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第24話 上機嫌

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ルークはヤムイ村から離れた後、西に向かって歩いていた。

「ふぅ。エルザ―ド大隊長にあんな妹君がいたとはな。流石名門カイザス家だ」

ルークは近衛騎士第二部隊隊長であるメリッサのことを思い出しながら、そう呟いた。

(『鬼剣』があれば何とかなるだろうが、素手じゃ厳しいだろうな)

ルーク程の戦闘力があれば大抵の相手であれば素手で何とかなる。

が、メリッサ程の相手となると話は別だった。

「それ以上に、頭が切れる。切れすぎるくらいだろう」

ルークが一番驚いたのは、戦闘力以上にその聡明さであった。

(俺が『剣鬼』であることも全て理解した上で見逃した様子だった)

一体何手先を読んでいるのか。

ルークは蜘蛛の巣に捕まった虫のようななんとも言えない気持ちになっていた。

「それにしても大分気持ちが楽になったな」

ルークはヤムイ村の件があってから、当初晴れていなかった心の虚無感が無くなっているのに気付いた。

(久しぶりに何も考えずに戦ったからか?・・・いや違うな)

ルークは自問自答し、そして理解する。

自分の気持ちが晴れやかになったのは、あの少女に会ったからだと。

「勇ましい少女だったな」

どう考えても絶望的な状況で最後の最後まで絶望に立ち向かっていた。

そんな姿を見たルークは自分もこのままじゃ駄目だと心が理解したのだろう。

ルークはフッと笑う。

「いつかどこかで会うことがあったら、礼を言わないとな」

ルークはとても上機嫌になっていた。

「なんだか1杯飲みたい気分だ。久しぶりにまともな食事を摂るか」

とはいえ、今の自分には手持ちの金はない。

まずは、自分の金が軍の銀行にまだあるかを確認しよう。

そう思い、ルークは町に向かって歩いて行った。










「何故、あれだけの準備をして失敗した?」

どこかの執務室で、目の前の男に対して責める男。

「申し訳ございません!思わぬ邪魔が入りました」

答えたのは、ルークがいなくなったと気づいたリーダー格の男だった。

「邪魔だと?お前たち40人はこの日のために何年も前から準備してきたのだ。邪魔が入るタイミングなどない状況で行動を移したはずだ。それに仮に邪魔が入ろうが問題ない行動をしていただろうが!」

男が怒鳴り散らす。

一体どれだけの労力とコストをかけて今回の件に至ったか。上に知られれば自分の立場も危うい。

「はい。最初の邪魔は取るに足らない若い騎士たちが3人。なんの問題もありませんでした」

「なら!?」

「・・・『剣鬼』が現れたのです」

なおも怒鳴ろうとした男の言葉を遮るようにリーダー格の男が答える。

「・・・なんだと。何故、北の軍支部にいる男が王都近くの村にいる?」

怒りを納め、確認を取る。

「分かりません。だけど、あれは間違いなく『剣鬼』でした。直接会ったのは今回が初めてでしたが、あの威圧感、戦闘力どれをとっても逸脱しております」

「そうか・・・あの『剣鬼』が国の外ではなく中に集中する事態になるようだったら計画を見送ることも視野に入れなければならない。今回の失敗は痛いが、その可能性を知れた功績があれば面目は立つだろう。捕まった連中から情報が洩れることはないよな?」

「はい。問題ございません」

「ならいい。ほれ、『解毒薬』だ」

機嫌が良くなった男は、リーダー格に解毒薬を投げる。

受けっとったリーダー格がすぐに飲み干し、作戦決行前に飲まされていた遅効性の毒を中和する。

「ありがとうございます」

「部下を好きに使って構わん。『剣鬼』の件、事実確認を早急に行え!・・・いいか、次はないぞ」

「はっ!畏まりました!!」

リーダー格の男は了承すると部屋を出て行った。

「・・・『剣鬼』か。やっかいな」

1人残った男が忌々しそうに呟くのだった。
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