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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

334 悪役令嬢の腕試し旅行計画

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「あの、さ……ジュリア」
スカートが皺になるのを厭わず、空き部屋の長椅子に胡坐をかいて座っている婚約者に、アレックスはそっと囁いた。
「何?」
「パーティーが終わったら、話があるんだ。時間、取れないか?」
「いいよー。何なら、途中で抜けても……って、ケーキを一通り食べてからね」
「俺の話はケーキ以下かよ」
「アレックスの話がケーキ以上だったことなんてないじゃない」
「あのな……」

パーティーは夕方、暗くなる前から行われるが、生徒達は夕食を取らずに参加している。空腹を満たすための菓子類が会場のテーブルに用意されており、それらはどれも王都で指折りの菓子職人が作った絶品だ。ケーキ好きのジュリアが見逃すはずはなかった。
「アレックスにも食べさせてあげるからさ、そう拗ねないでよ」
「食べさせる?」
「はい、あーん」
食べさせる真似をすると、アレックスは真っ赤になって手を払った。
「ば、馬鹿、恥ずかしいだろ」
「いいじゃん、こんなの皆やってるよ?」
学院の食堂で食べさせあっている男女をよく見かける。新学期になって数か月が経ち、婚約者との仲を深めた者も多い。アレックスは密かに憧れていたが、雄々しいジュリアがそんなことをするわけがないと諦めてもいたのだ。

「じゃあさ、焼き菓子を半分こしようか?私がこっち側、アレックスがそっち側から食べて……」
「待て、一つを同時に食べたら……く、唇が」
「そういうこと。……分かった?」
「どうしたんだよ、ジュリア。お前、今日はやけに……何つーか、仲良くしようとしてるよな?」
アレックスの問いかけに、ジュリアは言葉では返さなかった。代わりに隣に座る彼の首筋に抱きついた。
「な、おい!」
「ダメ。おとなしく抱きしめられなさい!」
「……っ!」
「ねえ、アレックス。……私が知らないこと、何かあるよね?」
「知らないこと……」
「エレノアとリリーは仲がいいんだよ。坊ちゃんの様子が心配で、エレノアがリリーに相談してること、知らなかったでしょ?」
筋肉質のアレックスの身体が震えた。ジュリアは黙って腕に力を籠めた。

「……この頃アレックス坊ちゃんは、部屋で地図ばかり見てるって。勉強なんてしなかったのにおかしいって、エレノアがリリーに話してた。変な夢見ちゃって、夜中に起きたんだ。そうしたら、私達の部屋の続き部屋から声がしてさ」
「それは……」
「アレックス、遠方の騎士団に志願しようとしてるの?それとも、旅行にでも行くの?」
「違う。俺は……お前と二人で旅に出ようかと思ったんだ」
――私と、旅に?
ジュリアは意表を突かれて腕を解いた。

「二人だけで?」
「二人だけだ」
「帯剣できないのに?危なくない?」
「新年になって、剣士の試験に合格したら……」
「そっか。一発合格すれば帯剣できるもんね」
「俺、絶対合格するから。……だから、お前が仮に不合格でも……」
――何言ってるのよ。私だって合格してみせるんだから!
「私だって絶対合格するよ!」
少し怒ったように言うと、アレックスは切なそうに目を細めた。
「だよな。お前ならそう言うと思った」
前のめりになって、大きな手がジュリアの頬を撫でていく。

「一緒に行こう……ジュリア」
「いいね。腕試しの旅かあ……。で、どこ行くの?」
「リングウェイ……北の最果ての地だ」
「うわあ、いきなり遠すぎない?聞いたことないしさ。もうちょっと近場でどこか……」
地図を思い出してあれこれ地名を挙げはじめたジュリアの両手を一まとめにして掴み、アレックスは低く、それでいてしっかりと告げた。
「俺と駆け落ちしてくれ!」
「うん、分かった。かけ……って、はあああ!?」
顎が外れそうなほど驚いたジュリアの口を塞ぎ、一人で盛り上がったアレックスは逞しい腕でジュリアを抱きしめた。


   ◆◆◆

アレックスの拙い説明を聞き、ジュリアは腕組みをして、うーんと唸った。
「ええと、つまり……アレックスは私と婚約解消しろって言われてるの?」
「うん。ブリジット様を俺の妻にさせてやるからってこと」
「ブリジット様って……今いくつだっけ?三つ?四つ?そんなもんだよね」
「少なくとも十歳は違うな」
――国王公認でロリコンかよ!
ジュリアは内心つっこんだ。アレックスは多分、そういう趣味はないと思うのだけれど。
「流石に歳が離れすぎてるし、恋愛とか無理じゃない?いろいろと」
「あと十年と少し経てば……って話らしい。俺、三十手前で十五、六の子に手え出すのかよ」
赤い髪をわしわしと掻いて、アレックスががっくりと項垂れる。

「ブリジット様、何度かお会いしたけど……セドリック殿下と同じ金髪で青い目の可愛い子だったよねえ。将来絶対美人になりそうな予感がしたよ」
「お前なあ……俺をブリジット様の夫にしたいのかよ!」
「アレックスから断れないの?」
「陛下から父上がお話をいただいたんだ。無理だろ?だから、俺は」
ごくん。
アレックスは唾を呑みこんだ。
「かけおちするしかないと思ってる!」
「うーん……」
「って、おい!聞いてるのか?ジュリア」

ブリジット王女は四歳だ。他に好きな男がいるわけもなく、彼女の方から断ってもらうのは難しそうだ。アレックスに会って、この人が自分の婚約者だと刷り込まれれば好きになってしまうかもしれない。
「アレックス……かっこいいもんなあ……」
「はっ!?いきなり何だよ。……って、照れるだろ」
「四歳児でも惚れちゃうよねえ。あのくらいの歳の子って、年上に憧れるもんね」
年上……年上の美男子……?
「あっ!!!」
ジュリアはぽんと自分の膝を叩いて立ち上がった。
「いいこと思いついた!」
「ジュリア?」
「アレックス、耳貸して!」
ぐいっと耳を引っ張られ、アレックスが絶叫する声がサロンにこだました。
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