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第一章 束の間の恋人
4. 疑惑
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彩子があの事実を知る前のこと。
洋輔は恋人に対しても完璧人間だと思っていた。
彼はいつだって恋人を大事にしていた。彩子はそれを知っている。
もちろん彩子がそれを直接見たわけではない。だが他の同期も交えて食事にいったときなどに、洋輔が恋人との時間について漏らすのだ。洋輔が自ら語りはじめるわけではないが、モテ男の恋愛話を聞こうと周りがはやし立てるものだから自然とそうなる。この男は根が優しいから、からかわれたとしても律儀に答えてしまうのだ。
そうして洋輔の話を聞いてみれば、まさしく女性の理想像のような人物が浮かび上がるのだ。
恋人への好意は表に出して伝える、誕生日など特別な日には必ず一緒に過ごす、プレゼントも惜しまず贈る、週末はデートに誘う、恋人がいるときは決して他の女性と二人きりにはならない、などなど。
普通ならそんな男が振られるはずもない。いったいこの男にどんな欠点があるというのだろう。だから、初めは洋輔の失恋話が不思議でしかたなかった。洋輔が相手を見かぎるのならまだわかる。だが、いつも傷ついているのは洋輔のほうなのだ。
彩子が洋輔と二人でいたって不快な気持ちになることなど決してない。よほど難ありな女性とばかり付きあっているのではないかとすら思った。
だから洋輔を好きになってからは、自分なら絶対振ったりしないのにと思うようになった。それは当然だ。どれだけ一緒に過ごしても嫌なところなど一つもないのだから。洋輔が恋人と別れるたびに想いは募っていった。
しかし、そのときの彩子はまだ、洋輔が致命的な欠点を抱えていることに気づいていなかったのだ。
彩子がそれに気づいたのは一年くらい前。
洋輔に恋人がいないということで、二人で休日にランチに出かけていたときのことだった。
―――
「デザートなかなか来ないね」
「混んでるからかな」
「じゃあ、折戸、ちょっとこれ見て。デザート来るまでの間」
「え、何?」
洋輔は彩子に自分のスマホを向けてくる。いったい何を見せられるのかと彩子は覗き込んだ。
そのときだった。タイミングよく電話がかかってきたのは。
画面には『小谷さやか』という文字。
女性からの電話に少しばかりドキリとしたが、それよりも見覚えのある名前のほうが気になった。どこかで見かけたような気がするのだ。いったい誰だろう。そう考えていれば……
「ごめん」
洋輔はそれだけ言ってマホを手に席を立ってしまった。
その姿に彩子は驚いた。そして同時に気づいてしまった。
小谷という人物は洋輔にとって特別な位置にいるのだと。
普段の洋輔なら友人とのランチ中に確認も取らずに電話に出たりしない。電話に出ていいかの確認くらい取るはずだ。嫌な予感しかしなかった。
『小谷さやか』という名前。やはり彩子も知っているような気がする。彩子と洋輔の接点といえば会社である。もしかしたら社内の人間だろうか。そう考えたところである人物が彩子の脳内に浮かび上がってきた。
下の名前があっているかまではわからない。だが人事部に小谷という女性がいたことを思いだしたのだ。
花のように可憐でかわいらしい女性だ。
急に小谷さやかという人物がリアルに想像されて彩子の胸はざわついた。
電話を終えて戻ってくる洋輔を見やれば、今まで見たことがないほどに嬉しそうな表情を浮かべていた。その表情に彩子の胸は一層ざわつく。ただの憶測ではないかと言いきかせてみても、彩子の胸のざわつきは治まらなかった。
それから間もなく、楽しみにしていたデザートが運ばれてきたが、それを口にしてもまるで砂をかんでいるようだった。
洋輔は恋人に対しても完璧人間だと思っていた。
彼はいつだって恋人を大事にしていた。彩子はそれを知っている。
もちろん彩子がそれを直接見たわけではない。だが他の同期も交えて食事にいったときなどに、洋輔が恋人との時間について漏らすのだ。洋輔が自ら語りはじめるわけではないが、モテ男の恋愛話を聞こうと周りがはやし立てるものだから自然とそうなる。この男は根が優しいから、からかわれたとしても律儀に答えてしまうのだ。
そうして洋輔の話を聞いてみれば、まさしく女性の理想像のような人物が浮かび上がるのだ。
恋人への好意は表に出して伝える、誕生日など特別な日には必ず一緒に過ごす、プレゼントも惜しまず贈る、週末はデートに誘う、恋人がいるときは決して他の女性と二人きりにはならない、などなど。
普通ならそんな男が振られるはずもない。いったいこの男にどんな欠点があるというのだろう。だから、初めは洋輔の失恋話が不思議でしかたなかった。洋輔が相手を見かぎるのならまだわかる。だが、いつも傷ついているのは洋輔のほうなのだ。
彩子が洋輔と二人でいたって不快な気持ちになることなど決してない。よほど難ありな女性とばかり付きあっているのではないかとすら思った。
だから洋輔を好きになってからは、自分なら絶対振ったりしないのにと思うようになった。それは当然だ。どれだけ一緒に過ごしても嫌なところなど一つもないのだから。洋輔が恋人と別れるたびに想いは募っていった。
しかし、そのときの彩子はまだ、洋輔が致命的な欠点を抱えていることに気づいていなかったのだ。
彩子がそれに気づいたのは一年くらい前。
洋輔に恋人がいないということで、二人で休日にランチに出かけていたときのことだった。
―――
「デザートなかなか来ないね」
「混んでるからかな」
「じゃあ、折戸、ちょっとこれ見て。デザート来るまでの間」
「え、何?」
洋輔は彩子に自分のスマホを向けてくる。いったい何を見せられるのかと彩子は覗き込んだ。
そのときだった。タイミングよく電話がかかってきたのは。
画面には『小谷さやか』という文字。
女性からの電話に少しばかりドキリとしたが、それよりも見覚えのある名前のほうが気になった。どこかで見かけたような気がするのだ。いったい誰だろう。そう考えていれば……
「ごめん」
洋輔はそれだけ言ってマホを手に席を立ってしまった。
その姿に彩子は驚いた。そして同時に気づいてしまった。
小谷という人物は洋輔にとって特別な位置にいるのだと。
普段の洋輔なら友人とのランチ中に確認も取らずに電話に出たりしない。電話に出ていいかの確認くらい取るはずだ。嫌な予感しかしなかった。
『小谷さやか』という名前。やはり彩子も知っているような気がする。彩子と洋輔の接点といえば会社である。もしかしたら社内の人間だろうか。そう考えたところである人物が彩子の脳内に浮かび上がってきた。
下の名前があっているかまではわからない。だが人事部に小谷という女性がいたことを思いだしたのだ。
花のように可憐でかわいらしい女性だ。
急に小谷さやかという人物がリアルに想像されて彩子の胸はざわついた。
電話を終えて戻ってくる洋輔を見やれば、今まで見たことがないほどに嬉しそうな表情を浮かべていた。その表情に彩子の胸は一層ざわつく。ただの憶測ではないかと言いきかせてみても、彩子の胸のざわつきは治まらなかった。
それから間もなく、楽しみにしていたデザートが運ばれてきたが、それを口にしてもまるで砂をかんでいるようだった。
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