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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

336 悪役令嬢は恋人に称賛される

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レイモンドに教えられたアイリーンとの待ち合わせ場所は、ステージ裏の出演者控室だった。学院祭の『みすこん』で皆と一緒に過ごした部屋だ。セドリックはノックもせずに無言でドアを開けた。
「お待ちしておりました、セドリック様」
「何度も言わせないでくれないか。君に名前で呼ばれたくない」
「パートナーなのに、つれない方ですね」
アイリーンは椅子から立ち上がり、セドリックの腕に絡みついた。肩口と袖に大仰なリボンがついたピンク色のドレスがふわりと揺れる。
「やめてくれ」
腕を振り払うと、アイリーンは唇を噛んで顔を上げた。
「会場までエスコートしてくださるんですよね?」
「くじで選ばれたのが君でなければ誰でもよかったのに」
「まあ、ひどいわ」

頬を膨らませたアイリーンを冷たく見下ろし、セドリックは背中を向けた。
「行くぞ」
「……『命の時計』は」
「……!!」
足が止まったのを見て、アイリーンは小さく笑った。
「あと何年もつのでしょうね?」
「……何を知っているんだ」
「さあ?」
振り返ったセドリックは、青い瞳に焦りと怒りの感情を露わにしていた。そこには国民の模範となるべく育てられた美しい王太子の姿はない。
「君がやったのか?僕を狙って?そのせいでマリナはっ……!」
肩を掴んで揺すられ、アイリーンは歯を食いしばった。
「……お話は、ダンスの時に」
セドリックの手をやんわりと除けて、アイリーンは愛らしい微笑を浮かべた。

   ◆◆◆

「うまくいくかな……うまくいくといいなあ。失敗したらどうなるんだろ」
ジュリアは大股開きで座り椅子の背に凭れた。スカートが長くなかったらとんでもない格好だ。
「父上は、お前の父上……ハーリオン侯爵様は悪いことをしていないって信じてた。悪事の証拠を探すために、騎士団があちこちに行くらしいけどな」
「そこまで話が進んでるの?」
「ビルクールや他の領地を探しても、何も証拠が出なかったってなれば、アスタシフォンで逮捕されたのも何かの間違いだって言えるってさ」
「証拠なんか出なくて当たり前よ。お父様は何も悪いことしてないもん!アレックスも信じてくれるでしょ?
震えて潤んだアメジストの瞳に上目使いで見つめられ、アレックスはごくりと喉を鳴らした。
「……信じてないの?」
「信じるって。俺が信じてるのは侯爵様じゃなくて、お前だからな。……あのさ、さっきのかけおちの話……冗談とか、いい加減な気持ちで言ったんじゃないから」
隣に座り、ジュリアの手にそっと大きな掌が重ねられる。

「どうしようもなくなったら……ってこと?」
「ああ。ジュリアがマリナ達を大事に思ってるのは知ってる。だから、どうしても家族を見捨てて逃げるのが嫌だってんなら、……俺は……」
苦しそうに呟くアレックスの唇に、ジュリアの人差し指が当てられた。
「今日はパーティーなんだよ?暗い話はここまでにしない?」
「……こうして、二人で着飾ってダンスをするのも、最後かもしれねえしな」
「そうだね。思いっきり踊っておかなくちゃ。かけおちなんかしたら、ダンスパーティーなんて出られないでしょ」
「……なあ」
「ん?」
「いつも、思ってた。照れちまってその……言えなかったけど、さ」
銀髪を結い上げたジュリアの首筋を、無骨な指先が撫でていく。触れるか触れないかの優しい動きに、ジュリアの心臓が早鐘を打つ。
「今日のお前、……綺麗だな」
「ありがとう。……へへ。どっかの王女様みたい?私だって着飾れば、それなりなんだから」
アレックスは何も言わなかった。ただ、切なそうに金の瞳を揺らし、ジュリアを熱く見つめた。首筋を遠慮がちに辿っていた指が耳から顎へと滑り、顔を少し上向きにされる。
――あ、キス、される?
少し厚めの大好きな唇に意識が集中してしまう。見ないようにしようと、ジュリアはそっと瞳を閉じた。

バン!
激しくドアが開かれ、壁に当たって跳ね返って再び閉じかけた。
「あああああ、もぉおおおお!セドリック様ったら、信じらんない!」
般若のような顔になったマリナが絶叫しながら入って来る。ジュリアははっと目を開けてアレックスを見ると、がっくりと項垂れて長椅子の生地を撫でていた。
「アレックス?」
「……何でもねえよ」
声が震えているが、大丈夫なのだろうか。
「ジュリア、ここにいたの?ダンスはもう始まっているのに」
「あー、うん、何となく?」
誰も来ないことをいいことに、休憩用の小部屋でイチャイチャ盛り上がっていましたとは言いにくい。仲が良い姉だが、恋人と離れ離れでイライラしている。触らぬ神に祟りなしだ。
「マ、マリナはどうしたの?休憩?」
「そうよ。会場にいると怒りがふつふつとこみ上げて来てやっていられないの。聞いてよ、セドリック様ったら、アイリーンを相手に三曲も続けて踊ったのよ!」
「三曲……」
「そりゃ、多いよな」
アレックスも素人のような感想を述べる。
「マリナはいつも殿下と何回踊ってたの?」
「分からないけど、終わるまで何度でも」
「だったら……」

ダン!
マリナは応接セットのテーブルを両手で叩いた。木目が美しい重厚なテーブルが揺れ、載っていたレースのテーブルセンターがひらりとずれた。
「『僕はアイリーンとは一曲しか踊らない。僕のパートナーは未来永劫君だけだよ、マリナ』って、どの口が言ったの?あ、口じゃなくて手?どの手が書いたのかしら?」
「交換日記に書いてたのか。一曲のつもりが三曲もなんて、アイリーンがしつこいから断れないのか?殿下も適当だな」
「アレックス、行くよ!」
ジュリアはアレックスの腕をぐいっと引いた。光沢がある黒い上着は手触りもよく、滑りそうになって両手で掴む。
「踊りに行くのか?」
「ダンスをしながら殿下とアイリーンを監視するの。……来て!」
「ジュリア!」
弾丸のように出て行った二人に背中にマリナが呼びかけた。追いかけようとすると、数名の女子生徒が部屋になだれ込んできて、押されるままにマリナは椅子に座った。
「マリナ様!心中お察ししますわ!」
「は……?」
「あの女、なんてずうずうしい!」
「さぞお辛いことでしょう。私たちが精一杯お慰めしますわね」
「え、あの……」
セディマリFCの面々は、アイリーンが王太子のパートナーに選ばれたことも、何曲も続けて踊っていることも、非常に面白くないようだった。マリナ自身も面白くないのだが、それに輪をかけて怒っているように見える。
「私達にお任せください。マリナ様にご不快な思いをさせたあのアイリーン・シェリンズには、必ず思い知らせてやりますわ!」
「ええ、皆様、準備はよろしくて?」
令嬢達は胸の前で握りこぶしを作った。
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