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学院編 5 異国の王子は敵?味方?

142 悪役令嬢の作戦会議 10

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その夜の作戦会議は、全くもって結論が出そうになかった。
「やっぱさ、アイリーンがやったと思うんだよね」
ジュリアは濡れた長い髪をワイルドに掻き上げ、舌打ちしそうな勢いだ。令嬢たるもの舌打ちなどしてはいけないと、マリナはさっと妹を牽制する。
「アリッサ、見た?」
エミリーが訊ねると、アリッサは首を傾げた。
「押された……ような気がしたんだけど、誰が押したかはわからないの」
「後ろからだもんねー」
「うん。私が押されて、ちょうど通りかかったフローラちゃんにぶつかった……みたいなんだけど、ぶつかった時にフローラちゃんを引っ張ったみたいで」
「……みたい?」
「う、うん。私もはっきり覚えていないの……」
「私がフローラに呼ばれて、階段に着いた時にはさ、アイリーンはもう職員室に連れて行かれた後だったし、残ってた生徒も落ちた瞬間を見た人はいなくて、状況は分かんなかったんだ。アリッサはどうしてそこにいたの?」
ジュリアは腕組みをする。

「マックス先輩が……」
二重人格で『怖い人』になってしまうマクシミリアンを思い出し、アリッサは小さく震えた。
「マクシミリアン先輩が何かしたの?」
「あのね……先輩は怖い人なの」
「は?マックスって、あの、存在感薄い書記の人だよね」
「ジュリア、言いすぎよ」
「ごめん。ってか、怖いって何?怪談でもするわけ?」
「……バカ」
エミリーが小声で罵った。
「私と二人の時、レイ様の話をすると『怖い人』になっちゃうの。レイ様は私を見ていない、理想の婚約者像を私に押し付けてるって言うの……今日だって」
「へー」
「興味ないなら聞くな」
「いやいや、人は見た目が寄らないんだなって」
「それを言うなら見た目によらない、でしょ。目が寄ってどうするのよ。……続けて?」
「うん、それで、レイ様がアイリーンと一緒に楽しそうに校内を巡ってたって聞いて、私、レイ様を探しに行ったの」
三人は目を丸くした。
「マジで?」
「……無謀」
「方向音痴なのに探しに行くなんて!」
アリッサは眉を八の字にして俯いた。酷い言われようだ。
「だって、信じたくなかったんだもん。レイ様がアイリーンと仲良くしてるなんて!」
ぶわっと目に涙が滲む。
「あーあ、ジュリアが泣かせた」
「ちょ、私!?」
「マクシミリアン先輩が要注意人物なのは分かったわ。先輩がアリッサを動揺させたのね。直接は階段の事故と関係ないかもしれないけれど」
顎に手を添えて、マリナは目を細めた。

「あー、階段と言えばさ、『とわばら』でもそういうイベントあったよね」
「……いきなり何」
「そうね。ヒロインが突き飛ばされるっていう……ハーリオン侯爵令嬢にね」
ゲームの中では、ヒロインは侯爵令嬢から執拗な嫌がらせを受ける。階段から突き落とされる以外にも、二階の窓からバケツの水をかけられたり、美術の課題で描いた絵を切り裂かれたり、年越しパーティーのドレスをボロボロにされたり……様々あるのだが。
「逆じゃね?」
「突き飛ばされたのは私よ?アイリーンも階段二段くらいは落ちたかなあ……」
「落ちたうちに入らない」
「一応落ちたとして、それを私達のせいにする気かしら?今回の場合は、アリッサのせいにしようとしてる?」
「被害者面する気か」
「フローラちゃんがいなかったら、私がアイリーンを押して、自分も落ちたことにされちゃってたかもね」
「フローラが通りかかって運がよかったよね」
結局、階段下まで落ちたのだ。即死するような怪我ではなく、ロン先生が治せたから運が良かったとジュリアは熱弁をふるう。

「……考えられるのは、二通り」
エミリーが目を眇める。
「アイリーンの狙いはどちらか。事故の被害者になろうとしたか、私達を順に消そうとしているか」
「け、消すって……」
真っ青な顔でアリッサが震える。
「文字通りの意味よ。攻略対象の婚約者なんて、邪魔でしょうがない」
「エミリーの言うとおりね。前にもエミリーはアイリーンに狙われているし、直接的に『消す』つもりだと言えなくもないわ」
「そんなあ……私達、消されちゃうの?」
再び涙ぐんだアリッサの背中をマリナが優しく撫でた。
「悪役令嬢が死ぬ結末に行かないようにと思って頑張ってきたのに……ぐすっ」
「死なないように攻略対象と会わないつもりでいたのに、会ってしまったわよね。会ったどころか婚約しているもの。入学してからはヒロインと関わらないようにしていたのに、あちらからアクションを起こしてくるでしょう。防ぎようがないのよ」
「今度はイベントを再現しようとしてきたわけか。私達を断罪エンドに持っていくために」
「でしょうね。侯爵令嬢を断罪するには、令嬢本人による小さな悪事の積み重ねと、実家のハーリオン家の不祥事が必要なのよ。お父様やお母様をどうやって嵌めるつもりかしら」
「さあ?」
肩を竦めてジュリアがベッドに寝転がった。
「ねえねえ。お父様からお手紙が来てたって、リリーが言ってなかった?マリナちゃんにお返事の」
「読んで読んで!」

侯爵からの手紙を開封しながら、マリナはふと紋章に目を留めた。
――馬車を見たのだったわ、王宮で。
ハロルドは何をしていたのだろう。気にはなるが、妹達には余計な心配をさせてしまうだろう。事が明らかになるまで様子を見ようと心に決めた。
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