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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

405 悪役令嬢は領地を知る フロードリン編2

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深夜になるまで仮眠を取ることにした後、マリナは部屋を出ようか悩んだ。部屋にはベッドが二つありアレックスと同衾しなくてよいものの、同じ部屋に泊まったと誰かに知られれば困ったことになるのは目に見えていた。そんな彼女の逡巡を知らず、アレックスは一人ベッドに横になった。頭の下で手を組み、天井の染みを見つめて呟いた。
「クリフトン、可哀想だな。いきなり親父さんが死んだって、しかも、あんなところを見せられて。……俺の父上は殺しても死なないような男だけど、騎士だからいつかは国のために命を賭けるかもしれない、死ぬかもしれないって、俺、母上に言われてたんだ。突然大好きな家族がいなくなるって、こういうことなんだな。真剣に考えたことなかったよ」
彼が眠りに落ちるまで、少し雑談をするのもいいかと、マリナは隣のベッドに腰掛けた。
「……そうね」
クリフトンにとってはたった一人の家族だった。気丈に振る舞う彼の辛さはどれほどか。両親や妹達を失ったらと考えて、マリナは目頭が熱くなった。
「私のせいだわ……」
「マリナ?」
アレックスが驚き、鍛えられた腹筋を使い、バネのように跳ね起きる。
「私のせいで、父上が目を離した隙に、この街が変わってしまって、幸せな日常が狂っていったんだわ。私がセドリック様の妃候補になって、学院に入学して……浮かれていたこの二年間に!」
両手で顔を覆う。止めようと思っても涙は止んでくれない。細い肩が小刻みに震え、アレックスはマリナが泣いていると分かった。
「……お前のせいじゃないよ」
「私が……私がお父様の時間を奪ったから……っく、ううっ……」
「あー、もう!」
次の瞬間、マリナは力強い腕に包まれていた。
ベッドから立ち上がったアレックスは、目を瞑ってマリナを抱きしめた。
「あ……アレックス?」
「殿下には絶対言うなよ?俺、この歳で人生やめたくないから」
ドクン、ドクン、ドクン……。
規則正しく、やや速いアレックスの鼓動が、マリナの耳に直接流れ込んでくる。
――やだ、何で、こんな……。
頬が紅潮するのが分かる。顔を見られたら、彼を意識していると誤解されてしまいそうだ。大きな手がマリナの背中を優しく撫でた。
「泣き止んだか?」
頬に手を添えられると、息が止まりそうだった。金の瞳に覗きこまれ、マリナは涙に濡れた瞳を閉じた。

と。
目の下を指で押し下げられる。まるであかんべえをしているような顔になる。
「何を……」
軽く睨むと、アレックスは快活な笑顔を向けた。口元から白い歯がこぼれる。
「泣くなよ、マリナ。……泣いてるヒマがあったら、俺達にできることは何か考えようぜ」
「アレックス……」
ハンカチで涙を拭いて顔を上げたマリナは、きょとんとしてアレックスを見た。
「何だよ」
「ううん。ジュリアと同じようなことを言うのね。元気を出させようといたずらをするのも同じだわ」
「なっ……わ、悪かったな」
「いつも一緒だから、考え方も似てくるのね。……羨ましいわ」
何気なく呟いたマリナを、アレックスは悲しそうに見つめていた。

「このままではお父様が罪に問われて、ハーリオン家は没落してしまうわ。侯爵令嬢でなくなったら、私はセドリック様のお傍にはいられなくなってしまう。私が今なすべきことは、領地の酷い状況がお父様の指示ではないことを明らかにし、黒幕を突き止め、お父様を助け出すこと。そうでしょう、アレックス」
「……強ええな」
「そうかしら?」
「マリナはこんなときでもマリナだなって思ったよ。殿下に会いたいってピーピー泣いてるような奴だったら、王妃なんか務まらないだろ」
「褒めてるの……よね?」
「うん。マリナが王妃だったら、俺、近衛騎士もありかなって」
照れくさいのか赤い髪を掻き毟る。マリナはプッと吹き出した。
「笑うな!」
「認めていただけて光栄ですわ、アレックス騎士団長?」
「ま、まだ、騎士団長になれるって決まったわけじゃ……あ、や、絶対なるけど、なるけどさ、そんな風に呼ばれると照れるっつーか」
いたたまれなくなったアレックスは、マリナの隣から立ち上がり窓に向かった。夜風で火照った顔を冷やそうと窓枠に手をかけ、はっと身体を強張らせる。

「……マリナ、ヤバいぞ」
マリナは音を立てずに窓辺に近寄った。室内の光魔法球を消す。
「昼間の、黒ずくめ集団?」
「人数は……三人か。たいしたことはないな」
「またここへ来るのかしら?」
「違うな。あっちに向かってる」
黒ずくめの男達は、僅かな魔法球の灯りを頼りに、人気のない路地を奥へと進んでいる。辺りは真っ暗で、魔法球だけが存在を示していた。
「この街、殆ど人は住んでいないわ。目的は何なのかしら。監視?」
「分かんねえよ。でもさ、あっちって確か……教会がある方だよな?」
クリフトンの父のために、住民達と共に祈りを捧げた、民家の中の教会は通りの奥だ。
「牧師様はこの界隈の皆の心の拠り所よ。クリフトンや他の皆を絶望させるために、牧師様を狙って?大変だわ、アレックス」
「なあ、マリナ、魔法はどれくらい使える?」
「風魔法と光魔法なら……ある程度は」
「そっか。援護を頼むぜ」
言うが早いが部屋を出ようとするアレックスを捕まえて、
「行くつもりなの?魔法陣の見張りはどうするのよ」
マリナは小声で問いかけた。
「あいつらが単なる見回りだったら、魔法陣に行けばいいだろ。牧師様がやられるのを、ここで黙って見てろって言うのか?」

寝ているクリフトンを起こさないように、二人はそっと階段を下りた。模造の剣を腰に携え、アレックスはマリナの手を引いた。
「勘違いすんなよ。暗いから、繋いだだけだからな。……あと、絶対ジュリアに言うなよ」
言っても妹は特段気にしないだろうと思いつつも、マリナは頷いた。
「分かっているわよ。行きましょう!」
建物の陰に隠れるようにしながら、アレックスとマリナは黒い一団を追った。

   ◆◆◆

二人の予想通り、『塀の中の犬』の一団は教会へと入っていく。二人は建物の脇へ回り、背の低いこんもりとした庭木と壁の間に身体を滑り込ませた。教会として使っている民家は比較的窓が大きく、中が明るくなれば様子が分かりそうだった。
「夜中に教会を襲うなんて、最低だな」
「見下げ果てた奴らね。牧師様が心配よ」
アレックスはそっと中を窺った。真っ暗な教会の中は、元々民家だったこともあり、あまり天井が高くなく、明かり取りの窓もない。ステンドグラスのような華美な装飾は一切なく、大広間がある民家をそのまま使っていた。日中は窓から差し込む光で多少明るいが、ウナギの寝床のような長い家で、両隣にも家がある。真横の窓は用をなさない。道路に面した家の間口により税が課せられていた土地柄、家々は皆このような造りだ。
「暗いな。よく見えない」
「誰もいないの?」
「ああ。三人も、牧師様もいないな。牧師様は別の部屋で寝てるだろうから、あいつらは奥に探しに行ったんじゃないか」
「大変!」
アレックスの背中を押して先に進ませ、マリナは建物の裏口へ回った。
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