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第七章 かなわない

5. 敵わない

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 その日、大隆に昼に誘われた段階で、小谷とのことで何かあるんだろうとは思っていた。でなければ、わざわざ外には連れ出さなかったはずだ。

 ただ内容までは予想していなかった。何を言われるのかはわからないが、今の自分なら大丈夫だと思った。小谷のことはもう吹っ切れたのだからと。

 それなのに、プロポーズを受けてもらったと言う大隆に、洋輔はショックを受けたのだ。もう手の届かないところに行ってしまったのだと。

 洋輔はショックを受けた自分が信じられなかった。彩子のことを好きになっていると思った。間違いなく惹かれていると。小谷の婚約にショックを受けるなど、彩子に対する裏切りだと思った。

(そんな……なんで俺は……彩子が好きなはずなのにっ)


 自分の感情がわからなくて洋輔はひどく混乱した。

 ただ一つわかるのは、どうなったとしても彩子とだけは離れたくないという想いだった。この気持ちがあるなら大丈夫なはず。一日かけて気持ちの整理をつけようと思った。


 でも、それはできなかった。その日に限って、彩子が洋輔のところを訪ねてきたのだ。

 今、彩子がそばにいれば、何を言ってしまうかわからない。追い返してしまいたかったが、洋輔に彩子の頼みを断ることなどできるはずもなかった。とにかく自分の感情を悟られないよう、必死にすべての感情を押し殺した。


 一晩眠ればどうにかなると思った。

 彩子の存在を感じれば、勝手にいろんな感情が沸き上がるから、その日は彩子に背を向けて横になった。それでどうにかやり過ごそうと思った。

 だのに、彩子はあろうことかそんな洋輔に抱きついてきたのだ。


 洋輔のいつもと違う状態に気づいたようだった。

(こんなときまで気づかないで……)

 彼女は聡い人間だ。最初から隠すことなど無理だったのかもしれない。

 だが今の気持ちをぶつけるわけにはいかないのだ。小谷のことを話すことはできないし、知られたくもない。

(いやだ……彩子には知られたくない。嫌われたくない。傷つけたくない)


 洋輔の感情を放出させようとする彩子に必死に耐えた。耐えて、耐えて、全部飲み込もうと思った。

 そんな洋輔に彩子は強く口づけてきたのだ。それは彩子らしくないもので、だからこそ彩子から強く感情をぶつけられたのがわかった。

 だめだと思うのに、悦びを覚えてしまう。

 彩子から与えられるものはなんだって愛しい。


 結局、その口づけが引き金となって、洋輔の理性はついに焼き切れてしまった。

 言葉にできない感情をすべてその身体にぶつけてしまった。

 必死になって受け入れる彩子が愛しくて、ひどく興奮したのを覚えている。




 翌朝、目覚めて状況を確認すれば、その惨憺たる光景にさーっと血の気が引いていくのがわかった。

(あ……そんなっ……俺は、なんてことをっ)


 シーツはひどく乱れ、ベッドに横たわるその身体には無数の赤いあざがあった。

 服も掛け布団もすべて床に散乱している。床に落ちているそれに避妊はしていたとわかったが、そんなことは何の救いにもならなかった。

 どう考えたって洋輔は彩子を傷つけてしまった。あんなに大切にしたいと思っていたのに。


 目覚めた彩子にどんな言葉をかければいいのかわからなかった。

 謝罪をしなければと思うが、こわくて声が出ない。


 そうして洋輔が何も言えないでいれば、彩子は洋輔の想像もつかないような行動に出た。

 起き上がって、身体の痛みに悲鳴を上げたかと思えば、彼女は豪快に笑ってみせたのだ。昨夜の時間が楽しかったとでもいうように、彼女の表情には一切の憂いはなかった。

(え、なんで……)

 あまりに予想外な態度に洋輔は混乱して反応ができなかった。


 彩子は次に洋輔に対して怒りはじめたが、そこには本当の意味での怒りはなくて、ちょっと拗ねて怒ってみせているようなそんなものだった。

 挙句の果てに、昨夜の行為がお気に召したのかと洋輔をからかいまでしている。



 彩子に傷ついている様子がないとわかるとひどく安心した。こわばっていた何かがとけていく。すーっと心が軽くなっていくのがわかった。


 そうして次に洋輔を襲ってきたのは、強烈なまでの愛おしいという感情だった。鼓動が速くなって、身体中に勢いよく血が巡り、掌がかゆくなるほどに血が沸騰しているのがわかる。


(わかる。今はもうわかる。いや、それしかわからない……好きだ! 彩子が好きだ! どうしようもなく好きだ! 愛しくてたまらない!)


 気がつけば洋輔は彩子を強く強く抱きしめていた。


 あー、もう自分は彩子にはどうしたって敵わない、そう思った。
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