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学院編 14

541 悪役令嬢は愛の語らいを覗き見る

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リオネルの大きな瞳が涙に濡れた。
「……無理だよ、王になんて……。兄上が王になったら、子供の頃暮らしたお城に引き籠って、王子なんてやめるつもりだったのに……」
「リオネル、俺は……」
「ルーは、私が王になったら……嫌なんだよね?」
私、と言った弱々しい声に、ルーファスは一瞬ドキリとした。自分のローブを握りしめる白い手が震えていると気づき、手を重ねて摩った。
「嫌っていうか……お前が男のままでも遠ざけられない限り傍にいる。でも、俺は……無理をして笑うお前を見たくない」
撫でていたリオネルの手を自分の頬に当てる。この国を守るのはこんなに小さな手なのか。王子として恥ずかしくないよう、毎日剣の鍛錬をしているからか、柔らかい肌にはあちこち傷がある。ルーファスは眉をひそめて指先に口づけた。
「……!」
真っ赤になって手を引くものの、不意に絡み合った視線に意識を奪われる。瞳を揺らしてリオネルは年相応の少女の顔をした。
「どうして……そんなことするの?……ルーは、私と運命を共にする名前をつけられたから、仕方なく……」
「何だって?」
青い瞳に怒気が宿る。ルーファスはリオネルの手首を掴んで引き寄せた。
「痛っ……何怒ってるの?」
「怒らずにいられるかっての。お前が好きだから傍にいるって言ってんだよ!いい加減気づけよ、この鈍感!」
ドン。
リオネルの拳がルーファスの胸を打ち、ローブの襟元を掴んだ。
「鈍感はどっちよ!巻き込みたくないから気づかないふりしてるのに!」
「リオ……」
「気づいたら……ルーを好きだって言ったら、何か変わるの?一緒に逃げる勇気もないくせに、軽々しく好きとか言わないで!」
「逃げる?……お前は逃げないんだろ?」
「うん」
返事には重みがある。ルーファスを見つめる瞳には確かな強さがあった。手を放すと、リオネルはすっくと立ち上がった。
「……ルーファス。ルーファス・ハガーディ・エルノー。王子リオネル・ハガーディ・アスタスの名において命じる」
ルーファスが膝をついて視線を落とす。彼の肩が少し震えている。
「な、汝の生涯を我に捧げよっ!」
押し倒す勢いで抱きつくと、案の定ルーファスは後ろにひっくり返った。
「うぉっ、何だよそれ!」
「うるさい!もう決めたんだから!王女だってバレて追放とか処刑とかされちゃうときも、絶対道連れにしてやるっ……う、うう……」
胸の上で泣き始めた主君を抱きしめる。柔らかい髪を撫でて落ち着かせる。昔からリオネルを落ち着かせる方法だ。
「俺の生涯?なんてとっくの昔にお前のもんになってるよ。……なあ」
「ん?」
「さっきから、すっげえ見られて……」
視界の隅で臙脂色のカーテンが揺れた。

   ◆◆◆

「ごめんね……」
カーテンの陰からアリッサが顔を出した。バルコニー席とドアとの間には重厚な趣のカーテンが下がっており、愛を語り合う二人の視界からアリッサを隔てていたのだ。ルーファスが急いで起き上がり、いたたまれなくてその場に正座した。
「その、の、覗くつもりはなくって、えっと……ね、アレックス君?」
「お、おう。うん、そ、そうだ。別に、羨ましいとか思って見てたわけじゃないぞ!」
――アレックス君、羨ましかったんだ。ジュリアちゃんはこういうことしないのかな?
少年らしくいることを心掛けているリオネルと、元々少年のようなところがあるジュリアは、どこか似通った雰囲気がある。素直に愛を告げたリオネルを見て、アレックスがジュリアと甘い雰囲気に浸りたいと考えても無理はない。
「私達、励ましに来たの。いきなり王様になれって言われて、リオネル様が悩んでいるんじゃないかって」
「俺だったら、王になったら王立学院の試験をなくすって言ったんだ。ここまで来るうちに、アリッサには散々言われたけど、なかなかいいと思うんだよな」
アレックスの説明は要領を得ないが、何となく勢いで元気づけてくれているのはリオネル達にも分かった。
「必要……なかったみたいだね。リオネル様、王様になるって言ってたもんね」
「だな。で、やるんだろ?」
「うん。父上が僕を王にするというなら……」
「じゃなくて、変えるんだよな?王子じゃなくても、王女でも王になれるって」
「……王女が、王に?」
リオネルが目を見開いた。ルーファスと手を繋いで頷く。
「アレックス君、そんなに簡単なことじゃないのよ?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ?意外と評議会?でも『いいね』ってなるかもしれないし、応援してくれる奴もいると思う。グランディアの国王陛下もセドリック殿下も、きっと応援するさ」
「うん。ありがとう。……そうだね、父上を説得して、僕が……いや、私が法を変えればいいんだよね。やってみる」
「そのためにはまず、陛下の魔法を解かないとな」
ルーファスが微笑んだ。
「あ、そうだ。エミリー達を見なかったか?」
「エミリーちゃん?」
「部屋の近くにはいなかったぜ?」
「どこ行ったのかなあ?」

   ◆◆◆

その頃。
エミリーは男子トイレの前で震えていた。
「どうしてルーファスと一緒の時に行っておかないのよ!」
二人を繋ぐ手錠の鎖は約一メートル。どうあってもエミリーがトイレについていくしかない。
「……悪かった」
「許さない」
「俺も困惑している。お詫びとして……お前がトイレや風呂に入ると言うなら、俺がついて行」
「変態」
「くっ……」
マシューの赤い左目が煌めいた。心から悔しがっている。
――そうだった。この人、覗き趣味の変態だったんだっけ。
外見が自分の好みドストライクで忘れかけていたが、マシューは客観的に見て十分にアブノーマルな趣味をしている。魔法とエミリー以外に興味がないのだ。
「さっさと目的を果たして、グランディアに帰る」
「……お前は、俺と一緒にいたくはないのか?」
「何、いきなり」
――一緒にいたいに決まってるけど、言ったら負けな気がする。一緒にいたいと言えば、また抱きしめられて何度もキスされて……。
照れを無表情の仮面の奥に隠して無言で見つめると、言葉の続きを待つマシューに焦りの色が見えた。
「……リオネルのところに戻ろう?」
「ああ……うん……」
エミリーを追うマシューの背後に黒く淀んだ魔力が揺らめいた。
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