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学院編 5 異国の王子は敵?味方?

117 悪役令嬢は甘い寝言を言う

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女子寮の一室、改装された大部屋にも朝の日差しが差し込んでいた。
「ジュリア様、起きてください!」
「うーん……リリー……まだ眠いよお」
「皆が起きる前に男子寮に戻らなければなりませんよ!」
「んー」
目が半開きのジュリアのパジャマを脱がせ、手早く制服を着せる。ジュリアとリリーのやり取りで起きてしまったアリッサは、ハイスペック侍女の手際の良さに感心した。マリナがジュリアの目を覚まそうと、目の前で何度か手を叩いたがぼんやりしたままだった。
引きずられるように部屋を出ていき、四姉妹の部屋に静けさが戻った。
「あんな調子で、文化祭が終わるまで持つのかしら」
「ジュリアちゃんは起こさないと起きないものね。エミリーちゃんは起こしても起きないけど」
「皆が起きる前に男子寮に入るのは大変よね。かといって、朝食の時にいないと不自然だし」
「リオネル殿下の気まぐれも怖いよね。いきなり部屋に訪ねて来られるかもしれないもの」
「ジュリアが殿下の好みと真逆ならいいんだけど」
マリナはふう、と息を吐いた。剣技科に入ったリオネル王子は、剣の話題でジュリアと意気投合する可能性がある。自分と趣味の合う女子に好感を抱かないはずがない。男子でも気に入られれば、アスタシフォンへスカウトされるかもしれない。
「リオネル殿下は、本当に私達の誰かをお妃様にするおつもりなのかなあ?四人とも好みじゃないってこともあるよ?」
「政略結婚は好みがどうのと言っていられないの。条件と家のつり合い、それだけよ」
「……全然ロマンチックじゃない」
アリッサが口を尖らせて俯いた。
「あら、ゲームの中では、ハーリオン侯爵令嬢はもれなく政略結婚よ。相手が少し変わるだけだわ」
「少しなんて……レイ様とは違うもん」
しゅんとしたアリッサの肩を抱き、マリナは頭と頭をコツンと合わせた。
「どこかに解決法があるはずよ。悲観しないで」
慰め合う姉妹の傍で、熟睡しているエミリーが
「……マシューの、バカ……大好き……」
と甘い寝言を呟いていた。

   ◆◆◆

男子寮のアレックスの部屋に潜りこみ、ジュリアは長椅子に横になった。
「ねーむーいー」
「こんなところでおやすみになったらお風邪を召されますよ」
「エレノア、毛布貸して」
「お待ちを」
しっかり者の侍女エレノアは、アレックスの寝室に突入して行った。何か話し声がし、数秒の後に彼女は毛布を抱えて戻って来た。
「お待たせいたしました」
かけてくれた毛布が少し温かい。
「あったかいね」
「アレックス様からお借りして参りましたから」
――この温もりは、アレックスの……。
顔が赤くなった気がして、ジュリアは毛布を鼻まで引き上げた。

ドンドンドンドン!
不意に激しくドアがノックされた。
「な、何!?」
驚いたジュリアが椅子から立ち上がると同時に、寝室からワイシャツとスラックス姿のアレックスが飛び出してきた。首にネクタイが引っかかっている。
「何だ?」
エレノアがドアを開けるより早く、向こう側からドアが押された。

「おはよう!アレックス、ジュリアン」
爽やかな笑顔のリオネルが、制服をスマートに着こなして立っていた。
「で、殿下」
「おはようございます。お迎えに上がるはずでしたのに……」
ネクタイを結びながらアレックスが困惑する。
「ご覧の通り、アレックスがまだ着替え中で」
ジュリアが肩を竦める。
「いいよ。僕が早く来すぎたから。……ジュリアンも大変だよね」
「何が?」
つい素で聞き返してしまったジュリアは、はっと口に手を当てた。
「畏まらないで。ね?……毎朝女子寮から来るの、大変じゃない?」
――見られたの!?
「リオネル殿下、何かの見間違いでは?」
「そうかな?僕の部屋の窓から下を見てたら、君と侍女が走ってくるのが見えたんだけど」
「……」
能面のように表情を固まらせたまま、ジュリアは短く呼吸した。心拍数が一気に上昇する。
「気のせいですよ、リオネル殿下。俺とジュリアンは、男子寮に住んでいるんですから」
「見間違いじゃないよね?ジュリアン。制服も髪も、今の君と同じだったよ」
「えーと、うーん……」
見間違いで片づけるには、自分の髪の色は特異すぎる。
リオネルの目を見られない。まさか、こんな早くに女だとバレるとは。
いや、まだバレたわけでは……。

むに。……むにむに。
「なっ……!」
ジュリアが事態を把握するより早く、アレックスが声を上げた。
「……!」
リオネルの手がジュリアの胸を押している。制服のブレザーの上から、布が巻かれた胸をつついているのだ。あまりの衝撃にジュリアは言葉を発することができない。
「やめてください!」
金色の瞳に怒りを滲ませたアレックスが、胸を触っている手を掴んで振り払った。
「どうして?男同士だったら別にいいよね?アレックスは何を怒っているのかな?」
唇に人差し指を当て、少女のように可愛らしい顔を傾げて、王子は流し目で彼を見た。
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