夢に繋がる架け橋(短編集)

木立 花音

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僕と彼女と、二人でならば(現代・青春ドラマ)

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 あの子から連絡が入ったのは、僕がベッドの上で仰向けになっていた時。時刻は、夜八時をまわったころだった。

「まったく」

 チャットアプリのメッセージを見て、僕は舌打ちを落とした。
 懐中電灯とスマホを握りしめ、トレーナーの上からパーカーだけを羽織ると、矢も楯もたまらず部屋を飛び出した。
 玄関で靴を履いている時、「アンタ、こんな時間に何処行くの?」と背中側から母親が声をかけてきたが、「ちょっとそこまで」と適当にあしらいそのまま駆けだした。
 大きな通りに出て走りながら視線を配ると、商店街のイルミネーションが、いつもより多くなっているのに気が付いた。
 そうか。今日はクリスマス。
 彼女がこんな決心を固めるのには、ある意味、最高のタイミングだ。かじかんだ手に息を吐きかけながら、悪い妄想ばかりが膨らんでいく。
 心臓がバクバク言っているのは、走っているせいか。それとも──。



 僕と彼女が初めて出会ったのは、小学校の一年生のころだった。いわゆる幼馴染という奴だ。直ぐに打ち解け友人となった僕たちは、学校にいる時も、登下校時も、仲良く手を繋いで歩いた。高学年くらいになり次第に性差を意識するようになると、『アイツら、ちょっと怪しいんじゃねーの?』という根も葉もない噂を立てられるくらいには。
 僕たちの関係がぎくしゃくし始めたのも、今思えば、丁度そのころからだった。
 ただの友人、という微妙な距離感とスタンスを貫くようになった僕たちは、そのまま、別段関係が進展することもなかった。
 彼女──美香みかは、わりとモテる。
 亜麻色の丸い瞳。人懐っこい印象を与える顔立ちに、艶のあるミディアムボブ。僕の目から見ても、彼女は間違いなく美人だ。
 一番最初の彼氏が美香にできたのは、中二のころ。同級生だったその男は、『彼女いない歴』の払拭だけが目的だったのか、彼女に対する反応は常に素っ気なく、もちろん自分から尽くすことも構うこともなく、あっという間に関係が自然消滅して別れてしまった。
 二人目の恋人は、高校に入ってから付き合いだしたサッカー部の先輩。
 端正な顔立ち。高身長。スポーツ万能にして頭脳明晰。女ウケのいいこの男は、見た目の印象通り、女癖がよくなかった。美香と交際をしながら、マネージャーの女子及び、クラスメイト数人と関係を持っていた。美香に二股ならぬ四股を追求されると、「浮気ごときで四の五の言うなよな」と開き直る始末。
 最悪だ。どいつもこいつも。
 一番よくなかったのは、つい先日別れた二十代半ばの男。こいつに至っては、自分が妻子持ちである事を隠して大学生の美香に手を出した。数ヶ月交際し、妻子が居ることがばれたとたんに手のひらを返した。

『もう、人生に疲れちゃった。ゴメンね』

 メールのこの文面だけで、あっさりと捨てられた彼女が何をしようとしているのか、手に取るようにわかる。彼女がいま、いるであろう場所も。

 やがて視界の先に、僕たちが通っていた中学校の校舎が見えてくる。
 この中学校は、少子高齢化の影響で生徒数が減少し、統廃合により今は廃校となっている。入り口の扉こそ固く閉ざされているが、窓が割れている箇所が幾つかあり、中に入ろうと思えば入れる。
 僕は身を捩って、そのうちの一つから校舎の中に侵入した。
 懐中電灯の電源を入れ、無人となった学び舎の中をひたすらに駆ける。冷たい夜の空気と、静謐とした空間が心細さを加速させたが、かぶりを振って悪い妄想を追い出し、階段のある場所を目指した。

「よし」

 一息に三階まで登ると、屋上に向かう階段を封鎖しているチェーンを跨いで更に走る。もうすっかり息も絶え絶えだが、不満を言うのはもう少し後だ。今は彼女の安否を確認するのが最優先事項。
 階段を登り切り、屋上へと続く扉を開けた瞬間、冷たい風が吹き込んでくる。冬の凍える空気が火照った頬を撫で、同時にあの日の記憶が郷愁の念と共に蘇る。ここは、僕たちが語り合った思い出の場所なのだ。
 灰色の床で覆われた四角い空間。澄みきった星空をバックに、屋上を囲う手摺りに手を載せた美香の姿が見える。間違いない、彼女は自殺しようとしている。

「美香!」
「……あおい
「ダメだ。早まっちゃダメだ。あんな男のせいで死ぬなんて、絶対ダメだ」
「どうして来たの?」
「どうしてって……。そんなの当たり前だろ。あんなメール貰って、幼馴染の君を放っておくことなんてできるはずない」
「でも、どうにもならないのよ。私にはもう、生きていく望みなんてないの!」
「子どものことか?」
「な、んで知ってんの」

 美香が言葉に詰まった。酸欠にでもなったように口をパクパクさせて、視線を左右に泳がせた。

「この間美香から相談を受けた時気が付いた。明らかに食が細くなっていたし、あんなに大好きだったコーヒーも注文しなかっただろ? 僕と君は付き合いが長いんだから、そのくらいのことは予測できる」

 気が付いたのは、先日美香と一緒に喫茶店に入ったときだった。注文するメニューが以前と全く違っていて、好みが変化しているのは明白だった。そこでカマをかけてみたんだけれどやっぱりか。
 前の不倫男と関係を持ったことで、彼女は妊娠しているんだ。
 最悪だ。どいつもこいつも──男なんて。

「君の辛い気持ちもよくわかる。でも、もう君一人だけの命じゃないんだ」
「そんなの分かってるよ! でも、私はまだ十九なのよ?」
「そうだね」
「こんなの親にだって相談できないし、おろすにしてもお金だってないし」
「おろさずに、育てたらいい」

 精神が錯乱している可能性がある。僕はゆっくりと、慎重に彼女との距離を縮めた。

「それこそ無理だよ! 養育費なんて、幾らかかるか分かんない」
「そうだね」
「なんなのよさっきから! 無責任な相槌ばっかり打って、もうなんなのよ! 私があの人に対して、どれだけ本気だったかも知らない癖に」
「うん、知らない。でも、美香の辛い気持ちはちゃんと分かる」

 痛いほど。だって本気なのは、僕だって同じなんだから。

「それこそ、口から出まかせ。そんなの、あんたに分かるはずない」
「いいや、わかる」

 食い気味に僕は、彼女の言葉を遮った。

「大丈夫。心配なんていらない。子どもの事なら後でゆっくり相談しよう。生むのであれば、僕と二人で育てよう。家事も育児も、僕が半分負担してあげるから」
「無理だよそんなの!」

 今日一番大きな声で美香は叫んだ。

「だって蒼は」
「そう、僕は女の子。そして君も女の子。でも、それがなんだっていうの?」

 そんなもの、二人が同性であることなんて、なんの障害にもならない。
 言うんだ今。僕が、長年隠し続けてきた本当の気持ちを。

「僕は、美香のことが好きなんだ。ずっと前から、君のことが好きでした」

 冷たい、夜の風が吹いた。大きく見開かれた美香の瞳は、ほんの僅か、潤んでいるように見えた。


~Fin~
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