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乙女ゲーム以前
泥沼
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謎の男からの返信は早かった。
気持ち悪いから拒絶したはずなのに、また届いてしまった。
どうしよう、泥沼にはまっていくみたい。
◇◇◇
愛しいエレナ様
僕は現実のあなたを知っています。
あなたが何に悩み、何を求めているのか、僕に教えてくださいませんか。
夜空に輝く星のような美しい瞳が涙に濡れるのは見たくありません。
あなたの痛みを共に分かち合いたいのです。
愛をこめて あなたの恋人より
◇◇◇
「キモ」
つい口から出た。
「お嬢様、肝を使ったお料理をご希望ですか」
「違うわ」
私を、知っている?
少なくとも何度か会ってはいるってことよね?
『夜空に輝く星のような美しい瞳』?は?誰のことですか?
一人よがりすぎて気持ち悪いんだけど、どうしよう、どうしてくれようか。
私に手紙を渡して、侍女は廊下で返事を待っている。使いの者が待っているらしい。返事を催促してくるあたり、度を超しているんじゃない?
前世ならストーカー扱いよね。この世界だと誰に相談したらいいの?
拒絶しすぎても危険だし、どうやってフェードアウトしようかしら。
◆◆◆
「できたわ。……この手紙を封筒に入れて」
「あの、お嬢様、私が……でございますか?」
「そうよ。宛名はあなたが書いて」
「お手紙には差出人のお名前が書かれておりませんでした。何とお書きすればよろしいのでしょうか」
「ななしのごんべえさま」
「……ごん?」
「言った通りよ。書いて使いに渡して」
◆◆◆
謎の男に手紙の返事を書いて二週間後、私はダフネ様のお茶会に呼ばれていた。
この間の返事はそれなりに効果があったらしく、彼からの手紙は途絶えた。もう送って来ないでほしい。気持ち悪いから。
ポルラス伯爵家には、社交界にデビューする前の令嬢達と、同じ年代の男子が多数集まる。ダフネ様には兄弟姉妹が多いから、それぞれ友達を呼んだだけでかなりの人数になるのだ。
気乗りはしなかったけれど、悪役令嬢アレハンドリナにオススメするクラウディオの長所を知っているのはダフネ様達噂好きの令嬢方だ。それとなく話を聞いてみよう。
「やあ、よく来たね」
馬車から下りるなり、出迎えたのはダフネ様ではなかった。
ダフネ様のすぐ上のお兄様でで……えっと、名前は何だったかしら?
「こ、こんにちは……」
曖昧に微笑む。さっぱり名前が出て来ない、うーん。ここの兄弟は皆顔が似ていて、区別がつかないんだよね。同じようなマッチョな脳筋だし。フー、フー?フーなんとかって名前じゃなかったかしら。口に出してみればすらすらと……。
「フー……」
「何かな?」
「フー?フ、フフーン……」
名前は結局出て来なかった。ハミングで誤魔化したけれど、思いっきり不審がられてる。
「エレナは歌が好きなのか?」
は?
今この人、呼び捨てにした?
こっちは名前も定かじゃない程度の知り合い未満のくせに、馴れ馴れしくないですかね?
ってか、頬を染めて笑顔で見ないで。気持ち悪い。私、こういう汗臭い男は苦手なのよ。手を取ろうとしないで!
――あれ?
そう言えば、クラウディオと手を繋いだ時は、こんな風に思わなかったな。
振り払う隙もなかったけど。
「エレナ、今日は楽しんでいってくれ」
「ダフネ様はどちらですの?」
この汗臭いゴリラと離れたい一心で、私は小さな淑女が集まる中庭へと駆け出した。
◆◆◆
ダフネ様と永遠のライバルのドラ様、二人を宥める係の子爵家のベアトリス様の三人は同じ歳で、私より二つ年上だ。ダフネ様とドラ様は今日もドレスの色が丸かぶりで、お互いに相手が真似したと言い張っている。服の趣味も男の趣味も一緒なのだから、きっとものすごく気が合うはずなんだけどな。喧嘩している労力を他のことに使ったら?って思う。
一つ年上のイレネ様とラウラ様は二人の世界で完結していて、ダフネ様達の話を聞かずに勝手に話している。ひそひそひそひそ、うふふふふふ、って。こっちをチラ見しながら話すのはやめてほしい。何を言われているのか気になりすぎて胃に穴が開きそう。
ベアトリス様の妹のカルロータ様は私と同じ歳だけれど、話が全く合わなくてつらい。趣味は剣劇鑑賞だそうで、筋肉美を誇る男が好みらしい。ただし、イケメンに限るって。うん、私は無理かな。この間は騎士団を見に行かないかと誘われたっけ。あれ?ちゃんと断ったか自信がなくなってきたわ。
「それはそうと、エレナ様」
ダフネ様が切り出した。
「はい」
「この間いただいたお手紙のことですけれど」
うわあ……。
皆がいるところで言わないでよ。
一斉に私に注目が集まった。気まずい。
「クラウディオ様の素敵なところはどこか、お分かりにならないのね」
「あら、それって、私にも……」
ドラ様が食いついた。まずい、二人にそっくり同じ返信をしたのがバレてしまう。
「は、はあ……少し、迷っておりまして」
迷うどころか、婚約解消したい気満々だけれど、とりあえずぼかしておくか。
「まあまあまあまあ!お幸せな方はお悩みになるところが違いますわね!」
来た!褒め殺しだ!
自分の顔色がさぁっと青くなるのが分かった。
褒め殺しとは、令嬢の間で横行する高等テクニックである。
「エレナ様はあんなにクラウディオ様に愛されて、何がご不満なんですの?」
愛されてないから、蛇蝎の如く嫌われてるから!そこ、誤解しないで。
「クラウディオ様は容姿端麗、博学でらっしゃって、公爵家の跡取りでしょう?」
うん、それは分かってる。他にいいところはないのかな?って。
「あれほどの方が、他のご令嬢に見向きもなさらないで、エレナ様一筋なんですのよ」
お?
一途ってこと?
長所っぽいけど、一途に憎まれ口を叩かれているのよ?
他の令嬢が嫌味を言われているって聞いたことがないから、脇目も振らずに私を貶しているってことよね。行動に一貫性があるのは褒めてやってもいいけれど、やっていることが最悪よ。
「ファブリシオ様が仰っていましたわ。『エレナ嬢の話をする時、クラウディオはこっちが見ていて恥ずかしくなるくらいデレデレした顔をするんだ』って」
「あら、私もファブリシオ様からお聞きしましたわ。『クラウディオ様はエレナ様を天使だ女神だって崇拝している』とか」
嘘でしょう?誰かと間違ってるのよ。
じゃなきゃ、ファブリシオ様の目がおかしいの。あの人、そこそこ可愛い女の子に声をかける以外に能力を発揮しないものね。頭だけじゃなく目も悪くなったのか。
「……信じられませんわ」
正直な感想だ。どうだ!
一同は目を丸くした。
あの上から目線ツン男が私を崇拝?は?何の冗談ですか?
「羨ましいですわー」
令嬢達は声を揃えた。
「私も言ってみたいものですわ。もっと愛してほしいのでしょう、エレナ様は」
「もう、欲張りすぎよ?」
別に愛してほしくないし。
「私、クラウディオ様に好かれようとは思いません。あんな人、どうでもいい……関わらないで生きていきたいのですわ」
心からの言葉だった。皆は顔を見合わせて、
「そういう態度が、余計に男を燃え上がらせるのでしょうねえ」
と結論付けた。
◆◆◆
結局、何の収穫もないまま、散々彼女達に弄られてお茶会が終わった。
家に帰ると、例の変質者からまた手紙が届いていた。
「お嬢様」
バスコはいいことがあったのか、このところ嬉しそうだ。今朝は廊下でスキップしているのを見た。大丈夫かな。
「お手紙が届いておりますよっ」
声が弾んでいる。真白い口髭の先が上向きになっている気がする。
「お嬢様を熱烈に思っていらっしゃる方と、……それから」
「まだあるの?」
「クラウディオ様から、先代公爵夫人のお誕生パーティーのご案内です」
「……行きたくないわ。暖炉にくべて」
「そうはまいりません。旦那様も、パーティーには必ず参加なさるようにと仰いました。奥様はドレスを作る手筈を整えていらっしゃいます」
四面楚歌?周りが固められていて逃げ場がなさそう。顔だけ出して逃げてこよう。
「お二人にお返事をお書きください。必ずですよ?」
バスコが監視する部屋の中で、私は気が進まない返事を二通書いた。
気持ち悪いから拒絶したはずなのに、また届いてしまった。
どうしよう、泥沼にはまっていくみたい。
◇◇◇
愛しいエレナ様
僕は現実のあなたを知っています。
あなたが何に悩み、何を求めているのか、僕に教えてくださいませんか。
夜空に輝く星のような美しい瞳が涙に濡れるのは見たくありません。
あなたの痛みを共に分かち合いたいのです。
愛をこめて あなたの恋人より
◇◇◇
「キモ」
つい口から出た。
「お嬢様、肝を使ったお料理をご希望ですか」
「違うわ」
私を、知っている?
少なくとも何度か会ってはいるってことよね?
『夜空に輝く星のような美しい瞳』?は?誰のことですか?
一人よがりすぎて気持ち悪いんだけど、どうしよう、どうしてくれようか。
私に手紙を渡して、侍女は廊下で返事を待っている。使いの者が待っているらしい。返事を催促してくるあたり、度を超しているんじゃない?
前世ならストーカー扱いよね。この世界だと誰に相談したらいいの?
拒絶しすぎても危険だし、どうやってフェードアウトしようかしら。
◆◆◆
「できたわ。……この手紙を封筒に入れて」
「あの、お嬢様、私が……でございますか?」
「そうよ。宛名はあなたが書いて」
「お手紙には差出人のお名前が書かれておりませんでした。何とお書きすればよろしいのでしょうか」
「ななしのごんべえさま」
「……ごん?」
「言った通りよ。書いて使いに渡して」
◆◆◆
謎の男に手紙の返事を書いて二週間後、私はダフネ様のお茶会に呼ばれていた。
この間の返事はそれなりに効果があったらしく、彼からの手紙は途絶えた。もう送って来ないでほしい。気持ち悪いから。
ポルラス伯爵家には、社交界にデビューする前の令嬢達と、同じ年代の男子が多数集まる。ダフネ様には兄弟姉妹が多いから、それぞれ友達を呼んだだけでかなりの人数になるのだ。
気乗りはしなかったけれど、悪役令嬢アレハンドリナにオススメするクラウディオの長所を知っているのはダフネ様達噂好きの令嬢方だ。それとなく話を聞いてみよう。
「やあ、よく来たね」
馬車から下りるなり、出迎えたのはダフネ様ではなかった。
ダフネ様のすぐ上のお兄様でで……えっと、名前は何だったかしら?
「こ、こんにちは……」
曖昧に微笑む。さっぱり名前が出て来ない、うーん。ここの兄弟は皆顔が似ていて、区別がつかないんだよね。同じようなマッチョな脳筋だし。フー、フー?フーなんとかって名前じゃなかったかしら。口に出してみればすらすらと……。
「フー……」
「何かな?」
「フー?フ、フフーン……」
名前は結局出て来なかった。ハミングで誤魔化したけれど、思いっきり不審がられてる。
「エレナは歌が好きなのか?」
は?
今この人、呼び捨てにした?
こっちは名前も定かじゃない程度の知り合い未満のくせに、馴れ馴れしくないですかね?
ってか、頬を染めて笑顔で見ないで。気持ち悪い。私、こういう汗臭い男は苦手なのよ。手を取ろうとしないで!
――あれ?
そう言えば、クラウディオと手を繋いだ時は、こんな風に思わなかったな。
振り払う隙もなかったけど。
「エレナ、今日は楽しんでいってくれ」
「ダフネ様はどちらですの?」
この汗臭いゴリラと離れたい一心で、私は小さな淑女が集まる中庭へと駆け出した。
◆◆◆
ダフネ様と永遠のライバルのドラ様、二人を宥める係の子爵家のベアトリス様の三人は同じ歳で、私より二つ年上だ。ダフネ様とドラ様は今日もドレスの色が丸かぶりで、お互いに相手が真似したと言い張っている。服の趣味も男の趣味も一緒なのだから、きっとものすごく気が合うはずなんだけどな。喧嘩している労力を他のことに使ったら?って思う。
一つ年上のイレネ様とラウラ様は二人の世界で完結していて、ダフネ様達の話を聞かずに勝手に話している。ひそひそひそひそ、うふふふふふ、って。こっちをチラ見しながら話すのはやめてほしい。何を言われているのか気になりすぎて胃に穴が開きそう。
ベアトリス様の妹のカルロータ様は私と同じ歳だけれど、話が全く合わなくてつらい。趣味は剣劇鑑賞だそうで、筋肉美を誇る男が好みらしい。ただし、イケメンに限るって。うん、私は無理かな。この間は騎士団を見に行かないかと誘われたっけ。あれ?ちゃんと断ったか自信がなくなってきたわ。
「それはそうと、エレナ様」
ダフネ様が切り出した。
「はい」
「この間いただいたお手紙のことですけれど」
うわあ……。
皆がいるところで言わないでよ。
一斉に私に注目が集まった。気まずい。
「クラウディオ様の素敵なところはどこか、お分かりにならないのね」
「あら、それって、私にも……」
ドラ様が食いついた。まずい、二人にそっくり同じ返信をしたのがバレてしまう。
「は、はあ……少し、迷っておりまして」
迷うどころか、婚約解消したい気満々だけれど、とりあえずぼかしておくか。
「まあまあまあまあ!お幸せな方はお悩みになるところが違いますわね!」
来た!褒め殺しだ!
自分の顔色がさぁっと青くなるのが分かった。
褒め殺しとは、令嬢の間で横行する高等テクニックである。
「エレナ様はあんなにクラウディオ様に愛されて、何がご不満なんですの?」
愛されてないから、蛇蝎の如く嫌われてるから!そこ、誤解しないで。
「クラウディオ様は容姿端麗、博学でらっしゃって、公爵家の跡取りでしょう?」
うん、それは分かってる。他にいいところはないのかな?って。
「あれほどの方が、他のご令嬢に見向きもなさらないで、エレナ様一筋なんですのよ」
お?
一途ってこと?
長所っぽいけど、一途に憎まれ口を叩かれているのよ?
他の令嬢が嫌味を言われているって聞いたことがないから、脇目も振らずに私を貶しているってことよね。行動に一貫性があるのは褒めてやってもいいけれど、やっていることが最悪よ。
「ファブリシオ様が仰っていましたわ。『エレナ嬢の話をする時、クラウディオはこっちが見ていて恥ずかしくなるくらいデレデレした顔をするんだ』って」
「あら、私もファブリシオ様からお聞きしましたわ。『クラウディオ様はエレナ様を天使だ女神だって崇拝している』とか」
嘘でしょう?誰かと間違ってるのよ。
じゃなきゃ、ファブリシオ様の目がおかしいの。あの人、そこそこ可愛い女の子に声をかける以外に能力を発揮しないものね。頭だけじゃなく目も悪くなったのか。
「……信じられませんわ」
正直な感想だ。どうだ!
一同は目を丸くした。
あの上から目線ツン男が私を崇拝?は?何の冗談ですか?
「羨ましいですわー」
令嬢達は声を揃えた。
「私も言ってみたいものですわ。もっと愛してほしいのでしょう、エレナ様は」
「もう、欲張りすぎよ?」
別に愛してほしくないし。
「私、クラウディオ様に好かれようとは思いません。あんな人、どうでもいい……関わらないで生きていきたいのですわ」
心からの言葉だった。皆は顔を見合わせて、
「そういう態度が、余計に男を燃え上がらせるのでしょうねえ」
と結論付けた。
◆◆◆
結局、何の収穫もないまま、散々彼女達に弄られてお茶会が終わった。
家に帰ると、例の変質者からまた手紙が届いていた。
「お嬢様」
バスコはいいことがあったのか、このところ嬉しそうだ。今朝は廊下でスキップしているのを見た。大丈夫かな。
「お手紙が届いておりますよっ」
声が弾んでいる。真白い口髭の先が上向きになっている気がする。
「お嬢様を熱烈に思っていらっしゃる方と、……それから」
「まだあるの?」
「クラウディオ様から、先代公爵夫人のお誕生パーティーのご案内です」
「……行きたくないわ。暖炉にくべて」
「そうはまいりません。旦那様も、パーティーには必ず参加なさるようにと仰いました。奥様はドレスを作る手筈を整えていらっしゃいます」
四面楚歌?周りが固められていて逃げ場がなさそう。顔だけ出して逃げてこよう。
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