59 / 69
おみくじが繋いだ「縁」(恋愛・ラブコメ)
しおりを挟む
正月の神社の境内に、雪はほとんどなかった。
ここ近年、地球温暖化が叫ばれている。その影響があるのかないのか、そんなことはわからないが、今年はいわゆる暖冬だった。
一月一日。新年を迎えた今日、こんなに雪がないのは珍しい。境内に向かうため、石段を登っていたときにすれ違った人たちも、みな一様に薄着だった。
セーターにパーカーだけとか、ブレザーの制服姿にマフラーを巻いただけとか。見るからにカップルが多くて、みな一様に温かそうな顔をしていやがった。
そんな彼らの姿を見て、俺の心も温かく――。
「なるわけねーだろ。バーカ」
先日、二年交際を続けてきた彼女に振られた。
クリスマスの予定をドタキャンされて、ふてくされてクリスマスの夜に街を徘徊していると、ラブホ街で別の男と腕を組んで歩いている彼女とでくわしたのだ。
おい、どういうことだ、と訊ねたら、俺の素っ気ない態度が以前から気に入らなかったとかなんとか逆切れされて、そのまま振られたとそんな顛末だった。
なんでだ。なんで浮気された俺が逆切れされてあまつさえ振られなくちゃならんのだ!
意味わかんねえ。
というわけで、憂さ晴らしに一人初詣とかいうさもしいイベントをしにきたわけだ。
さもしい。天気はいいが心は寒い。
のろのろと参拝の列が進み、ようやく俺の順番が回ってくる。賽銭箱に五円玉を突っ込んで(我ながら無作法だと思う)、いい恋ができますように」と祈る。
ふと視線を横に向けると、「おみくじ、百円」と書いてあった。
「おみくじか。いっちょ引いてみっか」
おみくじを買って、さっそく開いてみる。
「なになに? お、大吉だ! 正月早々、運がいいじゃねーか!」
おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。
運命的な出会いか。素晴らしい。それにしても、神社の境内の中って、ずいぶんと具体的すぎやしねえか? これは新手のステマか? 第一そんな相手……。
とはいえさすがに気になる。おもわずキョロキョロと視線を走らせた。
ごった返している正月の境内の中に、知り合いの顔はおろか、こちらを見ている人なんて誰もいない。……と、それにしてもカップルが多い。なんだよ、みんな先約ありじゃねーかと再び毒づいてから踵を返した。
そんな相手が本当にいるのなら、神社から出る前に出会わせてくれよな。神様。
そう思いながら歩いていくと、向こうから晴れ着姿の女の子が息せき切って駆けてくる。
あれは……幼馴染の日吉だ。しばらく見ないうちにずいぶんと大人びたが、口もとのほくろは変わっていない。
「おーい、日吉」と俺は声をかけた。
*
引いたおみくじを片手に、私は顔をこわばらせていた。
大吉か。それはいい。それにしても、これはいったいなんなのか。
おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。
「私が振られたばかりだと知ってのあてつけか!」
去年のクリスマスは相手にドタキャンされて、最悪の夜を過ごした。それから年明けまで音信不通になって、年が明けた瞬間にようやく連絡がついたと思ったら、他に好きな女ができた、別れよう、といきなり切り出された。
はー?
意味わかんないっつうの。
いや、確かに怪しいところはあったよ。彼は絶対に自分のアパートには呼んでくれなかったし、というか、どこに住んでいるのか知らないし、週末は時々約束をすっぽかれたし、それでも「愛している」と言ってくれるから信じていたのに。
「ウブか」と自分に突っ込みたくなってしまう。
まあ、相当前から、あるいは最初から、二股かけられていたんだろうなって今だからこそわかる。
やってられない。運命の人どころか、しばらく恋をする気にもなれないよ。
神社の境内を階段に向かって歩きながら、ふと気づく。
全身の血の気が引いていく。
「財布、落とした」
*
「よお、日吉じゃん。どうした? そんなに急いで」
「あれ? 川島? お前こそどうしてここに? というか、そっか、そもそも私たち幼馴染だもんね」
「そうそう。今どうしているの?」
久しぶりに見た日吉は、その、すっかり大人の女性になっていて、眩しくてなんか直視できない。着ている真っ赤な晴れ着もよく似合っていた。
「ええとね、新宿区の短大に通っているの。看護師になりたくてね」
「え、マジで? 奇遇だなあ。俺も新宿の大学に通っているんだよ」
「ほんとに?」
くわしく話を聞いていくと、通っている大学はわりと近所だった。もしかしたら、街中ですれ違っている、なんてことがあるのかもな、と思う。
「川島、相変わらず一人もんなんだね?」
そう言ってからかうような目で見てくるから。
「うるせー。お前だって一人じゃないか。言っておくけどな、俺は去年のクリスマスまで彼女いたんだよ。……ふられたけどな」
ぼそっと付け加えた。
あーあ、余計なこと言ってしまった。これは間違いなくからかわれる。そう思ったのに――。
「川島も、振られたばかりなの?」
と意外な反応を返してきた。
「え? 日吉も?」
なんというか、沈痛、という表現がふさわしい顔で日吉が頷いた。
話を聞くと、向こうもクリスマスにドタキャンされて、そこから破局したらしい。
これも運命かもな。と笑ってみたら、ちょっと赤くなって頷いてみせた。あんまり変なリアクションするなよ。意識してしまう。
「で? どうしたの? なんか急いでいるようだったんだけど」
「あー! 忘れてたー! そこでおみくじを買ったときにね、どうやら財布落としちゃったみたいで」
「え、やばいじゃん。俺で良かったら一緒に探してやろうか?」
「いいの? 助かるー」
そうして俺たちは境内を引き返していく。
これがもし運命の出会いだとしたら、ありがとうな、神様。
*
そのこと神社では、ちょっとした騒ぎになっていた。
「ちょっと誰ー! おみくじの中身全部大吉にした人!」
「縁起がいいんだからさ、いいじゃないですか」
ここ近年、地球温暖化が叫ばれている。その影響があるのかないのか、そんなことはわからないが、今年はいわゆる暖冬だった。
一月一日。新年を迎えた今日、こんなに雪がないのは珍しい。境内に向かうため、石段を登っていたときにすれ違った人たちも、みな一様に薄着だった。
セーターにパーカーだけとか、ブレザーの制服姿にマフラーを巻いただけとか。見るからにカップルが多くて、みな一様に温かそうな顔をしていやがった。
そんな彼らの姿を見て、俺の心も温かく――。
「なるわけねーだろ。バーカ」
先日、二年交際を続けてきた彼女に振られた。
クリスマスの予定をドタキャンされて、ふてくされてクリスマスの夜に街を徘徊していると、ラブホ街で別の男と腕を組んで歩いている彼女とでくわしたのだ。
おい、どういうことだ、と訊ねたら、俺の素っ気ない態度が以前から気に入らなかったとかなんとか逆切れされて、そのまま振られたとそんな顛末だった。
なんでだ。なんで浮気された俺が逆切れされてあまつさえ振られなくちゃならんのだ!
意味わかんねえ。
というわけで、憂さ晴らしに一人初詣とかいうさもしいイベントをしにきたわけだ。
さもしい。天気はいいが心は寒い。
のろのろと参拝の列が進み、ようやく俺の順番が回ってくる。賽銭箱に五円玉を突っ込んで(我ながら無作法だと思う)、いい恋ができますように」と祈る。
ふと視線を横に向けると、「おみくじ、百円」と書いてあった。
「おみくじか。いっちょ引いてみっか」
おみくじを買って、さっそく開いてみる。
「なになに? お、大吉だ! 正月早々、運がいいじゃねーか!」
おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。
運命的な出会いか。素晴らしい。それにしても、神社の境内の中って、ずいぶんと具体的すぎやしねえか? これは新手のステマか? 第一そんな相手……。
とはいえさすがに気になる。おもわずキョロキョロと視線を走らせた。
ごった返している正月の境内の中に、知り合いの顔はおろか、こちらを見ている人なんて誰もいない。……と、それにしてもカップルが多い。なんだよ、みんな先約ありじゃねーかと再び毒づいてから踵を返した。
そんな相手が本当にいるのなら、神社から出る前に出会わせてくれよな。神様。
そう思いながら歩いていくと、向こうから晴れ着姿の女の子が息せき切って駆けてくる。
あれは……幼馴染の日吉だ。しばらく見ないうちにずいぶんと大人びたが、口もとのほくろは変わっていない。
「おーい、日吉」と俺は声をかけた。
*
引いたおみくじを片手に、私は顔をこわばらせていた。
大吉か。それはいい。それにしても、これはいったいなんなのか。
おみくじには、【大吉:恋愛運 近々、運命的な出会いがあるでしょう。運命の相手は、意外にも身近なところにいるでしょう。たとえば神社の境内の中とか】と書いてあった。
「私が振られたばかりだと知ってのあてつけか!」
去年のクリスマスは相手にドタキャンされて、最悪の夜を過ごした。それから年明けまで音信不通になって、年が明けた瞬間にようやく連絡がついたと思ったら、他に好きな女ができた、別れよう、といきなり切り出された。
はー?
意味わかんないっつうの。
いや、確かに怪しいところはあったよ。彼は絶対に自分のアパートには呼んでくれなかったし、というか、どこに住んでいるのか知らないし、週末は時々約束をすっぽかれたし、それでも「愛している」と言ってくれるから信じていたのに。
「ウブか」と自分に突っ込みたくなってしまう。
まあ、相当前から、あるいは最初から、二股かけられていたんだろうなって今だからこそわかる。
やってられない。運命の人どころか、しばらく恋をする気にもなれないよ。
神社の境内を階段に向かって歩きながら、ふと気づく。
全身の血の気が引いていく。
「財布、落とした」
*
「よお、日吉じゃん。どうした? そんなに急いで」
「あれ? 川島? お前こそどうしてここに? というか、そっか、そもそも私たち幼馴染だもんね」
「そうそう。今どうしているの?」
久しぶりに見た日吉は、その、すっかり大人の女性になっていて、眩しくてなんか直視できない。着ている真っ赤な晴れ着もよく似合っていた。
「ええとね、新宿区の短大に通っているの。看護師になりたくてね」
「え、マジで? 奇遇だなあ。俺も新宿の大学に通っているんだよ」
「ほんとに?」
くわしく話を聞いていくと、通っている大学はわりと近所だった。もしかしたら、街中ですれ違っている、なんてことがあるのかもな、と思う。
「川島、相変わらず一人もんなんだね?」
そう言ってからかうような目で見てくるから。
「うるせー。お前だって一人じゃないか。言っておくけどな、俺は去年のクリスマスまで彼女いたんだよ。……ふられたけどな」
ぼそっと付け加えた。
あーあ、余計なこと言ってしまった。これは間違いなくからかわれる。そう思ったのに――。
「川島も、振られたばかりなの?」
と意外な反応を返してきた。
「え? 日吉も?」
なんというか、沈痛、という表現がふさわしい顔で日吉が頷いた。
話を聞くと、向こうもクリスマスにドタキャンされて、そこから破局したらしい。
これも運命かもな。と笑ってみたら、ちょっと赤くなって頷いてみせた。あんまり変なリアクションするなよ。意識してしまう。
「で? どうしたの? なんか急いでいるようだったんだけど」
「あー! 忘れてたー! そこでおみくじを買ったときにね、どうやら財布落としちゃったみたいで」
「え、やばいじゃん。俺で良かったら一緒に探してやろうか?」
「いいの? 助かるー」
そうして俺たちは境内を引き返していく。
これがもし運命の出会いだとしたら、ありがとうな、神様。
*
そのこと神社では、ちょっとした騒ぎになっていた。
「ちょっと誰ー! おみくじの中身全部大吉にした人!」
「縁起がいいんだからさ、いいじゃないですか」
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる