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コウはその日のうちにすぐに起き上れるようになった。それなのにアスランはできるだけ寝ていろと言う。
自分ではもう大丈夫だと思っていたのに、シーツをかけられ手の甲をぽんぽんとされているとすぐに眠ってしまっていた。
やはりまだ無理をしていい時ではなかった。アスラン様の言うことは正しいのだとコウは思った。
翌日からは寝ているばかりも苦になって、椅子に腰かけるようになった。
家事をする許可はおりないのはいいとして、どこに移動するにもアスランに横抱きにされている。そして食事はずっと手ずから食べさせてもらっている状態だ。
うーんっ、何も言えないよ……
アスランはとても機嫌がいい。
アスランにどれだけ心配をかけてしまったのがわかるだけに、自分のことは自分でできます! と突き放すことができない。
まだ本調子ではないのだと言われてしまうと口ごもってしまうのには理由がある。食事はまだ前ほどに食べられていないし、横になるとすっと寝入ってしまうからだ。
それになぁ……どうしようかな。
二人の寝室のベッド周りには花が溢れている。それはアスランがコウの為に森で摘み取ってきたものだ。
アスランの気持ちはとても嬉しい。それらを見ているとコウの気持ちは優しくなって、つい花びらに触れてしまう。
不思議なことにその切り花たちは水がなくても枯れない。いつまでも生き生きとしている。せっかくの贈り物をコウも捨てたくはない。でもこのまま贈り物が続けば部屋中が花で溢れる事態になるだろう。
紐でくくって束にして、壁に飾ろうかな。うん、それがいいね。
アスランがコウの為に食事を準備しているのを食卓から眺めながら、コウはそんなことを考えていた。
ふと、アスランが動きをとめる。
「誰かがやってくる。驚かないように」
コウがそう告げられた数秒後、コンコンと強めのノックの音がした。
「ロミーだけど開けてくれる?」
ここへは来るなと言ったはずだ帰れ、とでも常なら言いそうなものなのに、アスランは嫌な顔をすることもせず扉を開けた。
「ごめん、ここにはもう来ないつもりでしたけど、そうも言っていられなくなりました」
ロミーは今回は何も手にしておらず、しかも無理に笑う表情を作っている。
ロミーはいつもコウに対して笑顔で接してくれる。ただしこの日はそれがひきつるばかりだ。
さすがのコウもロミーに何事かがあったことがわかり、声もかけられずロミーとアスランを見守るしかなかった。
アスランも何も言わずにロミーを家の中へと招き入れた。
「いいよ、椅子はいらない。急ぐ話しなんだ。アスラン……ジイが倒れた。倒れてすぐは苦しそうに呻いてたんだけど、今はもう目を開けない。もうジイの命が閉じようとしている」
「わかった。すぐにここを発つ」
声の主様であるジイの様子を聞き、アスランだけでなくコウもショックを受けていた。
声の主様は老龍だと聞いていたが、すぐに命にかかわるとまでは思わなかった。アスランもそう思っていたから、今知らせを聞いて驚いているのだろう。
「コウも連れて行くんだよね。荷物はいいからすぐに一緒にいこう」
はいとコウが返す前にアスランの方が先に口を開く。
「いや、待て……コウは病後だ。その状態でここを出るには無理がある」
「なに、病気してたの? なんてタイミングの悪い……」
どうしたものかと、ロミーは頭や口に手をやり考えている。
「猫の娘の様子は? ここを出る時どうだったのだ?」
「ルルアはへべれけだったのもあって防御の体勢がとれなかったみたいで……おそらく骨がやられてしまいました。両足です。痛いいたいとうるさいし、リジルヘズまで我慢させるのもあれなんで、途中の国に置いてきましたよ」
「それを聞いてしまえば、ますますコウは連れて行けない」
「でも、国にはまだアスランの部屋がある。国一番の医者もいる……大変な思いをさせてしまうけれど命に関わることじゃ……」
「もう、コウを苦しませたくないのだっ」
アスランはロミーの言葉に被せた。
当然コウが健康体であれば迷わず連れて出た。
ルルアの場合は短時間のうちに出入りしたこと、そして酔っていたことが重なりその結果となった。
それでも、今コウに無理をさせて苦しい思いをさせることなんてできない。
「悪いが、私はここに残る。ジイのことはすまないがよろしく頼む」
「だめっ、そんなのだめに決まってる。だったらアスランだけがリジルヘズに戻ってください。ここには私とコウが残ります。アスランの番なんですからきちんと面倒は見ますよ。言っておきますがアスランより長くジイと共にいたのが私なんです。一緒にいられなかった分、最期くらいアスランはジイの近くにいてあげるべきしょう」
「お前の気持ちはわかる。しかし」
コウを置き去りにしたまま二人が言い争うように言葉を投げ合っている。コウは服の裾をぎゅっとつかんで様子を見ていた。だけど、もう我慢できなかった。
「あのっ!」
珍しく大きな声を出す声に二人がそっと動きをとめる。
「どうか、僕のことは気にしないでお二人でリジルヘズに帰ってください。僕だけがここへ残ります」
「いや、それはできない」
「それじゃ心配なんだよ」
「それでもです!」
コウは一喝した。
「僕はこんななりだけど大人です。留守番くらいできます。お二人ともここがどこかお忘れですか。ここへはアスラン様とロミー様、国王様、それから……声の主様しか入ってこられない場所のはずです。ここへは悪い人はやってきません」
「コウ、私はそういう問題を言っているのではないのだ」
「アスラン様、聞いてもらえますか。僕は小さな頃におじいちゃんを亡くしました。機械に挟まれて体も顔も酷いって言われて、お別れの時も布の間からほんの少ししか見せてもらえませんでした。本当は、僕は、いまだにそれを引きずっています。じいちゃんは適当に油をかけられて、火の番をする人も面倒そうで……だったら僕がすればよかったって、嫌々するなら帰れって言って、途中からでも自分がやればよかったって……」
「コウ、無理して話す必要はない」
アスランがコウを抱きしめる。
「違うのです、僕は話したいのです。自分の後悔をアスラン様にも知ってほしいのです。そうじゃないと、アスラン様は声の主様の所に行ってくれない。ロミー様だって主様の所へ行ってくれないじゃないですか。僕に遠慮して、後悔するようなことはして欲しくないのです。お願しますから、行ってください。どうか主様に優しくしてあげてきてください。もしかしたら、アスラン様の声で目覚めるかもしれないじゃないですか。それがないって言い切れないじゃないですか」
コウはいつしかアスランの胸を打っていた。
自分がここまで言っているのにその返事をしないのだ。どうしてうんと言ってくれないのだろうと悲しくなってしまう。
「コウ、アスランを説得してくれてありがとう。だけど龍にとっては番の存在が一番なんです。ですから、もうひと押ししてくれると折れるかもしれません。アスランが帰らないと、コウはどんな気持ちになって、どう思うのですか」
えっと……うんと……
「もしも、リジルヘズに帰って主様を見舞ってくれないのなら……僕は、えっと、僕は……」
「その続きは言わないでくれ。嘘だとしても、その言葉をコウの口から聞きたくないのだ」
僕は……の先をまだ探している最中だけどアスランには効果があったようだ。
顔を上げてみればアスランの顔色が悪くなっている。何かとても最悪なことを想像したらしい。
「わかった。私は国に戻る。コウ、しばらく一人にさせるが大丈夫か?」
「はい。さっきから大丈夫だと言っています。どーんと任せてください」
ロミーが眉をさげ、アスランが辛そうに顔を歪める。
「僕は大丈夫です。ここでお帰りをお待ちします。ずっと、いつまでも待っています。主様の元へ早くいってください。主様はアスラン様を待っているはずです」
「すまない、コウ。できるだけ早く帰ってくる。寂しい思いをさせるが頼む」
アスランがコウの位置に腰をかがめ目を合わせる。
コウはアスランが涙ぐんでいるのを見るのは二度目だった。
それはもちろんコウを置いていくことへの不安だけではなく、主様を失ってしまう恐怖で揺れているのだと思う。
アスランは森へと行き、コウの食事となる果実を籠に山盛りに、それも足りないと食卓を占領するほどにした。
最後は森へ入っては何が起こるか予測できないから、決して立ち入らないようにと約束させられた。
コウは臆病なので一人で森に入る気はない。最初の日の奇跡を見てから森全体が畏怖の対象なのだ。
アスランはコウへ沢山のキスをして、そして最後に首筋を軽く噛んだ。
ロミーは手を振っていた。
アスランはロミーは森へと消え、音もなく旅立っていった。
コウは旅たつ姿を見ていない。ただずっと枝葉が作る球面を、家の外で見上げていた。
自分ではもう大丈夫だと思っていたのに、シーツをかけられ手の甲をぽんぽんとされているとすぐに眠ってしまっていた。
やはりまだ無理をしていい時ではなかった。アスラン様の言うことは正しいのだとコウは思った。
翌日からは寝ているばかりも苦になって、椅子に腰かけるようになった。
家事をする許可はおりないのはいいとして、どこに移動するにもアスランに横抱きにされている。そして食事はずっと手ずから食べさせてもらっている状態だ。
うーんっ、何も言えないよ……
アスランはとても機嫌がいい。
アスランにどれだけ心配をかけてしまったのがわかるだけに、自分のことは自分でできます! と突き放すことができない。
まだ本調子ではないのだと言われてしまうと口ごもってしまうのには理由がある。食事はまだ前ほどに食べられていないし、横になるとすっと寝入ってしまうからだ。
それになぁ……どうしようかな。
二人の寝室のベッド周りには花が溢れている。それはアスランがコウの為に森で摘み取ってきたものだ。
アスランの気持ちはとても嬉しい。それらを見ているとコウの気持ちは優しくなって、つい花びらに触れてしまう。
不思議なことにその切り花たちは水がなくても枯れない。いつまでも生き生きとしている。せっかくの贈り物をコウも捨てたくはない。でもこのまま贈り物が続けば部屋中が花で溢れる事態になるだろう。
紐でくくって束にして、壁に飾ろうかな。うん、それがいいね。
アスランがコウの為に食事を準備しているのを食卓から眺めながら、コウはそんなことを考えていた。
ふと、アスランが動きをとめる。
「誰かがやってくる。驚かないように」
コウがそう告げられた数秒後、コンコンと強めのノックの音がした。
「ロミーだけど開けてくれる?」
ここへは来るなと言ったはずだ帰れ、とでも常なら言いそうなものなのに、アスランは嫌な顔をすることもせず扉を開けた。
「ごめん、ここにはもう来ないつもりでしたけど、そうも言っていられなくなりました」
ロミーは今回は何も手にしておらず、しかも無理に笑う表情を作っている。
ロミーはいつもコウに対して笑顔で接してくれる。ただしこの日はそれがひきつるばかりだ。
さすがのコウもロミーに何事かがあったことがわかり、声もかけられずロミーとアスランを見守るしかなかった。
アスランも何も言わずにロミーを家の中へと招き入れた。
「いいよ、椅子はいらない。急ぐ話しなんだ。アスラン……ジイが倒れた。倒れてすぐは苦しそうに呻いてたんだけど、今はもう目を開けない。もうジイの命が閉じようとしている」
「わかった。すぐにここを発つ」
声の主様であるジイの様子を聞き、アスランだけでなくコウもショックを受けていた。
声の主様は老龍だと聞いていたが、すぐに命にかかわるとまでは思わなかった。アスランもそう思っていたから、今知らせを聞いて驚いているのだろう。
「コウも連れて行くんだよね。荷物はいいからすぐに一緒にいこう」
はいとコウが返す前にアスランの方が先に口を開く。
「いや、待て……コウは病後だ。その状態でここを出るには無理がある」
「なに、病気してたの? なんてタイミングの悪い……」
どうしたものかと、ロミーは頭や口に手をやり考えている。
「猫の娘の様子は? ここを出る時どうだったのだ?」
「ルルアはへべれけだったのもあって防御の体勢がとれなかったみたいで……おそらく骨がやられてしまいました。両足です。痛いいたいとうるさいし、リジルヘズまで我慢させるのもあれなんで、途中の国に置いてきましたよ」
「それを聞いてしまえば、ますますコウは連れて行けない」
「でも、国にはまだアスランの部屋がある。国一番の医者もいる……大変な思いをさせてしまうけれど命に関わることじゃ……」
「もう、コウを苦しませたくないのだっ」
アスランはロミーの言葉に被せた。
当然コウが健康体であれば迷わず連れて出た。
ルルアの場合は短時間のうちに出入りしたこと、そして酔っていたことが重なりその結果となった。
それでも、今コウに無理をさせて苦しい思いをさせることなんてできない。
「悪いが、私はここに残る。ジイのことはすまないがよろしく頼む」
「だめっ、そんなのだめに決まってる。だったらアスランだけがリジルヘズに戻ってください。ここには私とコウが残ります。アスランの番なんですからきちんと面倒は見ますよ。言っておきますがアスランより長くジイと共にいたのが私なんです。一緒にいられなかった分、最期くらいアスランはジイの近くにいてあげるべきしょう」
「お前の気持ちはわかる。しかし」
コウを置き去りにしたまま二人が言い争うように言葉を投げ合っている。コウは服の裾をぎゅっとつかんで様子を見ていた。だけど、もう我慢できなかった。
「あのっ!」
珍しく大きな声を出す声に二人がそっと動きをとめる。
「どうか、僕のことは気にしないでお二人でリジルヘズに帰ってください。僕だけがここへ残ります」
「いや、それはできない」
「それじゃ心配なんだよ」
「それでもです!」
コウは一喝した。
「僕はこんななりだけど大人です。留守番くらいできます。お二人ともここがどこかお忘れですか。ここへはアスラン様とロミー様、国王様、それから……声の主様しか入ってこられない場所のはずです。ここへは悪い人はやってきません」
「コウ、私はそういう問題を言っているのではないのだ」
「アスラン様、聞いてもらえますか。僕は小さな頃におじいちゃんを亡くしました。機械に挟まれて体も顔も酷いって言われて、お別れの時も布の間からほんの少ししか見せてもらえませんでした。本当は、僕は、いまだにそれを引きずっています。じいちゃんは適当に油をかけられて、火の番をする人も面倒そうで……だったら僕がすればよかったって、嫌々するなら帰れって言って、途中からでも自分がやればよかったって……」
「コウ、無理して話す必要はない」
アスランがコウを抱きしめる。
「違うのです、僕は話したいのです。自分の後悔をアスラン様にも知ってほしいのです。そうじゃないと、アスラン様は声の主様の所に行ってくれない。ロミー様だって主様の所へ行ってくれないじゃないですか。僕に遠慮して、後悔するようなことはして欲しくないのです。お願しますから、行ってください。どうか主様に優しくしてあげてきてください。もしかしたら、アスラン様の声で目覚めるかもしれないじゃないですか。それがないって言い切れないじゃないですか」
コウはいつしかアスランの胸を打っていた。
自分がここまで言っているのにその返事をしないのだ。どうしてうんと言ってくれないのだろうと悲しくなってしまう。
「コウ、アスランを説得してくれてありがとう。だけど龍にとっては番の存在が一番なんです。ですから、もうひと押ししてくれると折れるかもしれません。アスランが帰らないと、コウはどんな気持ちになって、どう思うのですか」
えっと……うんと……
「もしも、リジルヘズに帰って主様を見舞ってくれないのなら……僕は、えっと、僕は……」
「その続きは言わないでくれ。嘘だとしても、その言葉をコウの口から聞きたくないのだ」
僕は……の先をまだ探している最中だけどアスランには効果があったようだ。
顔を上げてみればアスランの顔色が悪くなっている。何かとても最悪なことを想像したらしい。
「わかった。私は国に戻る。コウ、しばらく一人にさせるが大丈夫か?」
「はい。さっきから大丈夫だと言っています。どーんと任せてください」
ロミーが眉をさげ、アスランが辛そうに顔を歪める。
「僕は大丈夫です。ここでお帰りをお待ちします。ずっと、いつまでも待っています。主様の元へ早くいってください。主様はアスラン様を待っているはずです」
「すまない、コウ。できるだけ早く帰ってくる。寂しい思いをさせるが頼む」
アスランがコウの位置に腰をかがめ目を合わせる。
コウはアスランが涙ぐんでいるのを見るのは二度目だった。
それはもちろんコウを置いていくことへの不安だけではなく、主様を失ってしまう恐怖で揺れているのだと思う。
アスランは森へと行き、コウの食事となる果実を籠に山盛りに、それも足りないと食卓を占領するほどにした。
最後は森へ入っては何が起こるか予測できないから、決して立ち入らないようにと約束させられた。
コウは臆病なので一人で森に入る気はない。最初の日の奇跡を見てから森全体が畏怖の対象なのだ。
アスランはコウへ沢山のキスをして、そして最後に首筋を軽く噛んだ。
ロミーは手を振っていた。
アスランはロミーは森へと消え、音もなく旅立っていった。
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