嘘つきな私のニューゲーム~自分を偽ってきた彼と、親友を欺いた彼女の物語~

木立 花音

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第一章「三嶋蓮」

【ある意味最悪の、大学デビュー】

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 高校時代までの俺は、比較的地味な男で通っていたと思う。
 幼少期から、趣味らしい趣味を持っていなかった。強いて言えば絵を描くことくらいで、当然のごとく、中学でも高校でも、美術部に所属していた。
 所属している部活動で人間性まで決められてしまう、なんてのは甚だ不本意なのだが、周囲の目というのは案外そんなもの。俺はなんとなく、暗い人間というレッテルを貼られることになる。
 かといって、いちいち目くじらを立てて怒ったり、悪評を覆すために帆走するのもダルい話で。というか、俺はそこまで自分に対して興味がない。暗い奴って評価も甘んじて受け入れたし、別にどうしようとも考えなかった。
 早い話が、諦めていた。

「大学デビュー、してみろよ。世界、変わるぜ」

 高校卒業が間近に迫ったころ。友人に言われたそんな一言が、俺にとって転機となった。
 なるほど。大学に進学してしまえば、過去の悪評は消えてなくなる。
 そう考えた俺は、地元私立大学の芸術学部に進学すると一気にハジけた。
 大学では失敗しないぞと気合いを入れまくって、親には猛反発されながらも髪の毛を染めて、意気揚々と入学式に参加した。
 これまでの鬱憤うっぷんを晴らすように遊びまくった。
 それこそ、交際している女を切らすことはなかったし、何人もの女をとっかえひっかえ抱いた。
 新歓パーティーで行った居酒屋での挨拶。『三嶋蓮です。好きなものは、女の子です』と言ったときの、周囲の冷めた視線が今でも忘れられない。
 なんだよ、と思った。
 お前らだって女が好きだろう? とも。
 その席で早速、数人の女の子と連絡先の交換をした。
 最初に付き合ったのは同い年の女の子。いや、付き合ったって言えるのかな、あれ?
 同じ学年だったことに理由は無い。
 年上の女に手を出した結果、それが先輩の彼女だったらウザいことになるし、当たり障りのない相手を選んだだけ。いわゆる、モテそうでもモテなさそうでもない、人畜無害な相手。
 飲み会が終わったあとで、さっそくその子のアパートに行った。
 一晩ベッドの中で過ごして、気がついたら翌日の朝だった。
「ねえ」と女が化粧を落とした顔で言った。スッピンになったら、レア素材からノーマルに格下げだな、と思いながら答える。「なんだよ」

「私って、セックスフレンドの扱いなの?」

 喉元まで出かかった、違うよ、という言葉を飲み干した。「敢えて関係性に名前を付けるなら、それが一番近いかな」
 会ったばかりだし、友だちですらない。でも流石に、言葉からフレンド取ったらヤバいだろ?

「ふ~ん。なんか三嶋君って軽そうだよね。まー、私も重い関係は嫌だから、それでも良いよ」

 マジかよ、ラッキー。ちょうどいい女の子が見つかった。そう思った。

「いつもこんなことしているの?」
「ははっ、まさか。今日が初めてだよ。女の子とシたのも初めて」

 そう言うと、彼女の表情が一瞬にして冷え込んだ。細めた瞳のその奥に、落胆やら失望の色が浮かんだ。──なんだよ。童貞のくせに生意気だ、とでも言いたいのかよ。わりと上手くやってただろう。AVとかの見よう見まねだったけど。
 結局彼女とは、三日で別れた。
 名前はもう、思い出せない。連絡先も消去したし。仮に向こうから連絡が有っても、たぶん会う気になれないから。

 二人目と三人目の女は先輩だった。一個上と、二個上。
 二人目の先輩とは、わりと真面目に付き合ってみた。元々俺は几帳面な性格なので、まめに連絡を取り合いデートもした。
 頑張って尽くしたら、どのくらいの期間交際が続くのか、挑戦してみたかったんだと思う。
 結論──半年だった。
 そんで、今のところの最長記録。
 車とか持ってないから、ドライブなんて当然無理で。デートはもっぱら、ファミレスとか大衆酒場。ショッピングは金がかかるし、時間拘束がキツいからと、映画もあんま行かなかった。
 そんなこんなで、彼女への投資を渋り始めたら、破局が訪れるまでわりと直ぐだった。
 まさにアレだ。金の切れ目が縁の切れ目って奴。
 やってらんねーと思った。男の価値って金なのかよ? って思った。
 という訳で、三人目からは心機一転。体だけの関係にこだわった。
 金は減らなくなったけど、出費額と比例するように、付き合いも長く続かなくなった。世の中って世知辛いなあと常々思う。
 そして最近気がついた。
 たとえ何人女を抱いても、心が満たされることがないってことに。身体は気持ちよくなっても、心の真ん中には、ぽっかりと空洞あなが空いたままだった。

   ※

 七月の雨の日。大学が終わってバスで帰宅する途中。「ねえ」と隣の席に座っている美帆みほが言った。「これからウチくる?」
 オーバーサイズのトップスに、ミニスカートを合わせた美帆の容姿はギャルっぽい。お前って何人目の女だっけ? と考えながら答える。

「エッチさせてくれるなら行くけど」
「三嶋君って、そればっかりだよね」
「でもさ、他にする事ねーじゃん」

 もうちょっとあるでしょ、と不満そうな美帆の声。いやむしろ、何かお勧めの趣味とかあるなら、この無気力人間に教示してほしい。

「ま、別に良いけど」
「やったね。愛してるよ、美帆」
「全然心、こもってないよ?」

 確かにあんま、こめたことないかも。

「そのうち私たち、同棲しよっか?」
「ゴメン。ちょっと無理」

 なんか凄い顔で睨まれた。メンドクサイなあ……。

「こう、なんて言うんだろう。あんまり長い時間、俺と一緒にいないほうが良いと思うんだ。たぶん、俺の嫌な面ばっかり見えてくると思うから」
「もう結構見えてるけど」
「マジかよ。相変わらずハッキリ言うね」

 軽くショックを受けてしまう。
 もっとも、美帆が言うことも強ち間違ってはいない。こんな俺に、いいところなんてあるんだろうか。人生色々、失敗している気が時々する。昔はこうじゃなかったんだけどね。とはいえ、あの頃に戻りたいとは思わない。
 バスを降りて、美帆のアパートに向かうため歩いていた時、俺の家から一番近い場所にあるバス停の前を通りがかる。この間、変な中学生の女を見かけた場所だ。
 なんとなく視線を飛ばして、俺は目を見開いた。

「美帆、ちょっと悪い。用事を思い出した」

 え、ちょっと待ってよ、と言う彼女の声を置き去りにして俺は走る。行き交う車の間を縫うようにして、反対側の歩道に駆ける。
 ――あのバカ女。なんで今日も傘差してないんだよ。
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