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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える
374 悪役令嬢は時空を超える 1
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「うう……ごめんね、マリナちゃん。急いでたのに」
小一時間後、リリーに連れられたアリッサが泣きそうな顔で部屋に戻って来た。
「……家の中で迷うの、いい加減、どうにかして」
エミリーが白い眼で見る。姉の方向音痴は毎度のことだが、家の中でくらい満足に戻って来られないのか。いくら筆頭侯爵家の邸が無駄に広いとはいえ、行き慣れた部屋なら覚えても良さそうなものなのに。
「……」
「マリナちゃん?……お、怒ってる?」
「いいえ。ぜ、ん、ぜ、ん」
ゆっくりはっきり答えたマリナの眼はギラギラと輝いている。アリッサは言い知れぬ恐怖を感じた。
「ごめんね?ちゃんと地図は持ってきたからね」
「ありがとう、アリッサ」
声が低い。エミリーは姉の怒気を感じて距離を取った。
「すぐに出発しようと思っていたけれど、難しそうだから先に説明するわね」
「いいの?」
「いいわよ。すっかり真夜中になってしまったものね」
「……魔法、今日はもう打ち止め。寝る」
ベッドに行こうとするエミリーの袖を引き、マリナは話を続ける。
「私が鏡に吸い込まれたところを、アリッサは見ていたわよね」
「うん。びっくりしたよ」
「私もびっくりしたわ。ついでに、気がついたら、思いがけない、絶対いるはずのない人がそこにいたんですもの」
◆◆◆
【マリナの回想】
目を開けた時、視界に飛び込んできたのは金髪碧眼の見慣れた美男子だったわ。セドリック様は私が『命の時計』の効果で具合を悪くすると思ったみたいで、瞬時に私から離れたの。でも、なぜか、あの魔法は発動しなかったの。代わりに胸がドキドキして……きっと、久しぶりに近くで話をしたからかしら。そんなことを言ったら、
「そ、そっか……僕もだよ」
とセドリック様は眉を下げて情けない顔をしていたっけ。
「ねえ、近くに寄ってもいいかな?……ぅわっ!」
「魔法が……きっと魔法が解けたのですわ!」
嬉しくて思わず抱きついてしまったけれど、今思えばあれが彼を調子づかせてしまったのかもしれないわね。
私達が着いた場所は、どうやら町はずれだったらしくて、遠くに見えた街並みに向かって歩き出したの。セドリック様が、王宮の倉庫にあった鏡からこの場所に飛ばされてきたと仰って、私も衣裳部屋から来たとお話ししたわ。
「王宮には不思議なものがあるものですね。大きな姿見を覗いて……セドリック様が映ったと思ったら、こんなところに来てしまうなんて」
うちの衣裳部屋の鏡は普通の鏡で、変わった効果があるとすれば、王宮にあった鏡だと思ったのよ。それとなく尋ねようと思ったのに、セドリック様は街並みを観察するのに夢中だった。
「マリナ、君はこの場所に覚えがある?」
「いいえ。どこかの町のようですけれど、その……こう申しては何ですが、いろいろと時代遅れのものがありますわね」
私達が転生したグランディア王国は、前世で学んだ中世ヨーロッパよりも便利な道具がたくさんあるのに、町の人達が使っている物は博物館で見るような道具だったわ。家々の造りも古くて、こう言っては何だけれど、王都のみならず郊外でも見なくなったような粗末な造りなのよ。
「グランディア国内にまだこのような場所があったなんて。僕は何を見ていたんだろう」
「ここがグランディアだと何故お分かりになりますの?」
異世界、それも外国だったら、私達には味方がいないし、二人で乗り越えるしかないでしょう?私は不安だらけだった。セドリック様は肝が据わっていると言うか、やけに楽しそうだったわね。
「店の看板に書かれているのはグランディア語に見えるよ。……ん?いや、少し違うかな」
後で思い出したの。古いグランディア語って、今と綴りが違うのよね。アスタシフォン語とも違うし、その時はよく分からなかった。
「まずは王都へ戻る方法を探しましょう。セドリック様は有名人ですもの、すぐに協力者が現れますわ」
ここが外国だとして、切り札になるのはセドリック様の『グランディア王国王太子』という唯一無二の身分よね。国交がない国でも、余程秘密主義でない限り、迷い込んだ他国の王太子をぞんざいには扱わないはず。
「王族でよかったと思ったのはこんな時……と、君の婚約者になれたことくらいかな」
「取ってつけたように仰らなくてよろしいですわ。それに、私は妃候補では……」
妃候補でない以上、私達は婚約者ではないのに、セドリック様は私の手をぎゅっと握って見つめて言った。
「僕は君以外を妃にするつもりはないと言ったよね?……行くよ」
見つめた瞳がとても真剣で、私は何も言えなくなってしまった。ふいっと背中を向けて、私の手を引いてぐんぐん町の中へと歩いて行ったわ。
町の中心部は多分ここかしら、と思った辺りで、私達は町の人とお話をしてみようと決めたの。でも、すれ違いざまにじろじろと見られるばかりで。町の人々は木綿か麻でできた生成り色の服を着ていたから、私達のような派手な服は珍しかったのね。ほら、昔の服って草花を原料にした染料で染めているでしょう?薄くぼんやりと赤や緑に染まってはいても、色鮮やかさはないの。そんな町の中で、普段着と言っても青い絹のドレスを着ていたのでは、私ったら場違いも甚だしい。隠れてしまいたかったわ。
「視線が気になるの?」
セドリック様も自分の服装が悪目立ちしていると気づいて、私の様子を気にかけてくださった。
「堂々としていたらいいよ。王都から来たと言えば、服装の違いは納得してもらえるよ。あそこに神殿があるね。神殿には王都や近くの大都市までの転移魔法陣を置いていることが多いから、行って話してみよう」
彼の行動力は頼りになるわ。……ただし、それは現代の常識が通用する場所限定でね。
小一時間後、リリーに連れられたアリッサが泣きそうな顔で部屋に戻って来た。
「……家の中で迷うの、いい加減、どうにかして」
エミリーが白い眼で見る。姉の方向音痴は毎度のことだが、家の中でくらい満足に戻って来られないのか。いくら筆頭侯爵家の邸が無駄に広いとはいえ、行き慣れた部屋なら覚えても良さそうなものなのに。
「……」
「マリナちゃん?……お、怒ってる?」
「いいえ。ぜ、ん、ぜ、ん」
ゆっくりはっきり答えたマリナの眼はギラギラと輝いている。アリッサは言い知れぬ恐怖を感じた。
「ごめんね?ちゃんと地図は持ってきたからね」
「ありがとう、アリッサ」
声が低い。エミリーは姉の怒気を感じて距離を取った。
「すぐに出発しようと思っていたけれど、難しそうだから先に説明するわね」
「いいの?」
「いいわよ。すっかり真夜中になってしまったものね」
「……魔法、今日はもう打ち止め。寝る」
ベッドに行こうとするエミリーの袖を引き、マリナは話を続ける。
「私が鏡に吸い込まれたところを、アリッサは見ていたわよね」
「うん。びっくりしたよ」
「私もびっくりしたわ。ついでに、気がついたら、思いがけない、絶対いるはずのない人がそこにいたんですもの」
◆◆◆
【マリナの回想】
目を開けた時、視界に飛び込んできたのは金髪碧眼の見慣れた美男子だったわ。セドリック様は私が『命の時計』の効果で具合を悪くすると思ったみたいで、瞬時に私から離れたの。でも、なぜか、あの魔法は発動しなかったの。代わりに胸がドキドキして……きっと、久しぶりに近くで話をしたからかしら。そんなことを言ったら、
「そ、そっか……僕もだよ」
とセドリック様は眉を下げて情けない顔をしていたっけ。
「ねえ、近くに寄ってもいいかな?……ぅわっ!」
「魔法が……きっと魔法が解けたのですわ!」
嬉しくて思わず抱きついてしまったけれど、今思えばあれが彼を調子づかせてしまったのかもしれないわね。
私達が着いた場所は、どうやら町はずれだったらしくて、遠くに見えた街並みに向かって歩き出したの。セドリック様が、王宮の倉庫にあった鏡からこの場所に飛ばされてきたと仰って、私も衣裳部屋から来たとお話ししたわ。
「王宮には不思議なものがあるものですね。大きな姿見を覗いて……セドリック様が映ったと思ったら、こんなところに来てしまうなんて」
うちの衣裳部屋の鏡は普通の鏡で、変わった効果があるとすれば、王宮にあった鏡だと思ったのよ。それとなく尋ねようと思ったのに、セドリック様は街並みを観察するのに夢中だった。
「マリナ、君はこの場所に覚えがある?」
「いいえ。どこかの町のようですけれど、その……こう申しては何ですが、いろいろと時代遅れのものがありますわね」
私達が転生したグランディア王国は、前世で学んだ中世ヨーロッパよりも便利な道具がたくさんあるのに、町の人達が使っている物は博物館で見るような道具だったわ。家々の造りも古くて、こう言っては何だけれど、王都のみならず郊外でも見なくなったような粗末な造りなのよ。
「グランディア国内にまだこのような場所があったなんて。僕は何を見ていたんだろう」
「ここがグランディアだと何故お分かりになりますの?」
異世界、それも外国だったら、私達には味方がいないし、二人で乗り越えるしかないでしょう?私は不安だらけだった。セドリック様は肝が据わっていると言うか、やけに楽しそうだったわね。
「店の看板に書かれているのはグランディア語に見えるよ。……ん?いや、少し違うかな」
後で思い出したの。古いグランディア語って、今と綴りが違うのよね。アスタシフォン語とも違うし、その時はよく分からなかった。
「まずは王都へ戻る方法を探しましょう。セドリック様は有名人ですもの、すぐに協力者が現れますわ」
ここが外国だとして、切り札になるのはセドリック様の『グランディア王国王太子』という唯一無二の身分よね。国交がない国でも、余程秘密主義でない限り、迷い込んだ他国の王太子をぞんざいには扱わないはず。
「王族でよかったと思ったのはこんな時……と、君の婚約者になれたことくらいかな」
「取ってつけたように仰らなくてよろしいですわ。それに、私は妃候補では……」
妃候補でない以上、私達は婚約者ではないのに、セドリック様は私の手をぎゅっと握って見つめて言った。
「僕は君以外を妃にするつもりはないと言ったよね?……行くよ」
見つめた瞳がとても真剣で、私は何も言えなくなってしまった。ふいっと背中を向けて、私の手を引いてぐんぐん町の中へと歩いて行ったわ。
町の中心部は多分ここかしら、と思った辺りで、私達は町の人とお話をしてみようと決めたの。でも、すれ違いざまにじろじろと見られるばかりで。町の人々は木綿か麻でできた生成り色の服を着ていたから、私達のような派手な服は珍しかったのね。ほら、昔の服って草花を原料にした染料で染めているでしょう?薄くぼんやりと赤や緑に染まってはいても、色鮮やかさはないの。そんな町の中で、普段着と言っても青い絹のドレスを着ていたのでは、私ったら場違いも甚だしい。隠れてしまいたかったわ。
「視線が気になるの?」
セドリック様も自分の服装が悪目立ちしていると気づいて、私の様子を気にかけてくださった。
「堂々としていたらいいよ。王都から来たと言えば、服装の違いは納得してもらえるよ。あそこに神殿があるね。神殿には王都や近くの大都市までの転移魔法陣を置いていることが多いから、行って話してみよう」
彼の行動力は頼りになるわ。……ただし、それは現代の常識が通用する場所限定でね。
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