったぞ。嫁と喧嘩でもしたか。まあ、あの嫁ではきついだろう。お前も大変だな」
捉えどころのない受け答えにイラっとした。
アイリは高飛車な時もあるが大変な嫁ではない。話がなぜそこに飛ぶのか。
「あのな、お前こそ何を言っているんだ。私が手を焼いているのは昔からいつでも、ダイゴのことだけだ」
「わかっている。シシャの愛を、僕は疑ったことはないよ」
私たちの会話は稀にではなく、こうなる。間違った地点に着地するのだ。そして私が折れる。
ダイゴはもう来ないものだと思い、葉の茶は切らしたままだった。
「いつものやつは切らしている。草のお茶だよ」
書類や本が積み上がった机に小さなスペースを作り、ぶっきら棒に茶器を置く。
「ああ、ハーブだな。たまにはいい」
偉そうだ。
だが話は聞いた。
曰く、声をかけるタイミングが掴めず、パトリシアが寮に入る所でいつも時間切れになるらしい。
なるほど、寮にまでこそこそと後を付けているのか。まったくもってダイゴらしくない。あの時の勢いはどこへいったのだ。
ダイゴが私に見切りをつけて出て行ってから、三週間。私の平穏も三週間の限りだったと言うことか……
あの日から心が痛んだのは数日。そのあとはダイゴのことなど忘れて、普段と同じように生活していた。のびのびとした三週間だった。
「ダイゴの頭には羽がある事を忘れていたよ」
どんな険悪に別れたとしても、ダイゴは平気な顔をして私の前に現れる。
都合の悪い記憶は羽が生えて飛んでいくという羨ましい構造なのだ。人の話を聞かない時がある。
ほら、聞いていない。
「だがな、繰り返すうちにわかったことが幾つもある。明かりのつくタイミングでパトリシアの部屋がわかった。二階だ、そこならよじ登ることができる。彼女に似合うのはやはり白だ。それに休日は目的のない一人歩きが多い。甘味が気になるのか立ち止まって眺めている姿は健気で愛らしい。何度その場に飛び出して僕が買ってあげたいと思ったことか」
「……ダイゴ、お前は」
何度でも飛び出せよ。
その為に、彼女の後を付けているのだろう。頭を抱えたくなった。
待て。ふと口に寄せたカップを止める。片眉が上がる。
休みをどうやって合わせているんだ。それにその交代勤務の情報はどこから盗ん……
取り乱す事のないように、私は音を立てずにソーサーに置き、手で膝を握りこんだ。
その間にもダイゴはつぶやく。
「食べちゃいたいな」
なんどと不穏なことを。
何を食べたいのかはわかる。結婚前に嫁が似たようなことを私に囁いていたから。
男の私がアイリに食べられるのかと、逃げ出したくなったものだ。
「僕のお姫さまは、今頃何をしてるのだろう、ふふっ」
ファーガスはまだ夢の中にでもいるようだ。
就業時間を過ぎたこの時間にここにやって来ると言うことは、ダイゴはきちんと仕事には出ているのだろう。これまでの会話の中におそらく妄想はない。
まだ、こいつの人格は破たんしていない。ストーカーだが大丈夫だ。まだ更生できる。
そして間違ってもプロポーズなんて駄目だ。振られることが確定する。
顔と名前しか知らない男に突然求婚されたら、取りあえず保留か断るに決まっているだろう。振られたその後にダイゴがどうなってしまうのか予想できない限り、そんな博打は打たせてはいけな い。
二十代半ばの、多分、初恋で挙動不審なダイゴ。見ていて辛い。
「おい、シシャ、アプローチの仕方と一般的な恋愛のプロセスを教えてくれ」
私はのけぞった。
どうしてだダイゴ、お前は学生時代その道の猛者だったのではないのか。私に一般的な恋愛について問うとは見損なうぞ。
私は私なりの助言を一言二言告げる。
その時だけは神妙に頷くダイゴ。
だが、ダイゴのストーカー行為は、あれから二年経過した今でも続行中。
彼の犯罪が明るみになった時、胸を張って嫁に言い訳できるだろうか。私の悩みは深い。
背の高い部外者の男が勝手に入ってきた。
こいつの標準はなぜ突然であり唐突なのだろう。
開いていた本にその辺にあった書類を栞かわりに挟みこみ閉じる。そういえば大事な書類だったか、インクは乾いていたかと思ったのは、バタンと閉じた後だった。
しまった。
「頼む」
訳すと茶を頼むだ。
そうだ。こいつは坊ちゃんだった。だからしょうがない。
私は席を立ち自分の場所を明け渡した。入ってくる時にノックはなかったが、最低限の頼むという言葉はさっき取った。今回はそれで我慢しよう。
「……じゃないだろう、ダイゴ。そうじゃない……」
怒る気にはならず、しみじみそう言っていた。
「お前は、私に絶交宣言して出て行った事を忘れたのか!?」
ビシッと人差し指の先端をダイゴに向けるが逸らされた。
「何のことだ、シシャはたまに可笑しなことをいいだす」
「この際だから言わせてもらうが、可笑しいのはいつでもダイゴの方だ」
「そうか、わかったぞ。嫁と喧嘩でもしたか。まあ、あの嫁ではきついだろう。お前も大変だな」
捉えどころのない受け答えにイラっとした。
アイリは高飛車な時もあるが大変な嫁ではない。話がなぜそこに飛ぶのか。
「あのな、お前こそ何を言っているんだ。私が手を焼いているのは昔からいつでも、ダイゴのことだけだ」
「わかっている。シシャの愛を、僕は疑ったことはないよ」
私たちの会話は稀にではなく、こうなる。間違った地点に着地するのだ。そして私が折れる。
ダイゴはもう来ないものだと思い、葉の茶は切らしたままだった。
「いつものやつは切らしている。草のお茶だよ」
書類や本が積み上がった机に小さなスペースを作り、ぶっきら棒に茶器を置く。
「ああ、ハーブだな。たまにはいい」
偉そうだ。
だが話は聞いた。
曰く、声をかけるタイミングが掴めず、パトリシアが寮に入る所でいつも時間切れになるらしい。
なるほど、寮にまでこそこそと後を付けているのか。まったくもってダイゴらしくない。あの時の勢いはどこへいったのだ。
ダイゴが私に見切りをつけて出て行ってから、三週間。私の平穏も三週間の限りだったと言うことか……
あの日から心が痛んだのは数日。そのあとはダイゴのことなど忘れて、普段と同じように生活していた。のびのびとした三週間だった。
「ダイゴの頭には羽がある事を忘れていたよ」
どんな険悪に別れたとしても、ダイゴは平気な顔をして私の前に現れる。
都合の悪い記憶は羽が生えて飛んでいくという羨ましい構造なのだ。人の話を聞かない時がある。
ほら、聞いていない。
「だがな、繰り返すうちにわかったことが幾つもある。明かりのつくタイミングでパトリシアの部屋がわかった。二階だ、そこならよじ登ることができる。彼女に似合うのはやはり白だ。それに休日は目的のない一人歩きが多い。甘味が気になるのか立ち止まって眺めている姿は健気で愛らしい。何度その場に飛び出して僕が買ってあげたいと思ったことか」
「……ダイゴ、お前は」
何度でも飛び出せよ。
その為に、彼女の後を付けているのだろう。頭を抱えたくなった。
待て。ふと口に寄せたカップを止める。片眉が上がる。
休みをどうやって合わせているんだ。それにその交代勤務の情報はどこから盗ん……
取り乱す事のないように、私は音を立てずにソーサーに置き、手で膝を握りこんだ。
その間にもダイゴはつぶやく。
「食べちゃいたいな」
なんどと不穏なことを。
何を食べたいのかはわかる。結婚前に嫁が似たようなことを私に囁いていたから。
男の私がアイリに食べられるのかと、逃げ出したくなったものだ。
「僕のお姫さまは、今頃何をしてるのだろう、ふふっ」
ファーガスはまだ夢の中にでもいるようだ。
就業時間を過ぎたこの時間にここにやって来ると言うことは、ダイゴはきちんと仕事には出ているのだろう。これまでの会話の中におそらく妄想はない。
まだ、こいつの人格は破たんしていない。ストーカーだが大丈夫だ。まだ更生できる。
そして間違ってもプロポーズなんて駄目だ。振られることが確定する。
顔と名前しか知らない男に突然求婚されたら、取りあえず保留か断るに決まっているだろう。振られたその後にダイゴがどうなってしまうのか予想できない限り、そんな博打は打たせてはいけな い。
二十代半ばの、多分、初恋で挙動不審なダイゴ。見ていて辛い。
「おい、シシャ、アプローチの仕方と一般的な恋愛のプロセスを教えてくれ」
私はのけぞった。
どうしてだダイゴ、お前は学生時代その道の猛者だったのではないのか。私に一般的な恋愛について問うとは見損なうぞ。
私は私なりの助言を一言二言告げる。
その時だけは神妙に頷くダイゴ。
だが、ダイゴのストーカー行為は、あれから二年経過した今でも続行中。
彼の犯罪が明るみになった時、胸を張って嫁に言い訳できるだろうか。私の悩みは深い。
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