私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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51 突然

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「それでも、いい場所を見つけただろう。騎士なんて誰でもなれる訳じゃないことは俺でも知っている。だから俺は、君を惑わすことがないようにずっと見守っていたんだ。それがその途中で殿下に攫われて、まったく……!」

 ジェドさんはそこで、まだ半分以上残っていたグラスをぐっと仰いで空にした。何かを決心したような神妙な顔で私を見る。それでも彼はなかなか口を開かなかった。

「なあ、パット、俺じゃだめだろうか?」

 ようやく聞こえたのは、絞るような声だった。指にも力が入っているのがわかる。

「俺だったら近衛を辞めろなんてこと言いことはないだろう。君の苦しみの根本もわかっている。もしあの殿下と一緒になるとしたら、君はきっと近衛にいられない。あの男の母上は後ろ盾が大きくて、その息子も好き勝手にしてるみたいだけど、君の場合はそうもいかないんじゃないか?」

 ジェドさんの真剣な顔、そこから出る言葉にぐっと、胸が詰まった。
 隊長の旦那様であるネイハム様のおっしゃっていたことと少しだぶる気がした。
 自分自身でも思っている事をこう人の口から言われてしまうと、どう返していいかわからない。自分が一番迷っているから。
 これからどうしていきたのかも、分かっていないからだ。
 急にジェドさんは押し黙り、少しの沈黙がテーブルに落ちる。

「なあ、今のうちに殿下のことは諦めて、俺と結婚を前提に、付き合ってくれないか?」
「――断るっ!」

 そう。申し訳ないけれど、断ります……って男らしく断言するしかない……
 えっ、私、まだ返事をしてない。それに、この声って……
 後ろをそろそろと、ある予感を持って振り返ってみる。

「恋人のいる女性を陽が沈んでからデートに連れ出して、その上プロポーズまでするなんて、まともな男のすることじゃない」

 いつもは冷静なファーガス様が凄い形相で、静かに、怒っている。

「ジェドと言ったな。残念だが、パトリシアを幸せにできるのは僕だけだ」
「へえ、そんな無責任なことを言い切れるんだ」
「当たり前だろう。確信がなければプロポーズなどできるか!」

 二人がにらみ合っているのがわかった。

「あの……ファーガス様」
「様はいらんっ!」
「すいませんっ」

 うわぁ、めっちゃ怒られた。

「ごめんなさい。でもどうしてここにいるんですか? 一体いつから?」
「窓から君の姿が見えて入ってきたんだ。いつからいたかって、ほんの数十秒前からだ」

 数十秒前って、凄いタイミングなんですけど。
 私服姿のファーガス様は、仕事のために町に降りて来たのではないのがわかる。

「……えっと、すごい偶然ですね。あの、取りあえず座って下さい」
「座る必要はない。店を出る」

 私に対してもかなりぶっきら棒な言い草で、何だか怖い。
 こういう場合ってやっぱり私が間に入って、誤解を解くべきだろう。
 とりあえずデートって誤解だし。あれ、男性と二人で食事をすること自体がデートと呼ばれるものなのだろうか。

「パトリシア、出よう」
「ちょ、ちょっとだけ、待ってください」

 ファーガス様は顎をくいっと動かして外へと私を促すけれど、私はまだここを出る気はない。
 ないのだ。

 ファーガス様がどれだけ怖い顔をしていようと、眉根があり得ないくらいに寄っていようと、私には私のすべきことがまだ残っている。
 だから私は、とりあえずファーガス様の存在を遮断することにして、息を吸い込んで精神統一した。そして目の前に座る人に真っ直ぐに顔を合わせた。
 ジェドさんは流石に大人というか、内心は私と同じで動揺しているのかもしれないけれど、全然それが表に出ていない。
 というか、私に告白をした数分前より余裕そう。どうしてだか。

「あの、ジェドさん、あなたとお付き合いはできません。ごめんなさい」
「だよね」

 頭を一つ下げていた私は、ジェドさんの速攻の返しに驚きで顔を上げた。

「まあ、どんな答えが返ってくるかはわかってたし、これはある種、自分の気持のために蹴りをつけるためっていうか、ちょっと言い訳がましいか。まあ、あわよくばとは思ってた。それに力を貸してくれる人もいたから、逆転できたらラッキーってさ」
「ご、ごめんなさい」
「何度も言わなくていいよ。好きなんだよね、彼が」

 自嘲ではなく、微笑ましく笑うジェドさんに私は頷いた。

「付き合い始めたばかりだし、正直戸惑いは沢山あります。すべてジェドさんの言う通り、違いがありすぎて、きっと私たちを囲む人達を困らせて迷惑を掛けるんでしょう。だけど、今は、好きというこの気持ちだけを大事にしたい。恋をしている自覚は、これが、初めてだから。でもジェドさん……」

 私の心が傾いている人が後ろにいるというのに、不思議と恥ずかしいとは思わなかった。ふいに肩が重くなって、それがファーガスが置いた手だとわかった。

「でも、見過ごされて後回しにされてばかりの私という存在を、最初に見つけてくれたのはジェドさんです。私に変わることを促さず、そのままでいいとあなたは言ってくれた。こうして入隊したことも知っていてくれた。夜会を楽しくしてくれた。そして、こんな私に好意を持ってくれた。あなたはずっと、これまでずっと私の王子様でした」
「そう言ってもらえるとは思わなかったよ。振られたとはいえ、嬉しいものだね」

 沈黙のあと、そう言ってジェドさんは何度も頷いた。

「俺の次にパットの清廉さに気付いて見つけたのが、彼ってことだ。なあ、そこの君、そっぽむいてるけど聞こえてるよね?」

 ジェドさんがチラと私の後ろにそびえるファーガス様を見て語りかける。
 私といえば、もう何だか色々過ぎて振り向く勇気はない。ただ肩からはずっと彼の熱を感じている。

「貴族の末端の俺が、本物を差し置いて王子様だって。しかもパットの初恋って……光栄だよ」
「彼女は初恋だとは断定していないだろう」
「まあまあ、そんな言い草しなくても。それに顔しなさんな、人気者のくせに狭量だなぁ」

 ジェドさん、もしかして酔っている? そう思えるほど愉快そうに、手元の空のグラスと後ろを交互に見て笑っている。
 後ろからはチッって舌打ちが聞こえてくるし。もう私は膝に置いた手を握りしめるしかない。

「初恋の王子様は俺、大人になって出会い恋をしたのは本物の王子様かつ騎士様……いやあ、俺も体力はあるし知性もあるよ? クラブで大切にされてるし?」

 ジェドさんの語尾が高く上がっている。

「ジェドさん、もしかして酔ってます?」
「これだけの量で酔うわけがないよ。ただ、あの時のあの子とこうして向かい合っているのも不思議なら、その子の騎士さまが乗り込んできてるこの状況も不思議。いやあ、大人の女になっちゃったんだなぁって感慨深いよ。あの頃はそんな邪な気持ちはなかったから、パットの中では俺が良い思い出になってるのかな……」
「ジェドさん? やっぱり飲み過ぎです。それに初恋とか色いろ連呼されるのって恥ずかしいですから」

 じみじみ言うジェドさんだけど、酔った人ほどそれを否定するってのは本当だと思う。

「ああ、そうだ。パットに会いたがっていた人が、もうひとりいんたんだ。こっちが今夜の本題だったね。魔術部のトップにいてもおかしくないのに、しょっちゅう放浪してる人。むかし君と一緒に暮らしていたっていう、マコト……」
「異世界人のおじさん! 研究所にいたんですか!」

 そうだ。おじさんとばかり呼んでいたけれど、名前はマコトだった。
 そのおじさんが、王都のしかも研究所、同じ敷地にいたのだとは意外な縁だ。
 飄々とした人だったから、とんでもない辺境で楽しくやっているのだと思っていた。生命力もあるから、どこででもやっていけるだろうと思っていたけど、まさかこんな近くにいたなんて。しかも、トップにいてもおかしくない人だとは。

「本当に不思議な人だよね、マコトは。見た目が二十代なのに本当は四十だなんて。しかも俺の崩れた顔もたった何時間かで治してしまった。本当に、何もかもに驚愕だよ」

 ジェド様の顔を治したのもおじさんだった。彼にそんな能力があるとは知らなかった。それ以外のことだって、知らないことだらけだ。
 おじさんは私にとって変なことばかり教えてくる人だったから。

「私、おじさんに会いたいです。もうずっと会っていないから」
「そうだよね。だけど、彼は昨日の午後からぱったり姿を見せなくなったんだ。またどこかへ旅に出たのかもしれないって皆で言ってる。もうわかっているだろうけど、今回の件の裏にいてパトロンだったのはマコトだよ。そしてたった一度のチャンスを精一杯いかしてこいと、俺の背中を押してくれたのも彼」
「おじさんんが、全部手配してくれたんですか……」

 会えずにいた人が力になってくれていた。それはとても思いがけないだけに、心を揺さぶる。

「パットがそこの彼との将来を本気で考えた時も、マコトは力になるだろう。マコトはどうしてかそこの彼の父親とも仲がいいらしいんだ」
「ええっ、そうなんですか!?」

 おじさん、王様との繋がりがあるの……

「癒しの手の持ち主だから、それは大切にされているよ」

 振り向くけれど、ファーガス様にはぴんときていないらしい。マコトという名前も初めてなのだろう。
 親子とは言っても、庶民のように密着した間柄ではないのかもしれない。すぐに会える距離とはいえ、アデラ様でさえ親兄弟とは別の部屋で生活しているのだから。

「今回パットのドレスを作ったのは、ファーガス君の母親である人の専属デザイナー軍団なんだ。マコト経由で話がいったんだ」
「……うそっ」
「結局、君はどうあってもファーガス君に繋がってしまう運命なんだね」

 ドレスの制作者がまさかファーガス様に繋がるとは驚きだ。あ然とするしかない。ファーガス様のお母様にあたるかたなら、どんな物だって調達できるだろう。

「マコトはデライム兄弟の中でも一番不憫なパットが可愛かったと言っていた」
「一番、不憫……」
「パット、君は一番好きな飲み物を聞かれて、白湯だって答えたそうじゃないか。好きなお菓子は干しブドウだとも。子供のくせにまるでバアサンみたいで、とても心が痛んだってマコトは言っていたよ」
「……白湯……」

 つぶやいたのは後ろにいるファーガス様だった。
 驚きの中にも憐れみが混じっているようで、何気にダメージが強い。

「いや、流石にそれはないです……それは、おじさんのねつ造ですからっ」
「そうなの? 俺にまで見栄を張る必要はないんだよ?」
「見栄なんて張ってません!」

 本気でそう思われるほど、うちが貧乏だと認定されていることだ。ちょっと悔しい。
 庭に生えるハーブを干したり煎ったりして、茶葉は確保できていた。
 おじさんは本当に適当なことを真面目な顔で言って、周りを惑わし煙に巻くのが得意だ。 

「自分に似た不憫な子の結婚式には絶対に出るとも言っていた。式のあとには新郎めがけて列席者全員で、豆と柊の葉と腐った魚の頭をぶつけるのが異世界の風習らしい。『セツブーン』と言っていたかな。新婦の幸せを願う大切な神事だから、絶対にやるのだと鼻息を荒くしていたね。俺もファーガス君におおっぴらに攻撃できる機会があるわけだ。楽しみだな」

 ジェドさんが言っているのは、私とファーガス様の結婚……ということだ。
 そんなこと……あり得ない。あり得ない……

「ちょっと想像しちゃった? 照れるパットって可愛いよね。表情が変わる瞬間もあの頃と同じかな。なあファーガス君、子供だったパットも、ちんまい感じで可愛かったんだ。涙なんて浮かべて必死に堪える様子なんてぐっと胸にきて、思わず席を立って抱きしめちゃったもんね……ああ、すかした君のもだえる顔が見られて嬉しいよ。それだけで胸がすっとするね」

 そんな乱暴なことをけろっと言わないで欲しい。

「後ろの人はともかく、俺は君の幸せをずっと願っていた。これからもそれは変わらない。君が別の人と結婚して、年をとって、子供を産んでおばさんになって、孫ができてお婆さんになっても、ずっとだ。僕に君以上に大切に思う人ができても……」

 幸せに。

 差し出された手。ゆっくりと瞼を閉じて、開けたその時も、それは同じ位置でそこにあった。
 私を見つけてくれた人……励ましてくれた初恋の人。これだけの言葉をくれる人。
 ファーガス様より少し細いその手に、私もそっと手を伸ばす。
 と、大きな手が横入りするように出てきて、あと数センチにまで迫ったジェドさまの手を奪い、握ってしまった。

 はぁ?

「……ファーガス君。あんたって本当に子供だよね」
「ファーガス様……」

 私もそう思います。ジェドさん。
 一歩前に出てジェドさんとがっちり繋いだ手を離さないファーガス。
 その手は、私と繋ぐための手だったのに。

「予期せずこういう場面に現れることができるってのは、執念深さでは済まされない、超常的なものを感じるよ」

 苦笑いしているジェドさん。

「まあ、握手の相手はあんたでもいいか」

 ファーガスが力を込めているのか。イテテって身体をひねっている。
 もうお願いだからジェドさんには普通に接してほしい。
 何だかもう、言動が気持ちに率直すぎるというか、ファーガス様は自由過ぎる。
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