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ゲーム開始前 5 婚約騒動

76 悪役令嬢は呪いの手紙を書く

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「王立図書館に行くことは禁ずる。いいな、アリッサ!」
ハーリオン侯爵は厳しい表情で娘に告げた。アリッサは今にも零れ落ちそうな涙を必死にこらえている。
「お前が公爵家の息子と図書館で逢引しているという噂を、他人の口から聞かされた私の実にもなってみろ。世間には、公衆の場で口づけをするような、ふしだらな娘だと思われているのだぞ」
「……うっ、……くっ……ふえっ……」
アリッサは嗚咽が止まらない。
「王と宰相は、お前とレイモンドの婚約に乗り気でいるようだが、私は一度断っている。婚約者でもない令嬢に平気でキスするような小僧に娘をくれてやる気はない」
レイモンドとキスしているところを、父侯爵に見られていたのは知っていたが、オードファン公爵家から婚約の打診があったとは知らなかった。王が取り持つなら普通は王家の権威に負けて承諾しそうなものだ。それを断れるのは、王とハーリオン侯爵が懇意にしているからに他ならない。
「学院へ入学するまで、私かソフィアの付き添いなしに出かけるのはなしだ」
甘やかし放題の父なら図書館へも付き添ってくれたが、母はどうだろう。ふしだらな娘だと噂が立っている自分と外出するのは、世間の目を気にする母にはつらいだろう。
――もう、レイ様に会えない。
アリッサは絶望した。

   ◆◆◆

その夜、侯爵令嬢の寝室にて。
「アリッサ、いい加減泣きやみなさい」
使用済みハンカチを山積みにして、マリナは妹の顔を拭いた。
「だ、だって……おとう、様が……」
「人前でいちゃつくから悪い」
「エミリーちゃんひどい!いちゃついてないもん!キスしただけだもん!」
「キスした、って……」
ジュリアが絶句する。四姉妹のうち、合意の上でキスをしたことがあるのはアリッサだけである。マリナのキスは事故のようなものだし、自分は普段男装しているからキスのしようもない。内心穏やかではなかった。
「……ふう。仕方ないわね。アリッサ、手紙を書きなさい」
涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を上げ、アリッサは姉を見つめた。
「マリナちゃん?」
「しばらく図書館に行けません、って。いきなり行かなくなったら、レイモンド様も心配するわ」
アリッサは目を輝かせた。
「そうね!その手があったわ!」
ベッドから転げ落ちそうな勢いで机に向かうと、アリッサは可愛らしいパステルカラーの紙を取り出し、一心不乱にペンを走らせ始めた。
「文通、か。おとなしくなってよかった」
エミリーが欠伸をして自分のベッドへ移動し、ジュリアも「お休みー」と言って寝具に身を埋めた。マリナは廊下にいた侍女に声をかけて、汚れたハンカチの山を片づけるように言った後、アリッサの肩を軽く叩いて自分のベッドに横になった。

   ◆◆◆

親愛なるレイモンド様へ

今日はとても楽しい時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。
レイモンド様と図書館でお話しするのが、私、とっても楽しみで仕方がありません。できることなら帰りたくないと思っているのに、夕方になると司書の方が呼びに来るでしょう?もうこんな時間なの?ってびっくりしてしまいます。

レイモンド様はご存知ですか。私達のことが噂になっているとか。
今日、父から聞かされて驚きました。ちっとも知らなかったんですもの。
図書館に行くのは禁止されてしまいました。父は私の願いを聞いてくれませんでした。
レイモンド様にお会いできるのは、図書館しかないのに。

初めてお会いしたのも、図書館の書棚の前でしたね。
「ユーギディリア国戦記」が高いところにあって、背が低い私は手が届かずに困っていた時、さっと取って渡してくださいました。なんて親切な方なのだろうと感激したのを、昨日のことのように覚えています。

次にお会いしたのは、その二日後のことでしたね。
レイモンド様は、新しく入った魔法書の……

   ◆◆◆

カリカリカリカリ……。
マリナの耳にペンを走らせる音が聞こえる。
「……ん?」
眠い目をこすって音のする方を見れば、昨晩机に向かった時と同じ姿勢で、アリッサが爛々と光る目の下に隈を作りながら、小さく笑って手紙を書いていた。さながら、悪鬼に取り憑かれているかのようだ。机の上には書き終えた便箋が積まれている。用紙の色が薄緑、ピンク、黄色、白、薄紫……一色では足りなくなって次々と変えたらしい。内容は分からないが量が多すぎる、何の呪いだ。
「アリッサ?大丈夫?」
「マリナちゃん、おはよう。うふふふ……」
「一晩中手紙を書いていたのね」
「そうなの。書き出したら止まらなくて……あら、でももう朝なのね。封筒に入れて出さなきゃ」
分厚い手紙の束は令嬢が使う可愛らしい封筒に入るわけもなく、アリッサは大きめの紙を折って封筒を作り始める。こういう作業を難なくできるのは彼女の才能である。
「手紙を出したら眠ったほうがいいわ。あなた、昨日はあれだけ泣いていたのだもの、体力を使い果たしているのよ」
「レイ様のためなら何日でも起きて……ふがっ!」
宛名を書き終えた瞬間に、エミリーが容赦なく催眠魔法をかけた。机に突っ伏して寝てしまったアリッサの脇を抱えてジュリアがベッドに運び、三人で持ち上げて横たえる。
「んっとに、手間のかかる……」
ジュリアがぼさぼさの頭を掻いて溜息をつく。
「じゃあ、私も寝る」
部屋の中を瞬間移動してエミリーがベッドに入り、数秒で寝息を立てると、マリナは廊下にいた侍女に声をかけたのだった。
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