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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

377 悪役令嬢は時空を超える 3

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【セドリックの回想】

「僕はセドリック。彼女はマリナ。僕の……」
「妻です。魔導具の研究中に誤って飛ばされてしまいました」
妻!?
今、君、言ったよね?
妻って、僕の……。
全身の血が顔に集まってきているみたいだ。何度も唾を呑みこみ、乱れそうになる呼吸を整える。どうしよう、嬉しすぎて鼻血が出そうだ。
いけない。二人が僕らの関係を疑ったら……。マリナの話に便乗させてもらう。
「そ、そうなんだ。……僕は王都にいたんだけど、ここは?」
「王都に……そうか。時間も距離も遠いな。ここはウィエスタの町だ。放牧している羊の方が人間よりはるかに多い。何もないが、住めば都だ」
ウィエスタ?
聞いたことがない。
国内を回る際に世間話のネタになるから、昔の地名はいくつか覚えているけれど、小さな町までは記憶にない。僕達の時代では、何という名前になっているのだろう。
ゾーイは棚から地図を取り出し、テーブルの上に広げて見せた。歴史の時間に見た古地図だ。僕らが教材にしているものは、昔、大量生産された品の一つだったんだ。
指先が示したウィエスタの町は、現代の……?
隣でマリナが一瞬息を呑み、僕にそっと囁いた。
「エスティアの場所です。ハーリオン領の……」
過去のハーリオン侯爵領に引き寄せられたと聞いて、僕はこの時、何かが起こる予感がしたんだ。

「あの……」
マリナは挙手した。
「先ほどの魔法を見て、ゾーイさんはかなりの技量をお持ちのようでしたが、どうしてこの町に?こちらのご出身なのですか?」
田舎に行けば行くほど、魔力が高い魔導士はいない。王都の魔導士なら痕も残さず治せる怪我なのに、治癒魔導士がいなかったために十分な治療を受けられずに後遺症に苦しむ人々がいると聞いている。
「いや。私は王都の生まれだ。ここは……」
「俺の故郷なんです」
カタ。
ティーカップを置きながらウォーレスが言った。
「事情がありまして、師匠とこちらに療養に……」
「ウォーレス!余計なことを言うな」
「本当は、あんなに魔力を消耗してはいけないんです。魔力を使うことは、命を削ることですから」
「命を……削る?」
どこかで聞いたフレーズだ。
「はい。師匠の身体には何者かによって命を削る魔法がかけられているのです」
小声で魔法を詠唱すると、三人の頭上に数字が現れた。
「……これは?」
「命の残り日数を示す魔法です。……禁術ですが」
見上げると、僕の上には23631、マリナの上には23158と浮かんでいる。
何てことだ!
僕より年下のマリナなのに、残り日数が少ないということは……僕はマリナに先立たれるのか?『命の時計』の魔法で、少し削られてしまったのか。衝撃を受けて、ふとゾーイの頭の上の数字を見て、もっと驚いた。

   ◆◆◆

「そのゾーイという魔導士も、『命の時計』の魔法をかけられていたんだな」
「うん。詳しくは後で話すけど、原因は自分のミスにあるみたいだった。ウィルフレッド王は不治の病にかかっておられて、支えがなければ立っていられないほどらしい。それでも政務への情熱は衰えず、摂政を置くつもりもない。周りの者達から、ゾーイに秘密の依頼があったんだ。王太子への実権の移行を円滑に進めるために、ウィルフレッド王を苦しませずに死なせてくれと」
「無茶な依頼だな」
レイモンドが額に手を当てて頭を振った。
「その依頼をしたのが、俺の先祖でないことを祈る」
「うん。僕もそう思うよ。王を殺す依頼なんて、信じられない、あってはならないことだからね。話を聞くと、その依頼をした貴族は皆処刑されて、ゾーイは五属性持ちの魔導士だから『使える』って生かされたって」
「処刑されなくても、『命の時計』がかかってるんなら同じじゃないですか?」
アレックスがクッキーを食べるのをやめて話に加わった。口の端の欠片をジュリアが取ってやると、顔を真っ赤にして照れた。二人の様子を見て、レイモンドが苛立ちを募らせ、スタンリーが彼を宥めた。
「つまり殿下は、『命の時計』という魔法ができた頃の時代へ行かれたわけですね?」
「僕は魔法の鏡に願ったんだ。あんな魔法がなければいいってね」

   ◆◆◆

【マリナの回想】

「君の師匠の数字……」
「はい。師匠の命は残り三十四日しかないんです。今朝は三十六日あったはずなのに、魔力を無駄遣いするから……」
「無駄遣いさせたのは誰だ。見境なく魔法を撃ちよって」
セドリック様は驚いて、続きを言えなかった。私も、『命の時計』の効果を目の当たりにして何も言えなくなってしまって。ウォーレスは冷静だったわ。魔法の効果を消すと、私達に向かって淡々と説明を始めたの。ゾーイにかけられた魔法は、魔力を使うと命が縮まるものだって。
「なぁに、大袈裟な。私はこれくらい……っ!」
はあ、と溜息をつくゾーイは、ウォーレスが彼女の肩にショールをかけた瞬間、笑顔を浮かべて胸を押さえた。表情から苦しがっているのが分かったわ。私がセドリック様の近くで感じるような、あの感じがするのだって。

間違いなく、ゾーイにかけられた魔法は発動していた。相手はウォーレスね。
最悪なことに、彼は気づいていなかったの。師匠の気持ちに。
ウォーレスが紅茶を淹れている間は何ともなかったのに、彼が近寄ると苦しみが増す。彼が隣に腰かけた時、ゾーイの顔に冷や汗が浮かんでいたわ。
「ゾーイさん。お弟子さんのいないところで、少しお話しできませんか?」
「しかし……」
躊躇ったゾーイの手を取り、
「『命の時計』の魔法をご存知ですよね?」
って囁いたら、観念したように頷いてくれた。
「……ウォーレス。夕食の材料を買いに行ってくれないか」
「師匠、俺は……」
「いいから行け。彼らには私達を害する意図はない。安心しろ」
何度も振り返り、ウォーレスは居間を出て行った。心配性なのか、それ以上に師匠が気になるのか。二人の関係は良好に思えたし、思い切って気持ちを打ち明けて、残り少ない時間を幸せに過ごす選択もあるわ。

   ◆◆◆

「……どうかしら」
「あら、エミリーは不満そうね」
「私なら、諦めないで生きる方法を探す。命を縮める魔法があるなら、長らえる魔法があってもおかしくない」
「そうねえ。私もエミリーちゃんの意見に賛成。魔法ができた時代なら、まだ解呪の方法も編み出せたかも。ね?」
マリナはふふっと笑った。
「ええ。私も思ったわ。私達があの時代に行ったのは、解呪の方法を見つけるためだって。国王にかけようとした魔法の術式を書いたノートは、ゾーイの悪事の証拠として、王宮に厳重に保管されていたのよ」
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