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ゲーム開始前 4 グランディア怪異譚?

58 悪役令嬢は生ごみのにおいに悶絶する

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「申し訳ございません、殿下」
宮廷魔導士コーノックは深々と頭を下げた。
「いや、うん。いいんだ。ちょ、ちょっと驚いただけだから」
全然ちょっとじゃないじゃん。気絶したくせに、とジュリアは心の中でツッコミを入れる。
「この鎧は、私の教え子がかけた魔法で動きましてございます」
「一人で入って来たぞ」
「はい。雷に反応して動き出す仕掛けになっておりました。倉庫から殿下のお部屋の前まで転移し、中に入って動くまで、全てエミリーの魔法です」
「それはすごいな」
王太子は素直に感心した。脅かされて気絶したことなどすっかり忘れたようだ。
「はい。私の自慢の教え子ですから」
浮遊魔法で軽々と鎧を持ち上げる。
「すげえ」
アレックスは開いた口が塞がらない。
「後片付けもエミリーがやればいいのに」
「いいんだよジュリア。エミリーは今取り込み中でね」
コーノックは一礼して部屋を出た。

   ◆◆◆

「なん、なの、これぇ……」
王宮の倉庫の中で、エミリーは両腕で自分の身体を抱きしめていた。
鎧の後片付けのためにコーノック先生と転移してきたものの、倉庫に入った瞬間に不快感に襲われた。生ごみのようなにおいがする。倉庫に生ごみがあるのではなく、何者かの魔法が発動した痕跡があるようなのだ。
「こんな嫌なにおい、嗅いだことない」
吐き気を覚えながらエミリーはにおいの元を探す。倉庫に何か魔法の罠が仕掛けられている可能性が高い。簡単に王宮の結界を突破できるようにする何かや、自動で動き出す何かが……。この間ここに転移してきた時には感じなかったのに。
エミリーが魔法の存在を告げると、コーノック先生は彼女に原因を調べてほしいと頼んだ。三属性持ちの自分より、五属性持ちのエミリーの方が、敏感に魔法を感じ取れるからだ。
通路を一つずつ見る。棚の中の物に目をやり、手をかざして波動を感じ取る。
「ここじゃない。武器には何も仕掛けはないみたい」
さらに奥へ進む。防具は盾や鎧があったが、特段不審な点はない。
「私の気のせいだった?でも、まだ……」
光魔法が全く使えないエミリーは、暗い倉庫の中を十分に照らすことができない。火属性は使えるが、王宮の中で火事を起こしてしまっては申し訳ない。
「目を凝らして見るしかないか」
一歩ずつ慎重に歩く。棚に入りきらずに、時々物が床に置かれたままになっている。
「こっち、のよう……あ!」
エミリーは床に落ちていた何かを思いっきり踏んづけて滑り、そのまま尻餅をついた。
「……痛」
ポーカーフェイスを歪め、踏んだ何かを見る。石ころのようだ。
「何だってこんなところに!」
座ったまま腹立ちまぎれに力一杯蹴飛ばした。
カツン!
石が壁に当たる。ローブを叩きながら立ち上がる……が。
――嘘!?
石を蹴とばした方向から襲ってきた強い瘴気がエミリーを包み、激しい眩暈を感じる。身体の中心がどこか分からない。立ち上がることはおろか、座ったままでもいられない。
「う、うううう……」
不快なにおいが一層強くなる。
――息ができない!
陸に上げられた魚のように、パクパクと口を動かすだけだ。
――そうだ、魔法……転移魔法で……。
自分なら無詠唱で魔法を発動させられる。息ができなくても言葉を出せなくても、自分ならきっと……。はあっ、何て強い魔法なの?こんなの、私じゃ扱えない……もっと、力が……。
――力が欲しい!!!
意識が遠ざかる寸前でエミリーの身体が一瞬光り、辺りはまた闇に戻った。

   ◆◆◆

ドサッ。
「……うっ」
どこかに落ちたようだ。背中の感触では落ちた場所は固くない。
「ハア、ハア、ハア、ハア……」
息ができる。
――助かった。助かっ……た?
エミリーは自分の下の地面が揺れているのを感じた。
「ひゃっ!」
身体の両側に手をついて、がばっと跳ね起きる。
「どこ、ここ……」
見たことがない場所だった。茶色い木目の壁、机、たんす、殺風景な部屋……。
「ん……何だ……」
エミリーの左隣で何かが蠢く。耳に届いた聞き覚えのある低い声は、あの……。
恐る恐る左後ろを振り向く。黒いローブが目に入る。
――ああ、転移先失敗した。
魔法を発動させる前、強い魔力に混乱して、もっと力が欲しいとかなんとか考えたような気がする。だからって、これはないのではないか。
「……エミリー?」
目覚めた赤い瞳がこちらを見つめる。鬱陶しい長い前髪をかき上げ、マシューは夢見心地で呟いた。
なんでよりによってこの人のベッドに落ちるかなあ!?
エミリーは無言で視線を逸らした。
「俺はまだ、夢を見ているのか?」
身体を起こしてエミリーの背中側に座る。薄い唇が緩く開いて、ふんわりと笑っている。
こんな顔、ゲームで見たことないよ。
一人暮らしの男子の部屋に不法侵入なんて気まずすぎる。さっさと家に戻ろう。それしかない。マシューも夢だと思っているようだし、誤解しているうちに全てなかったことにしてしまおう。
「夢よ夢。転移先間違えました。では失礼。さような、ッ!」
長い腕が回され、後ろから抱きすくめられた。マシューの方が魔力が強く、エミリーの転移魔法が発動しない。
――無効化しないでよ、もう!
「放して」
冷たく言い放つ。片腕はウエストの辺り、もう片腕は胸の上をがっちり押さえている。
「嫌だ……ん……放したくない」
マシューはうっとりと息を吐いた。
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