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学院編 6 演劇イベントを粉砕せよ!

157 公爵令息は告白される

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【レイモンド視点】

『みすこん』の投票締め切りまであと一日となった。
俺はすでに、アリッサに一票を投じているが、彼女は迷っていたらしい。
「おい」
いささか不機嫌になったのが声に現れていただろうか。彼女は驚いて俺を見た。
「君は俺一択だろう?違うのか、アリッサ」
他の男に投票するつもりなのか?
普通科一年一組にいる親戚筋のスチュアートに、アリッサに近づく男がいないか逐一報告させているが、それによると皆憧れてはいるものの遠巻きにしてみていると聞いている。オードファン公爵家の次期当主である俺の婚約者に手を出そうという不埒者はいない。誰に投票するというのか。
「レイ様が他のご令嬢と踊るのは……嫌なんです」
――ああ。そうか。
一気に俺の胸が温かなもので占められた。
『みすこん』の上位に入れば、一位は一位同士、二位同士、三位同士、と同じ順位の男女でペアを組み、ダンスをすることになっている。ファーストダンスは一位のペアだが、俺が誰かと組むことを気に病んでいるのか。
――可愛いな。
流れる銀髪を撫でる。
「何だ、そんなことか」
「そんなことって、私には大問題なんです!レイ様が優勝しなくても、上位五名は同じ順位の方と組んで踊るから……」
五位以内に入る保障もないのに、アリッサに嫉妬されていると思うと、自然と頬が緩む。
「嫉妬か?君は本当に可愛らしいな」
「レ、レイ様……皆見ていますよっ」
額にキスしただけで、彼女は真っ赤になって狼狽えている。食堂の前でなかったら、壁際に追い詰めて唇を貪りたいくらいだ。
「昼食の前に君を……と思ったが、今日は額だけに留めておこう」
口をパクパクさせて少し涙目になったアリッサに満足して、俺は彼女の肩を抱いてテラスへ向かった。

   ◆◆◆

フローラ・ギーノはアリッサの友人だ。
マリナをセドリックの妃候補としてお披露目したお茶会で、令嬢達に囲まれて嫌味を言われていたアリッサをフローラが助けて以来、互いの家を訪問しあい仲良くしてきたと聞いている。
だが。
俺は今、フローラに告白されている。

「レイモンド様!お慕いしております!」
気合十分、鬼気迫る表情のフローラは、愛を囁くようには見えない。
俺の前で仁王立ちになり、これでもかとこちらを睨んでくる。
「……返答に困るな」
「そうでしょうとも。レイモンド様はアリッサ様一筋ですものね」
分かっているのに告白するのか?
そもそも、俺とアリッサは婚約している。今さら誰かが入り込む余地などない。
「分かっていて何故。俺は暇ではないし、君に呼び出されてこんなところにいる時間が惜しい」

授業が終わるなり、教室に押しかけてきたフローラは、話があると言って俺を校舎裏へ連れ出したのだ。秋の終わりの校舎裏は、積もった木の葉が湿って滑る。日も射さずに薄暗く、普通の令嬢なら避けて通りそうなものだ。告白なら中庭の薔薇園もあるだろうに。
「……正確には、お慕いしておりました、ですわ。幸せそうなお二人を見るのが大好きなんですもの」
「過去形か」
成程。何かあるな。
「私がレイモンド様をお慕いしていると、ある方にとって有利な状況なのだそうですわ。私がいつでもアリッサ様を裏切ると思っている……」
「ほう。……アリッサを裏切れ、と言われたか」
「ええ。全く、私を何だと思っているのでしょう。そんな薄情な人間ではありませんのよ。唯一と言っていい親しいお友達のアリッサ様を裏切るなんて、穴に落ちたら世界の裏側に出るくらいあり得ませんわ」
「誰に言われた?」
「名前を出さなくともお分かりでしょう?アリッサ様を階段から突き落としたあの女ですわ」
頭の隅にピンク色の髪の生徒が浮かぶ。
「……裏切ると言ったのか?」
「いいえ。私は裏切らないとも申しませんでした。これはいい機会だと感じました。相手の思惑にのって、あの女の作戦を暴くには」
「……いい判断だな。向こうがどう出るか、君にいつ、アリッサを裏切れと言うのか。状況を見極めて、最後の一手を防ぐ。……不本意だろうが、しばらく騙されたふりをしていてほしい。それから……」
俺は頭の中で練った作戦を彼女に伝えた。
フローラは頭の回転の速い少女だ。無言で頷くと、一礼して走り去った。走るのが速いのは、令嬢としてどうだろうと思うが。

   ◆◆◆

放課後の生徒会室では、アリッサがそわそわして待っていた。
マリナがここまで連れてきたようだが、部屋に俺がいないことと、一年二組の生徒から俺がフローラと校舎裏へ行ったと聞かされたらしい。加えて、マックスが部屋を出る時に何か言ったのだろう。全く……余計なことをしてくれる。
「遅くなってすまなかった」
「……いいえ」
「元気がないな。どうした?」
「……何でもありません」
何でもないという彼女の顔は沈んでいる。アメジストの瞳に翳が差している。
「フローラとは学院祭のことで話しただけだ。……君を守る手段についても」
「本当ですか?フローラちゃんはレイ様を崇めてるから……」
「まあな。彼女は君と俺が仲良くしているのを見るのが好きなんだそうだ。……期待に応えて、仲がいいところをたっぷり見せてやるのもいいな」
小さな顔を指でなぞり、顎を上向かせると頬が薔薇色に染まる。
「い、いけません。生徒会のお仕事が……」

アリッサの唇に触れそうになった瞬間、生徒会室のドアが乱暴に開かれた。風魔法で壊されたのに近い音だ。驚いて彼女は俺を手で押しのけた。
「アリッサ!」
そこにいたのはアリッサの妹・エミリーだった。髪を振り乱し、黒いローブは裾が乱れ、短いスカートが見えている。
「どうしたの、エミリーちゃん」
「あんたの友達、泣いてたよ?」
――フローラが、泣いていた?
告白という名目の作戦会議では、涙ぐんですらいなかったのに、どうしたわけだろう。
「心配……ねえ、エミリーちゃん、フローラちゃんのところまで連れて行ってくれる?」
「廊下で見失った」
「……そっか」
アリッサは眉を八の字にして残念そうな顔をした。心から心配しているのだ。
心配はいらないよ、アリッサ。
フローラは与えられた役割を完璧にこなしているだけだからな。
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