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学院編 3 初めてのキスと恐怖の勉強会
61 悪役令嬢は覗き見をする
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「おはよう、マリナ」
「おはようございます、セドリック様」
見目麗しい王太子と妃候補は、今日も女子寮の前で微笑みながら挨拶を交わした。
建物の前に列をなしている生徒達は、王太子セドリックに憧れているが妃になれない家格の令嬢達を中心とした、見ているだけで幸せな気持ちになれるファンと、マリナに憧れているが声もかけられない引っ込み思案な貴族令息達、二人に憧れている王室フリークで構成されている。彼らは毎朝、婚約者同士の会話にうっとりするのだ。
「皆、気づいていないみたいだね」
「ええ」
短く答えてセドリックの隣を歩く。
彼から婚約を保留にしたいと言われて二日が経った。選挙の一件もあり、マリナにはこの二日がとてつもなく長いもののように思われた。話をしながら時折視線が絡む。向けられる笑顔は変わらないのに、どこかよそよそしさを感じさせる。
王太子妃にマリナを選んだのはセドリックだ。王族である彼の意思は絶対だ。
――私が何を言っても、変わらないのよね……。
微笑ながら楽しげに話しているセドリックを見つめて、マリナは少しだけ胸が痛んだ。
ジュリアとアレックスは、以前よりも並んで歩く距離が近い気がする。レイモンドは人前でキスこそしないが、アリッサをエスコートする姿がとても自然だ。まさにお似合いといった感じがする。
婚約保留宣言からセドリックはマリナに触れない。マリナが避けているわけでもないのに、以前のように抱きしめられることもない。
「……平気なのですか?」
「え?」
海の色の瞳が何度も瞬きをする。
「セドリック様は、婚約を保留にしたままでも、平気なのかと思って……」
「平気って……そんなふうに見える?」
彼の悲しそうな笑みがマリナの胸を刺した。
「これでも、精一杯堪えているんだよ?……君に嫌われないように、ね」
――嫌う?私が?セドリック様を?
「嫌い……ではありません。触れ合う前に、その……心の準備ができる時間が欲しいだけで……」
自分でも驚くほど緊張している。脈が速くなり、胸が苦しい。
――私、何を言っているの?
何と返されるのか恐ろしくて、セドリックの顔が見られない。
「し、失礼いたします。私、用事が……」
――何これ、もう、頭が変になりそう!
背中にセドリックが呼ぶ声を聞きながら、マリナは早足で校舎に向かった。
◆◆◆
「アレックス、くすぐったいよ」
ジュリアの肩を抱き寄せ、アレックスが首筋に顔を寄せてくる。吐息も荒く、そのまま唇が近づいてきて
「離せ!」
「ぐふっ」
アレックスの鍛えられた腹筋に、容赦なく肘鉄を打ち込んだ。
「……痛え……」
金色の瞳に涙が見える。本気で痛かったらしい。
「少しは時と場所を考えてよ。これじゃあ、殿下と同じじゃん!」
ピュアなアレックスはどこに行ったのだろう。登下校も教室も同じで、スキンシップが過剰だし、隙あらばキスしようとしているように思う。
「殿下と一緒にするなよ」
「人前でベタベタするのは同じでしょ?」
腕力と持久力がある分、セドリックよりもたちが悪い。
「……嫌、なのか?」
見つめる視線にどこか怯えのようなものを感じる。魔法に操られていたとはいえ、一時でもジュリアを裏切ったことを気にしているふしがある。
――またこれだ。心配しなくてもアレックスを嫌いになったりしないのに。
自然に溜息が出てしまう。
「……そうか」
アレックスの瞳に影が落ちる。顔を背けて先に歩き出す。
――勘違いしてる?
「待って」
すぐに隣に追いついて、手を引き、指を絡めた。
「……!」
「皆が見てるところでは、これくらいじゃ、ダメ?」
見上げる高さの金の瞳が揺れる。もう片方の手で口元を覆い、アレックスは何か言っている。
「何?聞こえないよ?もう一度言って」
「……言えるわけねーよ」
「なんで悩んでるんだかよく分かんないけど、この間のことでアレックスを嫌いになったりしないからね?」
「……」
「ね?」
「……っ、わ、分かったよ。……あー、何か朝練したくなってきたなー」
顔を真っ赤にしたアレックスは、最後は棒読みでジュリアに言った。
「行くぞ。練習場に!」
「今から?」
練習を始めたら遅刻してしまいそうだけれど、二人で駆けだすと忘れてしまった。
――こんな毎日が続けばいいのに。
行きつく先がバッドエンドでも、彼と繋いだ手の温かさは忘れないとジュリアは思った。
◆◆◆
マリナが魔法科の教官室に行くのは初めてだ。
エミリーから場所は聞いていたし、学院内の俯瞰図を描いたゲーム画面の記憶はある。
「さて、と。どこかしら……」
教官室はそれぞれ個室になっていて、所謂長屋のような造りだ。部屋ごとに外に通じるドアと窓があり、窓から中を窺うことができる。しかし、マリナには魔法の気配が分からない。マシューの好みも熟知していないため、窓から部屋を覗いても彼の部屋なのか判断がつかない。
「一つ一つ、見ていくしかないわね……」
時間はかかるが確実だ。幸い、セドリックを置き去りにして走ってきたので、時間はたっぷりあるのだ。
一部屋目は、女物と明らかに分かる服が長椅子に掛けられ、可愛らしい花柄のクッションが見えた。ここではない。
次の部屋は煙草のにおいが強い。マシューは喫煙しない設定のはずだから、ここも違う。
三つ目の部屋を覗いた時、マリナは思わず二度見してしまった。
――え?アイリーン?
ピンク色のふわふわした髪をツインテールにしたアイリーン・シェリンズが、長椅子の上で黒いローブを着た男に跨っている。蠱惑的な笑みを浮かべ男の胸を撫でていた。顔をあちらに向けている上、フードを深く被っていて男の顔は見えない。アイリーンの制服のブレザーとブラウスはボタンが外されて下着が見える。短いスカートから見える腿を撫で上げ、男はもう一方の手をアイリーンの胸元に伸ばした。
マリナは慌てて窓の下に屈みこんだ。
――濡れ場?って、誰なの?この男……。
魔法科の教官室にいるのだから、魔法科の教師の誰かなのだろう。
――アイリーンは誰と関係を持っているの?
ゲームの主人公は、純粋無垢で可憐な少女だった。教師を身体で籠絡するようなビッチではなかった。
――マシュー、ではないわよね?
ローブの色は黒だった。男の持つ魔力は、主属性が闇だということだ。
足音を立てないようゆっくりとその場を離れ、マリナは隣の教官室を覗いた。
「おはようございます、セドリック様」
見目麗しい王太子と妃候補は、今日も女子寮の前で微笑みながら挨拶を交わした。
建物の前に列をなしている生徒達は、王太子セドリックに憧れているが妃になれない家格の令嬢達を中心とした、見ているだけで幸せな気持ちになれるファンと、マリナに憧れているが声もかけられない引っ込み思案な貴族令息達、二人に憧れている王室フリークで構成されている。彼らは毎朝、婚約者同士の会話にうっとりするのだ。
「皆、気づいていないみたいだね」
「ええ」
短く答えてセドリックの隣を歩く。
彼から婚約を保留にしたいと言われて二日が経った。選挙の一件もあり、マリナにはこの二日がとてつもなく長いもののように思われた。話をしながら時折視線が絡む。向けられる笑顔は変わらないのに、どこかよそよそしさを感じさせる。
王太子妃にマリナを選んだのはセドリックだ。王族である彼の意思は絶対だ。
――私が何を言っても、変わらないのよね……。
微笑ながら楽しげに話しているセドリックを見つめて、マリナは少しだけ胸が痛んだ。
ジュリアとアレックスは、以前よりも並んで歩く距離が近い気がする。レイモンドは人前でキスこそしないが、アリッサをエスコートする姿がとても自然だ。まさにお似合いといった感じがする。
婚約保留宣言からセドリックはマリナに触れない。マリナが避けているわけでもないのに、以前のように抱きしめられることもない。
「……平気なのですか?」
「え?」
海の色の瞳が何度も瞬きをする。
「セドリック様は、婚約を保留にしたままでも、平気なのかと思って……」
「平気って……そんなふうに見える?」
彼の悲しそうな笑みがマリナの胸を刺した。
「これでも、精一杯堪えているんだよ?……君に嫌われないように、ね」
――嫌う?私が?セドリック様を?
「嫌い……ではありません。触れ合う前に、その……心の準備ができる時間が欲しいだけで……」
自分でも驚くほど緊張している。脈が速くなり、胸が苦しい。
――私、何を言っているの?
何と返されるのか恐ろしくて、セドリックの顔が見られない。
「し、失礼いたします。私、用事が……」
――何これ、もう、頭が変になりそう!
背中にセドリックが呼ぶ声を聞きながら、マリナは早足で校舎に向かった。
◆◆◆
「アレックス、くすぐったいよ」
ジュリアの肩を抱き寄せ、アレックスが首筋に顔を寄せてくる。吐息も荒く、そのまま唇が近づいてきて
「離せ!」
「ぐふっ」
アレックスの鍛えられた腹筋に、容赦なく肘鉄を打ち込んだ。
「……痛え……」
金色の瞳に涙が見える。本気で痛かったらしい。
「少しは時と場所を考えてよ。これじゃあ、殿下と同じじゃん!」
ピュアなアレックスはどこに行ったのだろう。登下校も教室も同じで、スキンシップが過剰だし、隙あらばキスしようとしているように思う。
「殿下と一緒にするなよ」
「人前でベタベタするのは同じでしょ?」
腕力と持久力がある分、セドリックよりもたちが悪い。
「……嫌、なのか?」
見つめる視線にどこか怯えのようなものを感じる。魔法に操られていたとはいえ、一時でもジュリアを裏切ったことを気にしているふしがある。
――またこれだ。心配しなくてもアレックスを嫌いになったりしないのに。
自然に溜息が出てしまう。
「……そうか」
アレックスの瞳に影が落ちる。顔を背けて先に歩き出す。
――勘違いしてる?
「待って」
すぐに隣に追いついて、手を引き、指を絡めた。
「……!」
「皆が見てるところでは、これくらいじゃ、ダメ?」
見上げる高さの金の瞳が揺れる。もう片方の手で口元を覆い、アレックスは何か言っている。
「何?聞こえないよ?もう一度言って」
「……言えるわけねーよ」
「なんで悩んでるんだかよく分かんないけど、この間のことでアレックスを嫌いになったりしないからね?」
「……」
「ね?」
「……っ、わ、分かったよ。……あー、何か朝練したくなってきたなー」
顔を真っ赤にしたアレックスは、最後は棒読みでジュリアに言った。
「行くぞ。練習場に!」
「今から?」
練習を始めたら遅刻してしまいそうだけれど、二人で駆けだすと忘れてしまった。
――こんな毎日が続けばいいのに。
行きつく先がバッドエンドでも、彼と繋いだ手の温かさは忘れないとジュリアは思った。
◆◆◆
マリナが魔法科の教官室に行くのは初めてだ。
エミリーから場所は聞いていたし、学院内の俯瞰図を描いたゲーム画面の記憶はある。
「さて、と。どこかしら……」
教官室はそれぞれ個室になっていて、所謂長屋のような造りだ。部屋ごとに外に通じるドアと窓があり、窓から中を窺うことができる。しかし、マリナには魔法の気配が分からない。マシューの好みも熟知していないため、窓から部屋を覗いても彼の部屋なのか判断がつかない。
「一つ一つ、見ていくしかないわね……」
時間はかかるが確実だ。幸い、セドリックを置き去りにして走ってきたので、時間はたっぷりあるのだ。
一部屋目は、女物と明らかに分かる服が長椅子に掛けられ、可愛らしい花柄のクッションが見えた。ここではない。
次の部屋は煙草のにおいが強い。マシューは喫煙しない設定のはずだから、ここも違う。
三つ目の部屋を覗いた時、マリナは思わず二度見してしまった。
――え?アイリーン?
ピンク色のふわふわした髪をツインテールにしたアイリーン・シェリンズが、長椅子の上で黒いローブを着た男に跨っている。蠱惑的な笑みを浮かべ男の胸を撫でていた。顔をあちらに向けている上、フードを深く被っていて男の顔は見えない。アイリーンの制服のブレザーとブラウスはボタンが外されて下着が見える。短いスカートから見える腿を撫で上げ、男はもう一方の手をアイリーンの胸元に伸ばした。
マリナは慌てて窓の下に屈みこんだ。
――濡れ場?って、誰なの?この男……。
魔法科の教官室にいるのだから、魔法科の教師の誰かなのだろう。
――アイリーンは誰と関係を持っているの?
ゲームの主人公は、純粋無垢で可憐な少女だった。教師を身体で籠絡するようなビッチではなかった。
――マシュー、ではないわよね?
ローブの色は黒だった。男の持つ魔力は、主属性が闇だということだ。
足音を立てないようゆっくりとその場を離れ、マリナは隣の教官室を覗いた。
応援ありがとうございます!
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