ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

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乙女ゲーム以前

無茶振り ―side C―

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「僕は君のような間抜けを相手にしている暇はないんだけどね?」
「うう……」
フィリベールは害虫でも見るような目つきで僕を見た。靴で踏みつぶされても文句は言えまい。女性を褒める言葉を字で書くことはできても、口にするのは難しい。
王女殿下に紹介されて、彼の邸に通うようになって二日目。まだ二日目だというのに心が折れそうだ。
「何度言ったら理解できるの?……はあ。シルヴェーヌ殿下からお願いされても、こんな役割引き受けるんじゃなかった」
彼の美しい顔に影が差した。長い睫毛が濡れているような気がする。
「あの方は……僕の言葉では満たされない。最上級の賛辞を並べても、あの方の心には響かないのに……。こんな、少しの言葉でも噛むような奴に……」
「あ、あの、フィリベール?」
「……何?僕に話しかけている暇があったら、さっき教えた台詞を百回練習すれば?」
「ヒィ……!」
恐ろしい目つきで睨まれた。怒った時の父上より恐ろしい。夜会の場での麗しの貴公子はどこへやら、僕の目の前には悪魔が立っていた。
「五日後、殿下の前で披露するから。少しでも言い間違えようものなら、その役立たずの下を引っこ抜いてやる」
僕の襟元を締め上げて、フィリベールは凄味のある笑みを浮かべた。
「は、はい!頑張ります!」
「期待はしていないけれど、やることはやってくれ。君のような問題だらけの生徒にも指導できた僕を、シルヴェーヌ殿下はお認め下さるはず……」
王女殿下のことを思う瞬間だけ、彼の顔が優しく綻ぶ。ここで殿下の気持ちを伝えるのは簡単だけれど、それは彼女の口から聞きたいだろうし。ぐっと我慢して僕は課題に取り組んだ。

   ◆◆◆


「そこ!びくびくしない!」
「ハイッ!」
フィリベールに背中を叩かれ、僕は猫背を正した。
剣を習っていた時には、姿勢がいいと言われたはずなのに、どうも恐ろしさが先に立って自然と猫背になってしまう。
「君がそんなだと、恥をかくのは僕なんだけど?この短期間でよく躾けたと、僕が殿下からお褒めの言葉を賜るまでは、少しは見栄えよくしていたらどう?」
この三日ほど、僕はフィリベールの指導を受けていない。彼は要点を教えたきり、僕に個人練習をするように言いつけて、邸に招こうとしなかった。
「一度、み、見てもらいたかったな……なん……て」
「その顔を見るだけで腸が煮えくり返るのに、楽しく指導なんてできるわけない。……ったく、その自信のなさを見るとイライラするよ」
「す、すみませ……」
「今朝になって場所の変更を伝えられて、僕の中での想定が全て崩れてしまっただけで頭が痛いのに」
王女殿下の侍従が、待ち合わせ場所の変更を伝えたのは出発の直前だった。描いていたシナリオが使えないと分かった時のフィリベールは、顔を真っ青にして震えていた。手に持っていた小さな紙を握りしめて暖炉に投げ入れ、「一からやり直しだ!」と悔しそうに呻いていた。
「顔色、悪いけど、大丈夫?」
「君に心配される筋合いはない」
「そ、そうだよね……ごめん」
早く二人きりから抜け出したい。エヴラールは王女殿下に呼ばれていない。
帰りたい。早く王女殿下に会って成果を披露し、帰りたい……。
「お、王女殿下に早くお会いしたいな……」
視線を逸らして呟くと、隣から貴公子らしからぬ舌打ちが聞こえ、強い視線を感じた。
うわあ……怖い、怖いよお。

侍従に案内され、指定された部屋に入る。
僕達が先に着いて、王女殿下が入って来るのを待つのだ。
フィリベールは何かを呟きながら、部屋の中をうろうろしている。僕は彼を刺激しないように、気配を消して椅子に座っていることにした。
「……遅いな」
柱時計の針は予定時刻をとうに回っている。
「シルヴェーヌ様に何かあったのでは……?」
窓の外を眺めていたフィリベールが踵を返し、ドアの傍に控えていた侍従に詰め寄る。と、すぐに廊下から話し声が聞こえてきた。
「殿下も悪戯好きでいらっしゃる。はっはっは」
声に聴き覚えがあった。フィリベールの家に行った時に挨拶をした、彼の母・メイエ公爵だ。侍従が王女の入室を告げ、僕達は頭を下げた。
「待たせてしまったわね」
シルヴェーヌ王女は明るい水色のドレスを揺らし、フィリベールと僕の前に進んだ。
「王女殿下には、ご機嫌麗しく……」
母親のいる前では、得意の美辞麗句も言いにくいらしい。フィリベールは言葉に詰まって王女殿下を見つめ、唇を震わせた。
「挨拶はよろしいわ」
「は、はい……クラウディオ」
本題に入る合図なのか、アイスブルーの瞳が僕を睨んだ。
「ふふ。あなたの練習の成果は見ものね」
頭を下げたままの僕に優しい声が降ってくる。僕は教えられた言葉を頭の中で再生した。
『あなたの笑顔はまるで春の日差しのようだ。私はいつもそのあたたかさに恋焦がれている』
『あなたの瞳に宿る煌めきは、夜空の星々を集めても敵わない』
それから……。
顔を上げて三つ目の台詞を思い出そうとした僕の視界に、夕焼け色が飛び込んでくる。
「……!」
息を呑んだ。声が出ない。
「その顔、驚いているようね。はっはっは」
公爵が豪快に笑った。彼女の隣には、居心地悪そうに佇むエレナの姿があった。
「な、な、な……」
なんで、と言おうとしても声が出ない。
「母上に言うなと言われていたんだ。先日から……」
フィリベールの弁解も聞こえなくなった。エレナは僕を見て大きく溜息をついた。
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