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学院編 14

457 悪役令嬢は箱にしまわれる

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暗い部屋に波の音だけが響く。
エミリーとキースは肩を寄せ合い、大きな木箱の陰に隠れていた。万が一、乗組員がこの倉庫を覗いても、二人の姿が見えないように。
「……エミリーさん、寝てしまいましたか?」
「……」
なけなしの魔力で部屋に結界を張り、誰かが近づくと分かるようにしたため、エミリーは疲労困憊だった。キースの問いかけにも答える気が起きない。無言のエミリーに、キースは彼女が寝たと思ったのか、一つ溜息をついた。
「あなたが休めるように、僕は起きていますから。安心してください」
――さっき、結界張ったのは寝るためでしょ?何言ってるのよ。
恩着せがましいと言ってやろうかと思ったところで、キースは自分が着ていたローブをもぞもぞと脱ぎ始めた。膝を抱えた体勢で壁に凭れているエミリーにかけると、
「寒くないですか?」
と呟く。
窓から射しこむ青白い月光が、一瞬彼の横顔を照らした。
「巻き込んでしまって申し訳ありません。僕が不甲斐ないばかりに、マックス先輩に捕まるなんて……」
独り言なのだろうが、言っていて情けなくなったらしい。手のひらで顔を覆い、目元を軽く擦った。
「あなたには傷一つつけさせません。エミリーさん……あなたは大事な人ですから」
くしゃりと笑って、エミリーの銀髪に触れようとした手を引っ込める。キースはそのままゆっくりと瞳を閉じた。

ドン!
何かが船の側面に当たる音がした。
「……!」
「エミリーさん、起きてください」
「起きてるわ。……あの音……」
「座礁したんでしょうか?すごい衝撃でしたね」
「待って……声が聞こえる!」
シッ、と人差し指を唇に当て、エミリーは部屋の外から聞こえる物音に耳を澄ました。キースは立ち上がって小さな窓から外を見た。
「ふ、船です!あの旗は……!」
「……海賊?」
「箱に隠れましょう!僕が踏み台になりますから、早く中へ!」
背中を押してエミリーを箱の前へ進ませると、キースが膝をついた。何とか箱に上半身を乗せたエミリーの脚を持ち上げ、頭から放り込む。
「ちょ!痛いってば」
――脚に思いっきり触ってるし!
「すみません。僕のローブを預かっていてください」
「預かる……?って、え?」
バタン。
上から蓋を閉められ、エミリーは内側から叩いた。
「キース、早く入らないと……」
「蓋を閉める人が必要ですからね。お願いです、エミリーさん。そこでおとなしくしていてください」
「何……」
「役立たずの僕でも、できることが……」
部屋のドアが開いた音がした。結界が作動し、ビリビリと火花が散る。室内にアスタシフォン語の怒声が飛び交う。
――何言ってるのか分からないわ。ああ、勉強しておけばよかった!
追試を受けていたのだから箱の上のキースも同じだろう。ましてや、訛りがある海賊相手に話が通じるとは思えない。
「僕の結界を破って入って来たんですね。そうです。僕は魔導士で、それも、密航しようとしている悪党なんですよ」
キースが魔法を使っているのか、室内のココアの匂いがした。
「この船の品物を奪うより、僕の身を売った方が、たくさんの金貨を手にできますよ?」
ざわめきが聞こえる。どうやら光魔法で金貨の幻覚を見せているようだ。海賊の注意を自分に向け、箱の中のエミリーを見つけさせまいとしているのだ。
――助けないと。でも、魔力が……!
ぎゅっと目を閉じた時、海賊たちの声が止んだ。
「これはこれは……思わぬ収穫だな」
聞き覚えのある声に、エミリーは勢いよく立ち上がり、箱の蓋にガツンと頭をぶつけた。

   ◆◆◆

男物の楽な服に着替え、ジュリアはマリナのベッドの上で寛いでいた。
「ねーえ、マリナ。私達を呼び寄せたのは、何で?」
「あら、言っていなかったかしら?」
「アリッサも『聞いてない』って顔してる。ジョンに宛てた手紙にもなかったよ?」
「ごめんなさいね。誰かに奪われても構わないようにしたものだから」
アリッサが首を傾げた。スケッチブックに『奪われるなんてあるの?』と書いている。
「ええ。ビルクールの街は、思っていた以上に私達には厳しい場所のようよ。通商組合の総会で……軽く啖呵を切ってしまうほどにね」
「はあ?啖呵切ったって、お嬢様ぶりっこしたんじゃないの?」
ゴロゴロ寝ていたジュリアが腹筋を使って素早く起き上がった。マリナは妹の隣に座り、反対側にアリッサを呼びよせた。
「うまくできていたのよ、最初はね。積荷の検査をするって言ったのだけれど、ベイルズ準男爵が……」
「ベイルズ?あの影が薄い生徒会の人の?」
「影……って、まあいいわ。とにかく、私を侮辱したのよ。セドリック様の愛人とか何とか」
「それって事実じゃね?王太子妃候補から外れたら、愛人でしかないもん」
「……」
「あ、ごめん」
マリナの表情に凄味があると感じたジュリアは、咄嗟に口を覆った。アリッサが涙目になりかけている。
「それで、領主の権限で積荷の検査を行うことにしたのよ。通商組合の皆の賛同を得た形にしたかったのだけれど、ベイルズの一派が署名を拒んで……」
「マリナはお父様の代理だけど、ビルクールに手出しできる権限はないもんね」
「そうなのよ。もっと領地経営を勉強しておけばよかったと悔やんだわ」
『マリナちゃんは王妃様になるから、領地のお勉強はしなくていいって』とアリッサが書いて見せる。
「お母様も無理に勧めなかったもんね。で、私達は積荷の検査をするの?」
「それは通商組合が行うわ。あなたたち二人には、囮になってほしいのよ」
「囮?」
「検査員と一緒に船に乗り込む、領主代理の『マリナ・ハーリオン』にね」
ドレスは勘弁して!と逃げ出そうとしたジュリアの服を掴み、マリナはにっこり笑って、左右に座った妹達を見た。
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