夢に繋がる架け橋(短編集)

木立 花音

文字の大きさ
28 / 69

ワン・デイズ・メモリーズ ~君と俺の、虫食いだらけの記憶~

しおりを挟む
「ねえ、これから駅前の本屋行こうよ」

 それは、物忘れの激しい幼馴染の、こんな一言から始まった。
 部活動休養日の放課後。さっさと家に帰って、録画がたまっているアニメでも視聴すっかな~なんて思っていた矢先、俺に声を掛けてきたのは幼馴染の一茜にのまえあかね
 小中高と進学していく中で何度かクラスが一緒になり、また、お互いの家が近所だということもあり、なにかと付き合いが長い。

「駅前の本屋って、去年できたあそこだろ?」
「そ、そうだよ! まああれだ。特にこれといって他意はないの。単純に、欲しい本があるだけなの」

 あたふたと両手を振って、身の潔白でもアピールするかのように、慌てて言葉を紡ぐ茜。こいつ背が低いので、小動物みたいで可愛い。

「だめ?」

 拳を口元にあて見上げてくる。可愛い。

「まあ、いいけど。今日はとくにやることもないし」
「わ、やった!」

 とたん。ぱっと笑顔の花が咲く。いや、実にわかりやすい。
 こいつが狼狽えているのにはまあ理由がある。これから俺たちが向かう書店は、チェーン店のコーヒーショップが併設されていて、店内の雰囲気が非常に良い。そんな事情も相まって、俺たちが通う学校でデートスポットとして認知されている場所だった。
 そんな訳で、店内には時々高校生のカップルがうろついている。男女が歩いていれば、自然とそういった目で見られる。

「んじゃ、早速向かいますか」と俺は鞄を手に持った。
「う、うん。善は急げね」
「なあ、茜」

 茶髪のミディアムボブを翻した茜に声をかける。

「え?」
「おまえ、鞄忘れてる」

 案の定、彼女の鞄は机の上に放置されたままだった。

「は、はにゃ!?」

 この酷い物忘れさえなければ、こいつも普通の女の子、なんだが。



 夕闇迫る街角。俺たち二人は、目的地である書店を目指し歩いた。隣にいる茜との距離が、先程からやたらと近い、時折肩が触れそうになって、不覚にも俺はドキドキしてしまう。
 歩きながら、色んな話をした。茜が振ってくる話題は、概ね将来にまつわる話。俺たちももう高校二年生。いい加減、先々のことを真剣に考えないといけない時期だ。
 話が途切れると、茜はこちらをそっと見上げてにへらと笑う。緩んだ頬に夕陽が当たり、まるで朱が差したよう。鼓動が速くなった心臓のあたりを押さえて、逃げるように顔を背けた。

 そんな茜の夢は花屋になること。花屋になる為、必要な資格というのはこれといって無いのだが、それでも彼女は【フラワー装飾技能士】の資格を取得したいのだという。
 これは、花輪や花束を制作する際に役立つ国家資格の事で、持っていると職業柄色々便利だし、就職の時も有利な材料になるんだとか。

「でもお前、ちゃんと勉強してんの?」
「ぐぬぬ……」

 痛い腹でも探られたのか、頭を抱えて丸くなる茜。やっぱり可愛い。

「大丈夫だよ! ちゃんと勉強してるから! これからちゃんと本気出すから」
「それ、サボっている奴の台詞」
「はにゃにゃ。いいんだよ! そういうあきらだって、頑張らないといけないんだよ。将来の夢、野球選手になることでしょ?」
「まあ一応ね」

 とは言え、本気でなれるとは思っていない。確かにうちの野球部ではレギュラーだけど俺は投手じゃないし、第一、俺くらいの才能の人間は、それこそ掃いて捨てるほどいる。

「ま、なれなかった時に備えて、ちゃんと勉強もしてる。公務員になる為にな」
「そっか。頑張り屋だよね彰は。学校の成績だって良いもんね」
「よせやい」
「でも、夢は諦めちゃダメ。小学生の頃、エースピッチャーだったんだから。今だって、投げようと思えば速い球投げられるんでしょ?」
「無理だよ。俺、コントロール悪いし」

 と言って、茜の頭にぽんと手を載せる。ふにゃ、と変な悲鳴がもれた。

「まったく。そんな昔のことだけはよく覚えているんだから」

 本当にな。この進路の話、先週も殆ど同じ内容で話した事は、すっかり忘れているくせに。



 目的地である書店は、前面がガラス張りになった開放的な空間だ。目的の物が探しやすい、ジャンル分けされた本棚が複数ならび、客の姿も結構多い。茜色の光が窓からたっぷりと入り込み、俺たちの影が床に並んで伸びていた。
 茜の探し物は、すぐ見つかった。それは、一年前に発売された恋愛小説。映画化が決まったニュースが何度も流れていたので、流石の茜でも覚えていたらしい。ついでに俺もラノベの新刊を手に取り、二人でレジに向かった。
 会計を済ませたあと、隣のコーヒーショップに向かう。コーヒーショップと書店の間に仕切りが一切ないので、店内はとても開放的で明るい。
 俺はブレンドコーヒー。彼女はカフェオレを注文した。カップを持ってダイニングエリアに移動すると、壁際の丸テーブルを挟んで座る。
 Wi-Fiも完備されたダイニングエリアには、サラリーマンや同じ制服を着た高校生の姿も見えた。空調も適切な温度設定で心地よい。

 そのまま、時間はただゆったりと流れた。
 時折他愛もない会話をしながら、購入した本を其々黙々と読み耽っていく。
 俺は特に気に留めてもいないのだが、とにかく彼女は何かが気になるようで、時々本から顔を上げては、視線を左右に彷徨わせた。落ち着きなく足を組みかえるたび、制服のスカートの裾から、白い太ももがちらちらと覗き見える。
 忙しないな、と彼女の視線の先を目で追うと、同じクラスのカップルが見えた。ははん、と俺はなんとなく察する。人目を気にしているということは、きっと何時もの展開がやってくるんだと。

 やがて、そのカップルは席を立つ。飲み終えたカップを片付け、そのまま店外に姿を消した。

「あなたのことを思うだけで、胸の奥がきゅっと音を立て軋むの」
「ゴフッ」

 タイミングを見計らったかのように口を開いた茜に、思わずコーヒーを噴き出しそうになる。
 え、なに? ド直球の告白なの? 言い回しが新しいパターンすぎるでしょ。

「すいません茜。今なんて?」
「ああ、ごめん。声が漏れちゃってた? 今読んでいる小説の台詞なの。話も佳境に入ってきたから、思わず口からでたのかな」
「そ、そうか。ちょっとばかり心臓に悪いから気をつけてくれ」
「はーい」

 返事軽いな、と思いながら本の世界に戻ったその時、再び茜の声が響く。

「ねえ、本当は私のこと、どう思ってる?」

 落ち着け、これは小説の中の台詞。俺に向けた言葉じゃないのだから。

「幼馴染ってさあ、やっぱり不利なのかな?」
 
 小説でも漫画でも、だいたいそうだな。幼馴染は負けフラグって言葉もあるしな。

「積極的な女の子って、やっぱり嫌い?」
「いや、そんなことはない」
「ん、なに?」
「あ、いや……。今読んでいるラノベに出てくる台詞」
 適当に誤魔化しておくと、茜は「ふーん」と訝しむような目を向けてくる。「ま、いいけど」

 しまった。思わず答えてしまった。だが、なおも茜の独り言は続く。

「ずっと前から好きでした。私と付き合ってください」

 遂に告白のシーンですか。この短時間でよくそこまで読んだもの。それで? 彼の返事は?

「返事」
 と強い口調で言う茜。
「は?」
「だから、返事」
「まさか今のって、本気の告白?」

 確認を求めると、茜は開いた本で顔を隠しながら頷いた。
 本当にもう。こいつは明るいわりに、妙な所が不器用なんだよな。だから、放っておけないというか。

「最初から、こうするつもりで俺を誘ったの?」

 すると彼女。一度目を合わせた後、真っ赤になってこくんと顎を引く。なにこの可愛い生き物。

「そっか、うん、勇気出して伝えてくれてありがとう」

 思えば、お前の方に言わせちゃってる気がするな。原因は全て、心の何処かで関係の進展を諦めてしまっている、俺の方にあるんだよな。
 茜は、とある病を患っている。
 病の名は、前向性健忘ぜんこうせいけんぼう。発症以前の過去の記憶を思い出すことに障害のある、逆行性健忘ぎゃっこうせいけんぼうの方が有名だが、彼女が発症した前向性健忘は、より特殊な症状を持っている。
 それは──夜、寝て起きるたびに、前日の記憶を思い出せなくなってしまうというもの。病を発症したのは高校に入学して間もないころ。だが、何故茜が障害を患ってしまったのかは定かになっていない。ストレスからくる心的外傷が原因なのか。それとも、頭部を強く打つような出来事でもあったのか。ただひとつはっきりと言えることは、その日以前の記憶は問題ないのに、そこから後ろ──現在までの記憶が虫食い状態になっているということ。
 この病が原因となり、茜は学業成績も芳しくないし、この一年ほどで俺に五度告白し、その全てを忘れてしまった。何度恋人同士になっても続かぬ関係に俺は疲弊し、次第に期待を寄せることもなくなってしまった。
 今日こそ記憶、持ちこしてくれるだろうか。一縷の望みをかけて、俺は何時もと同じ台詞で答える。

「いいよ」、と。
「え、本当にいいの?」
「だから、いいってば。何度も言わせんな」

 ほんとだよ。何度も何度も、世話のやける奴だまったく。

「なんだかこんなの嘘みたい。ちょっとだけ、頬っぺたつねってもいいかな?」

 そう言って、泣き笑いの表情に変わった茜を正面から抱きしめた。

「ななな、なに? 彰」
「今から俺の言うことを、黙って聞いてくれ」
「うん」
「俺もずっと前から、お前の事が好きだったんだ」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない」

 そう──これを伝えるのも、今回で六度目。

「嬉しい」

 囁くような声が返ってくる。
 でも、これで満足しちゃダメなんだ。ここで俺の方からもう一歩踏み込まないと、何も変わんない気がした。だから──

「なあ、キスしてもいいかな?」

 ねえ、茜。
 君はもう、忘れていることでしょう。これからするキスが、ファーストキスじゃないってことも。君が一番最初に告白をしてくれた思い出の場所が、この書店だってことも。
 ワン・デイズ・メモリーズ。
 今度こそ俺たちが両想いのまま、明日を迎えることができますように。心の中で願掛けをしながら、静かに唇を重ねた。

 これはまるで、君が大好きな花にまつわる、「花占い」のようなルーレット。
 一つずつ記憶の花びらが、毟られていくルーレット。

 スキ。
 ワスレル。
 ワスレル。
 スキ。
 ワスレル。
 ワスレル。
 スキ──。

~END~
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...