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学院編 5 異国の王子は敵?味方?
129 悪役令嬢は逢引の現場に踏み込む
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壁に手を当てて進み、真っ暗な空間から出たアレックスは、
「おっしゃああああ!脱出っ!」
と叫び、喜びを全身で示した。
夕暮れ時を過ぎ、紫色の空に月が輝いている。
「結構時間が経っちゃったね。夕食に間に合わなくなるよ。急いで帰ろう!」
走り出したジュリアは、ベルトに結んだネクタイが突っ張り、バランスを崩して膝をついた。アレックスもふらついて隣に屈む。
「おい、ネクタイ忘れてるぞ」
「ふふーん。これ、いい思いつきだったでしょ?はぐれないし、手は自由になるし」
「……俺は、手を繋いでてもよかったっつーか……」
「んん?」
「いや、何でもねーよ」
固くなった結び目を解き、アレックスはネクタイを一本ジュリアに渡した。
「ありがとう」
「よれよれになっちまったな」
結んでいた部分は酷い皺になっている。
「帰ったらリリーに直してもらおうっと」
「エレノアに怒られそうだな」
連れ立って歩いていくと、薄暗い木立の向こうから男女の声が聞こえてきた。
「……」
どちらからともなく顔を見合わせる。ジュリアが首を傾げると、
「放っとけ」
とアレックスが短く制した。
「気になるよ。……誰かな」
「デートの邪魔するなって。上級生だったらどうするんだよ……おい!」
足音を立てずに木に近づき、ジュリアは葉の間から向こうを見た。
――え!?
そこには黒い服の侍女に抱きつかれて頬を緩めるロイドがいた。三角巾のようなものを頭に被っていて、侍女の顔は見えない。腕を解いた侍女の手には、見覚えのある青い髪飾りが握られていた。
「あれ、マリナが殿下からもらったやつだよ!」
ジュリアはアレックスの腕を引いた。
「なんであの侍女が持ってるのか知らないけど、絶対おかしい!」
木立の向こうに回り込む。
足音に気づいたロイドと侍女がこちらを振り返った。
「ジュリアお嬢様!?」
「ロイド!どういうこと?それはマリナの……ああっ!」
瞬間に白い光が眩く辺りを照らし、侍女の姿はかき消えてしまった。
◆◆◆
「夜遅くにすまない。少し、いいか?」
側近のレイモンドが、夕食の後に王太子の部屋を訪ねるのは珍しいことではない。だが、今日の彼はいつもと違った。
「どうしたの?」
眉間に皺を寄せて、明らかに悩んでいる様子の幼馴染に、王太子セドリックは優しく返事を返した。
「学院祭のことだ。委員の名簿を見ただろう?」
「うん。……困ったことになったね」
重厚な艶のある木目と細やかな刺繍がされた布地が美しい応接セットの椅子に腰かけ、湯上りのセドリックは気怠そうに脚を組んだ。
「お前も気づいたか。魔法科一年の」
「アイリーン・シェリンズが委員になったよね。アレックスに魔法をかけた犯人」
レイモンドは深く頷いた。
「あの女の罪状はそれだけではない。キースに聞いたが、エミリーは魔法を封じられている時に殴られたそうだ。先日の歓迎会で、アリッサがピアノを弾いた瞬間に何らかの魔法が発動し、しばらく続きを弾けなかった。俺はシェリンズが怪しいと見ている」
「ピアノは前日に魔法科の生徒が持ち上げて移動したんだよ」
「ああ。会場の準備を任されたのは、マックスとシェリンズ、他にもアリッサの友人がいただろう。シェリンズは途中でいなくなったと言っていたが、ピアノを動かした時には会場にいたようだ」
「ピアノに魔法をかける機会はいくらでもあったんだ……」
「その通り。……そこでだ。学院祭委員になったのも、何か狙いがあると見ている」
「生徒会に入りたかったから?」
「生徒会に入りたい理由も、不純な動機があると思わないか」
「例えば?」
問いかけられて、レイモンドのエメラルドの瞳が光を映した。
「入学当初は、廊下や食堂で目立つ行動をして、お前や俺に声をかけられるのを期待していた。俺達が興味を示さなかったら、次は直接声をかけようとしてきた。廊下でわざとぶつかってきたこともある」
「迷惑だからやめてほしいね」
「まったくだ。……それでも、お前も俺も、あいつを相手にしなかっただろう?」
「関わり合いになりたくないんだ。僕がマリナに脅迫されて妃候補に選んだと思い込んでいるみたいだったから」
美しい顔を歪め、セドリックは吐き捨てた。
「俺も似たようなものだ。アレックスもそうなんだろうな。だから、シェリンズは次の手段に出た。魔法を使って仲を引き裂こうとしているんだ。アレックスとジュリアは危機を乗り越えた。エミリーは何度も狙われているが無事だ。俺とアリッサもどうにか……」
「待って、レイ」
椅子から身を乗り出したセドリックに、レイモンドは満足したように微笑んだ。
「ふっ……気づいたようだな」
「ふっ、じゃないよ!僕達だけ狙われていないってことは……」
「当然、次はお前達だろう?お前やマリナの近く、懐に入り込むために、シェリンズは委員に立候補した。どんな手を使ってくるか分からないぞ」
セドリックはおろおろしてレイモンドの肩を揺さぶった。
「どうしよう、レイ。やっとマリナに振り向いてもらえたばかりなのに、今仲を裂かれたら、僕は……」
「学院祭委員の役割分担を決めるのは生徒会だ。マリナとアリッサは、シェリンズから遠ざけるようにする。しばらく泳がせて出方を見よう」
「泳がせている間に、マリナが酷い目に遭うかもしれないんだよ?ううん、アリッサだって危ないよ」
「マリナはお前と同じ担当にする。何かあったら自分で守れ。シェリンズに魔法をかけられたくらいで揺るがない関係を築けば大丈夫だろう……おそらくは」
「分かった。……王妃になったら、もっと多くの敵がマリナを狙う。僕は彼女を守っていかなければならない。たった一人の敵からも守れないようでは、僕はマリナの未来の夫として失格だよね」
少しだけ頼もしくなったなとレイモンドは目を細めた。
「おっしゃああああ!脱出っ!」
と叫び、喜びを全身で示した。
夕暮れ時を過ぎ、紫色の空に月が輝いている。
「結構時間が経っちゃったね。夕食に間に合わなくなるよ。急いで帰ろう!」
走り出したジュリアは、ベルトに結んだネクタイが突っ張り、バランスを崩して膝をついた。アレックスもふらついて隣に屈む。
「おい、ネクタイ忘れてるぞ」
「ふふーん。これ、いい思いつきだったでしょ?はぐれないし、手は自由になるし」
「……俺は、手を繋いでてもよかったっつーか……」
「んん?」
「いや、何でもねーよ」
固くなった結び目を解き、アレックスはネクタイを一本ジュリアに渡した。
「ありがとう」
「よれよれになっちまったな」
結んでいた部分は酷い皺になっている。
「帰ったらリリーに直してもらおうっと」
「エレノアに怒られそうだな」
連れ立って歩いていくと、薄暗い木立の向こうから男女の声が聞こえてきた。
「……」
どちらからともなく顔を見合わせる。ジュリアが首を傾げると、
「放っとけ」
とアレックスが短く制した。
「気になるよ。……誰かな」
「デートの邪魔するなって。上級生だったらどうするんだよ……おい!」
足音を立てずに木に近づき、ジュリアは葉の間から向こうを見た。
――え!?
そこには黒い服の侍女に抱きつかれて頬を緩めるロイドがいた。三角巾のようなものを頭に被っていて、侍女の顔は見えない。腕を解いた侍女の手には、見覚えのある青い髪飾りが握られていた。
「あれ、マリナが殿下からもらったやつだよ!」
ジュリアはアレックスの腕を引いた。
「なんであの侍女が持ってるのか知らないけど、絶対おかしい!」
木立の向こうに回り込む。
足音に気づいたロイドと侍女がこちらを振り返った。
「ジュリアお嬢様!?」
「ロイド!どういうこと?それはマリナの……ああっ!」
瞬間に白い光が眩く辺りを照らし、侍女の姿はかき消えてしまった。
◆◆◆
「夜遅くにすまない。少し、いいか?」
側近のレイモンドが、夕食の後に王太子の部屋を訪ねるのは珍しいことではない。だが、今日の彼はいつもと違った。
「どうしたの?」
眉間に皺を寄せて、明らかに悩んでいる様子の幼馴染に、王太子セドリックは優しく返事を返した。
「学院祭のことだ。委員の名簿を見ただろう?」
「うん。……困ったことになったね」
重厚な艶のある木目と細やかな刺繍がされた布地が美しい応接セットの椅子に腰かけ、湯上りのセドリックは気怠そうに脚を組んだ。
「お前も気づいたか。魔法科一年の」
「アイリーン・シェリンズが委員になったよね。アレックスに魔法をかけた犯人」
レイモンドは深く頷いた。
「あの女の罪状はそれだけではない。キースに聞いたが、エミリーは魔法を封じられている時に殴られたそうだ。先日の歓迎会で、アリッサがピアノを弾いた瞬間に何らかの魔法が発動し、しばらく続きを弾けなかった。俺はシェリンズが怪しいと見ている」
「ピアノは前日に魔法科の生徒が持ち上げて移動したんだよ」
「ああ。会場の準備を任されたのは、マックスとシェリンズ、他にもアリッサの友人がいただろう。シェリンズは途中でいなくなったと言っていたが、ピアノを動かした時には会場にいたようだ」
「ピアノに魔法をかける機会はいくらでもあったんだ……」
「その通り。……そこでだ。学院祭委員になったのも、何か狙いがあると見ている」
「生徒会に入りたかったから?」
「生徒会に入りたい理由も、不純な動機があると思わないか」
「例えば?」
問いかけられて、レイモンドのエメラルドの瞳が光を映した。
「入学当初は、廊下や食堂で目立つ行動をして、お前や俺に声をかけられるのを期待していた。俺達が興味を示さなかったら、次は直接声をかけようとしてきた。廊下でわざとぶつかってきたこともある」
「迷惑だからやめてほしいね」
「まったくだ。……それでも、お前も俺も、あいつを相手にしなかっただろう?」
「関わり合いになりたくないんだ。僕がマリナに脅迫されて妃候補に選んだと思い込んでいるみたいだったから」
美しい顔を歪め、セドリックは吐き捨てた。
「俺も似たようなものだ。アレックスもそうなんだろうな。だから、シェリンズは次の手段に出た。魔法を使って仲を引き裂こうとしているんだ。アレックスとジュリアは危機を乗り越えた。エミリーは何度も狙われているが無事だ。俺とアリッサもどうにか……」
「待って、レイ」
椅子から身を乗り出したセドリックに、レイモンドは満足したように微笑んだ。
「ふっ……気づいたようだな」
「ふっ、じゃないよ!僕達だけ狙われていないってことは……」
「当然、次はお前達だろう?お前やマリナの近く、懐に入り込むために、シェリンズは委員に立候補した。どんな手を使ってくるか分からないぞ」
セドリックはおろおろしてレイモンドの肩を揺さぶった。
「どうしよう、レイ。やっとマリナに振り向いてもらえたばかりなのに、今仲を裂かれたら、僕は……」
「学院祭委員の役割分担を決めるのは生徒会だ。マリナとアリッサは、シェリンズから遠ざけるようにする。しばらく泳がせて出方を見よう」
「泳がせている間に、マリナが酷い目に遭うかもしれないんだよ?ううん、アリッサだって危ないよ」
「マリナはお前と同じ担当にする。何かあったら自分で守れ。シェリンズに魔法をかけられたくらいで揺るがない関係を築けば大丈夫だろう……おそらくは」
「分かった。……王妃になったら、もっと多くの敵がマリナを狙う。僕は彼女を守っていかなければならない。たった一人の敵からも守れないようでは、僕はマリナの未来の夫として失格だよね」
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