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学院編 7 学院祭、当日

175 悪役令嬢はユルい職場に呆れる

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「……それって、キース?」
乙女ゲームの世界でも紫色の髪は珍しく、ましてや王立学院魔法科の生徒の中では、エミリーの知る限り一人しかいない。
「キースは、そんなことしません!濡れ衣だわ」
「どうかな?信じたくはないけれど……それに、スタンリーは最近、君と仲良くしていたらしいね」
「劇のことで何度か会っていただけで」
「調べによると、キースは毎朝、女子寮に迎えに行く一団に加わっているそうだし、生徒達の話ではハーリオン家のエミリー嬢と恋仲らしいからね。スタンリーに嫉妬して襲っても無理はないって」
「ち、違いますっ!キースは友達で……」
リチャードは小さく笑ってウインクをした。
「勿論、君には年上の恋人がいるようだし?」
――二人がいる前でマシューにキスされたんだっけ。
エミリーは真っ赤になったが、二人には顔色の変化が見て取れなかった。
「マシューの奴も光魔法は使えるから、怪しいかな……」
「リック!ふざけないで。不安になっちゃうでしょ!」
ステファニーが腕をぶんぶんさせて怒る。
「ごめん。スタンリーが記憶を失くしていて……まともな証言が得られなかったんだ。四属性持ちの魔導士が、彼が着ていた制服を入手して、魔法の痕跡から犯人を辿ろうとしているよ。僕はよく分からないけれど、四属性持ちだと魔法を使った人物が誰か少しは分かるらしいね」
「私は匂いで誰の魔法か分かるし、マシュー……先生は肌触りで分かるって」
「あいつにとっては、苦手な魔法の肌触りがあるようだからな。ん?……ちょっと待って?」
「どうしたの?」
「エミリーやマシューに調べてもらえばいいよね!何と言っても、五属性と六属性持ちなんだからさ」
リチャードは急に明るい表情になって、エミリーの手を握り、情けなく眉を下げた。
「ヒントをくれるだけでもいいんだ。内々に協力してもらえないかな?」
「……私、容疑者のキースの友達なんですよ?信用できないでしょう?」
「貴重な戦力を見つけたと思ったんだけどな。残念だよ。ま、近くを歩いていたっていう証言だけで、有力な物的証拠はないから、彼を犯人だと特定できない限り捕らえたりはしないさ」
「魔導師団長は孫が容疑者にされていると知って、見ていられないくらい塞ぎこんでいるのよ。可哀想だもの」
――可哀想って、だから捕まえないってこと?ユルすぎない?この職場。
宮廷魔導士ののんびりした仕事ぶりに不安を覚えたエミリーは、
「学院に戻ります。……転移魔法は自分で使います。ありがとうございました」
と告げ、無詠唱で魔法を発動させた。

   ◆◆◆

レイモンドが講堂から警備員詰所へ向かった後、セドリックは両親である国王と王妃に、事の顛末を話そうと考えていた。しかし、先に学院長に話をした段階で、できるだけ穏便に済ませたいから陛下には黙っていてほしいと頼まれた。
演奏会が始まるまで、時間稼ぎをしなくてはならない。どうしたらいいものかと思案していると、演奏者達との打ち合わせを終えたマリナが講堂に戻って来た。
「あら?陛下はまだ普通科の教室に移動なさらないの?」
「うん。ちょっと問題が発生してね」
「絵が切られ、工芸品が壊されたんだ。アリッサは無事な作品を別の部屋に集めて、展示を再開するよう動いているし、レイが警備を強化するよう手配したよ。犯人は分からないって」
「何てことなの……」
驚いた瞳が少しだけ潤む。マリナは口元に手を当てて黙り込んだ。

「犯人は刃物を持っている。国賓をみすみす危険に晒すことはできない。父上と母上もね。講堂にお引き止めして、そのまま演奏会をご覧いただこうと思うんだけど」
「まだ皆さん、練習を始めたばかりですよ?いきなり出番が早まったと言われても……」
視線を落として悩むマリナの袖を、セドリックがぐいっと引いた。
「僕、マリナのピアノが聞きたいな」
「セ、セドリック様?」
「学院に入ってから聞いてないな。ねえ、弾いてくれない?」
――はあ?無茶ブリにもほどがあるわよ!
女子寮にはピアノがない。歓迎会の余興の練習をするために、アリッサは早朝から音楽室に詰めていた。マリナは入学以来ピアノを練習していなかった。
「ご冗談を。リオネル様達の歓迎会とはわけが違いますのよ」
マリナはセドリックの手を振り払った。
「いい案だと思ったんだけどなあ……」
「セドリック様がお弾きになればよろしいでしょう?簡単な曲なら弾けると仰って、私と連弾をしたこともありましたよね」
「連弾……そうか!」
再び手首を掴まれ、セドリックはマリナを引っ張って舞台へ向かった。

演奏会目当てに詰めかけた客は既に客席についていて、予告もなしに現れた王太子と王太子妃候補を見て、ざわざわと騒いでいる。
「何をなさいますの?」
「連弾だよ。君と僕で」
――楽しいからって、あんなの人に聞かせられないわ!
「楽譜もありませんし」
「あの時だって、楽譜なんかなかったよ。間違っても、とても楽しかったね」
舞台に上がり、用意されていたピアノの前にもう一つ椅子を置いたセドリックは、マリナに満面の笑みを向ける。
――だから、そんな王子様スマイルで笑ったってダメだっての!
「セドリック様……」
声をかけて止めようとした時、王太子は一歩前に進み、大仰に一礼した。
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