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学院編 14

464 ヒロインは強欲に強請る

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【ヒロイン視点】

年末は実家に帰らず、私は王立学院の学生寮で過ごしていた。辺鄙な男爵領に帰るには、何日も乗合馬車で知らない人達と膝を突き合わせていなければならない。
冗談じゃないわ。
折角、王都に出てきたんですもの。
休みを満喫しなくてどうするのよ。
王都に邸を構えている高位貴族の子供達は、皆寮から引き揚げてしまい、残っているのは私のように領地が遠い者と、補習を受けて個別に課された課題が終わらない一部の生徒だ。当然、寮の中もしんと静まり返っている。

……のだが。
今日は廊下から悲鳴が聞こえた。鼠でも出たのかと思い、気にも留めないでいたら、せわしない足音が私の部屋の前で止んだ。間もなく、ドアが強くノックされた。
――ああ、嫌だ。何事?
生徒同士の揉め事に巻き込まれるのは御免なのよ。私にはやらなければならないことがたくさんあるんだから。
どうせまた、私が攻略対象キャラと話していたから、話しかけることもできない奴らがやっかんでいるんだわ。
「……はい?」
ドアは開けずに声だけかける。
「俺だ。レイモンド・オードファンだ」
はあ?訊き間違いかしら。
女子寮に男子生徒が入ってきていいの?それも、ルールを守るべき立場のレイモンドが?
「至急、頼みたいことがある。応接室で話をしたいのだが」
「分かりました」
顔が見えるくらいドアを開ける。レイモンドはいつも通り、厳しい視線をこちらに向けている。眉間の皺が深いのは、彼の後ろに様子を窺う女子生徒の群れがいるからだ。
「先に応接室でお待ちください。少し支度をしてまいります」
「……いやに丁寧だな」
「ふふっ」
ヒロインの技を駆使して、花のように微笑みつつ、周囲の女子生徒に目を光らせた。皆、レイモンドが私を訪ねてきたことに驚き、心の底から羨んでいるのが分かる。
優越感が半端ないわね。これだからヒロインはやめられないわ。
「長くはお待たせしませんわ」

   ◆◆◆

「私が……王宮に?」
やっぱり、聞き間違いかもしれない。
レイモンドは、私を王宮の地下牢に連れて行きたいらしい。うっかり閉じ込められないように気をつけるとしても、その理由がマシューだなんて。
「コーノック先生が逮捕され、王宮の地下牢に収監されているのは知っているか」
「……そうなんですか?」
「知らないふりをしても無駄だぞ」
チッ。
椅子に座ったレイモンドが私の舌打ちに気づいて、整った顔を顰めた。神経質そうな眉がぴくりと動いた。
「……まあいい。先生は毎日、魔力を魔法石に吸われているんだが、このところ魔力の放出量が多すぎて追いつかない」
魔力を吸わなければ、マシューの魔力で城が吹っ飛んでしまう。そんな危険人物を、王宮の地下に閉じ込めておく方がバカじゃないのかしら。近くに置いて管理したいんだろうけど、王族の考えはよく分からない。
「先生を説得しろと?」
「ああ。彼の教え子だろう」
「それは……私より、エミリーがいいと思うんです。彼女は先生のお気に入りですから」
「知っている。だが、エミリーは王都にいない。だからこそ先生は心配して、魔法で彼女を探しているんだ」
「私、コーノック先生とそこまで仲良くないし……」
「頼む。とにかく、先生に魔力の放出を止めるように言ってくれないか。俺も話してみたんだが、魔導士ではない者の意見など聞く耳を持たないようだった」
ここは協力すべきかしら?
成果はともかく、恩を売っておけば、何かの役には立つかしら。
「……報酬は?」
「抜け目がない奴だな。勿論、相応の報酬は用意する。魔法石に魔力を吸わせるだけではなく、宮廷魔導士は実力行使も視野に入れているらしい。そうなればいくらコーノック先生でも重症は免れない。生徒会でも日頃お世話になっているし、セドリックもそれだけは避けたい意向だ」
「つまり、先生を説得するのは、王太子殿下が言い出したことなのね?」
「窮状を見るに見かねて、国王陛下に直訴した。しかし……魔導師団長の方針には、陛下も反対なさらない。何も変わらなかった」
「説得するわ。……王太子妃候補の座を用意してくれるならね」
「そう来たか」
「あら、いけない?」
「候補になれるかどうかはさておき、年始のパーティーでセドリックのパートナーを務める、というのはどうだ?」
「いきなり言われても、ドレスが間に合わないわ」
「御用達の店なら急ぎで仕上げてくれる。代金はセドリックに払わせればいい」
レイモンドは悪戯を仕組んだ子供のように、ふっと笑みをこぼした。

   ◆◆◆

マシューが囚われていた地下牢は、薄暗くて気持ちが悪い場所だった。
寝たきりになっているらしい彼に近づくのも嫌だったけれど、魔導士が毎日浄化の魔法をかけているらしく、想像したより小奇麗な姿だった。ただ、顔色が悪くて、横になっていると死んでいるみたいに見えた。
「……誰だ」
「アイリーン・シェリンズです。先生、魔力の放出を止めてください」
「……来て早々、何だ……」
「何でもいいわ。とにかく、魔法石に吸われるだけで無駄遣いなんだから、魔法を使うなってことなの!」
「俺に命令するな!」
ビリビリッと周囲の空気が震えた。一瞬強い魔力が放たれたと分かる。
怖い!
「ヒイッ!」
「……悪かった。確かに、お前の言う通りだ。魔力の無駄遣いだな」
「そ、そうよ。分かってくれてうれしいわ、先生。魔法を使うのをやめてくれるんですね?」
念を押してみる。マシューは顔だけこちらに向けて、虚ろな目で頷いた。

彼の魔力を吸い取って点滅していた魔法石が、突然光を失って静まった。
「……ま、魔法が……?」
「おい、魔力が収まったぞ」
「すぐに知らせろ!」
遠くから様子を見ていた宮廷魔導士達が騒ぎ出した。
あら?
あら、あら?
私、もしかして、成功しちゃったの?
ヒロインの言葉ってすごいのね。こんなにあっさり従うって、マシューが攻略対象だからなのか……うん、多分そうね。
ゲームになかった新しいルートが開いたに違いないわ。
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