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第二章「不貞と親権と」
Part.19『説得』
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夕食後、自室のベッドの上に座り、読み止しの小説から栞を抜き開いた。
ここのところ、小説の執筆が遅々として進まないので、何か参考になればいいなと、気晴らしついでに購入してきた文芸書籍だった。
ページをめくり、読み進めていく。読めば読むほどに、自分とプロ作家との違いを痛感させられる。
整った文体。
斬新な比喩表現。
何気ない情景描写の中にまで垣間見える、多彩な表現力。
これまで読んできたどの小説と比べても違うというか、文章力も技法も抜きんでていて、感嘆のため息しか出てこない。
一度本から顔を上げた。
ちょいとばかり、レベルの高い作品を選んでしまっただろうか。過ぎたるは猶及ばざるが如し、とでもいうべきか。ここを目指しても手が届くはずがないという落胆と、では、自分はどんな作風を目指すべきなのか、という困惑とが、まとめて押し寄せてきていた。
よけい目標が見えなくなった。こりゃまずい、前途多難だ。
茫然自失となって天を仰いだとき、チャットアプリの着信音が鳴る。
ん、誰だろう、とスマホを拾い上げた。
【(明日香)それで、明日は何時?】
【(咲夜)十四時だよ。明日香ちゃんは、アパートから二人が出るところを確認して報告してくれると嬉しい】
【(明日香)了解。じゃあ、少し早めの時間に出て、まっすぐアパートに向かうね】
【(京)本当に明日で大丈夫なのか? 何か勝算でもあるの?】
【(咲夜)勝算は正直微妙……。でも、いろいろな可能性を考えた結果、死因はほぼ自殺で間違いないと思うんだよね。そうなってくると、予定を遅らせる理由がない。待てば待つほど、状況が悪くなっていく気がする】
【(京)それはまあ、確かに。善は急げか】
そのとき階下から、「風呂が沸いたから入りなさい」と母親の声が響いた。「わかった」と返事をして、次のメッセージを打った。
【(咲夜)親に呼ばれたので、お風呂行ってきます】
【(明日香)いってらっしゃい】
【(京)あとでこっそりと、エロい写真送ってね】
【(咲夜)グループチャットで、こっそりも何もないでしょう? バカなんですか】
【(京)え、こっそりなら送ってくれるの?】
【(咲夜)死んでください。そもそも、私の裸でエロくなるわけないでしょう?】
普段通りのやり取りに忍び笑いをもれた。スマホを床に置き、着替え用の下着とパジャマを手に取り立ち上がろうとしたそのとき、もう一度だけ着信がある。なに、とメッセージを表示させた。
【(明日香)なるよ】
【(京)なるよ】
「あんたらは……」
本気なの、と思った。
湯船に深く体を沈め、ふう、と心地よいため息を吐いた。吐いた息は、浴室に立ちこめている湯気と交じり合ってすぐに消えた。お湯の暖かさが全身に染み渡ってくると、心身ともに落ち着いてくる。
水面に、髪の毛が数本浮かんでいた。私の髪は細くて切れやすいので、強めにブラッシングするだけでも、不安をあおるみたいに抜け落ちて死んでいくのだ。
瞼を閉じて、手で顔をもんだ。明日のことに、ゆっくりと考えを巡らしていった。
いよいよ明日、高橋三枝子さんを説得すると決めた。
復習がてらに、二人が散歩するコースを思い出してみる。二人はアパートを出たあと大きい通りに抜けると、東の方角にある本牧山頂公園を目指す。そこの散歩道を半周ほど回ってから、同じルートをたどって帰路につく。
接触を試みる場所は、高台にある散歩道の中央付近を選定した。
私たち三人に加えて娘の梓さんを呼んでいるため、広い場所が望ましいのが理由のひとつ目。ふたつ目は、アパートに押しかけて、もし警戒心を抱かせてしまった場合、会ってもらえない可能性があるからだ。
たぶん、チャンスは一度しかない。失敗は絶対に許されない。
二人が、いつどうやって死ぬのかはもはや大した問題ではない。自殺しようという考えそのものを改めさせない限り、二人を救い出す手立てはないのだから。
三枝子さんは、私の声に耳をかたむけてくれるだろうか。
娘である梓さんがきてくれるかどうかに、成否が大きく左右されそうだ。
「……」
出し抜けに思った。私、結構とんでもないことをしているな、と。
去年までは、寿命一年の人物を見かけても見てみぬふりばかりをしてきた。深く関わり合いになればなるほど、救えなかったときのショックが大きくなることを知っていたから。
それがどうだ。
小学生の男の子の命を救い、見ず知らずの高橋さん親子を救おうと奔走している。
すべては、先輩と出会ったからなんだ。
彼の姿を見て、屋上まで駆け上がったあの日から、私は明白に変われた。心の中で彼の存在がどんどん大きくなっていって、先輩を救うために行動を共にするようになって、気がつけばいろいろと手助けをされている。
本当に、お人よしというか――変な人だと思う。
明日、三枝子さんに声がけをしたとき、妙な顔をされないだろうか? 死因は本当に自殺なのか? 等々不安は尽きない。それなのに、不思議と心は凪いでいた。大丈夫だと思えるようになっていた。私の能力を理解して、受け入れて、行動を共にしてくれる仲間が今はいるから。
ちゃぽん、とお湯の中に半分だけ顔を沈めた。
* * *
翌日の天気は、あいにくの曇天だった。
厚い雲が太陽を隠して、一筋の光も差し込まない。空までが、私の不安をあおっているようだ。
身震いしてしまうような冷たい風が吹きつける中、私は今泉先輩と二人で、本牧山頂公園の散歩道にいた。
二人がアパートを出たとの連絡が明日香ちゃんから届いてからすでに十分。私の見立てでは、もう間もなく二人の姿が見えてくるはずだった。
ジョギングをしている男性が通りすぎていく。その後ろから、自転車を漕いでいる女の子の姿が見えてきた。
「ごめん、遅くなった」
私たちの側までやってくると、明日香ちゃんが自転車をターンさせて急停止した。
「あれ、梓さんは?」
明日香ちゃんの質問に、先輩が首を横に振った。
「残念ながら、まだきていないね。まだ、というか、そもそもこないのかもしれないけれど」
「しょうがないよ。きてくれたら儲けもの、くらいに考えていたし」
そう相槌を打つが、落胆は禁じ得ない。実の娘がきてくれたなら、どんなに心強かっただろうか。
「そっかあ」と答えた明日香ちゃんの声は、一方で淡々としている。
「あと十分もしたら見えてくるかな?」
「たぶんね」
先輩が、散歩道を歩いている人の姿を注視していた。私も彼に倣う。
もっとも、車椅子を押して歩いている二人の姿は目立つため、万が一にも見逃さないだろうけど。
散歩道のかたわらに置いてある石造りのベンチに座って、二人の到着を待ち続ける。ふと肌寒さを感じて、制服の上から羽織っていたパーカーの前をかき合わせた。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。続く沈黙に、段々と息苦しくなってくる。
五分。
十分。
十五分。
「ねえ」「なあ」
明日香ちゃんと先輩の声が同時に上がった。
「さすがにおかしくないか」
明日香ちゃんが譲ったことで、先輩だけが二の句を紡いだ。
確かにおかしい。スマホを取り出して、時間を確認してみる。
明日香ちゃんから二人がアパートを出た連絡をもらってからすでに二十五分。私の見立てよりも、十分近く到着が遅れていた。寄り道をしているだけだろうか。そうだったらいい。本当に、そうだろうか。
「うん、確かにちょっと遅い。でも、もう少し待ってみようよ──」
「それでいいの?」
被せられた声にハッとすると、先輩が食い入るように私の顔を見ていた。
「でも、待つ以外に方法がないじゃないですか」
「たとえば、二人が自殺するのが今日だったとしたら?」
「え?」
「加護はさ、二人が自殺を決意するのが、今日じゃないという根拠はあるの?」
今日、死ぬ? 言葉の意味をかみしめて、心に戦慄が走る。
「根拠なんて、あるわけないです……。まさか? え、どうすればいいのかな?」
天地が引っ繰り返るような感覚。足元がおぼつかなくなってしゃがみ込むと、私の肩に先輩が手を置いた。
「落ち着け、加護。仮にそうだったとしても、俺たちは三人いるんだ。手分けして探せばまだ間に合う」
「横浜市中区にある橋」
明日香ちゃんがスマホの画面をタップしながら、ぼそっと呟いた。
「なに、それ」
「自殺の多い場所を調べてるの。ホントはこんなの、調べたくはないけど……」
整った眉根を寄せつつも、彼女はなおも検索を続けていく。
「そっか……、この本牧公園も、結構自殺のあった場所があるのね。満坂口の階段の上。山頂付近にある広場の茂み。林道。本牧神社口。うわあ……多すぎてこれじゃしぼり込めない」
「中区か、ちょっと遠いな。しかし、彼女らがバスを利用して向かったとすれば……。ありえなくはないか」
シャツの袖口をまくって、先輩が腕時計を確認した。
「今日だと断定はできないが、可能性は全部潰したほうがいい。じゃあ、その橋には俺がタクシーでも拾って向かってみる。俺だけ歩きなのだから、そうしたほうがいいだろう」
彼の言葉に、うん、と明日香ちゃんが頷いた。
「じゃあ私は、今スマホで確認した情報を頼りに、公園内を探し回ってみるね。まっかせてー。こう見えても脚力には自信あるからさ」
自転車にまたがりながら、明日香ちゃんが不安を吹き飛ばすように拳を握る。
「それと、咲夜」
「あ、うん」
「咲夜は高橋さんのアパートに戻ってみて。彼女らの散歩のコース、把握しているんでしょ? 行き違いにならないよう、コースを逆にたどるようにしてさ」
「わかった」
私が自転車に跨ったのを確認して、先輩が総括する。
「んじゃ、高橋さん親子が見つかったら、必ず連絡を入れること。それと、結果がどうだったとしても、十六時までには各自一報を入れること。それでオーケーかな?」
「りょーかい!」「わかりました」
私と明日香ちゃんの返事を合図に、三人は別々の方角に走り始めた。
ここのところ、小説の執筆が遅々として進まないので、何か参考になればいいなと、気晴らしついでに購入してきた文芸書籍だった。
ページをめくり、読み進めていく。読めば読むほどに、自分とプロ作家との違いを痛感させられる。
整った文体。
斬新な比喩表現。
何気ない情景描写の中にまで垣間見える、多彩な表現力。
これまで読んできたどの小説と比べても違うというか、文章力も技法も抜きんでていて、感嘆のため息しか出てこない。
一度本から顔を上げた。
ちょいとばかり、レベルの高い作品を選んでしまっただろうか。過ぎたるは猶及ばざるが如し、とでもいうべきか。ここを目指しても手が届くはずがないという落胆と、では、自分はどんな作風を目指すべきなのか、という困惑とが、まとめて押し寄せてきていた。
よけい目標が見えなくなった。こりゃまずい、前途多難だ。
茫然自失となって天を仰いだとき、チャットアプリの着信音が鳴る。
ん、誰だろう、とスマホを拾い上げた。
【(明日香)それで、明日は何時?】
【(咲夜)十四時だよ。明日香ちゃんは、アパートから二人が出るところを確認して報告してくれると嬉しい】
【(明日香)了解。じゃあ、少し早めの時間に出て、まっすぐアパートに向かうね】
【(京)本当に明日で大丈夫なのか? 何か勝算でもあるの?】
【(咲夜)勝算は正直微妙……。でも、いろいろな可能性を考えた結果、死因はほぼ自殺で間違いないと思うんだよね。そうなってくると、予定を遅らせる理由がない。待てば待つほど、状況が悪くなっていく気がする】
【(京)それはまあ、確かに。善は急げか】
そのとき階下から、「風呂が沸いたから入りなさい」と母親の声が響いた。「わかった」と返事をして、次のメッセージを打った。
【(咲夜)親に呼ばれたので、お風呂行ってきます】
【(明日香)いってらっしゃい】
【(京)あとでこっそりと、エロい写真送ってね】
【(咲夜)グループチャットで、こっそりも何もないでしょう? バカなんですか】
【(京)え、こっそりなら送ってくれるの?】
【(咲夜)死んでください。そもそも、私の裸でエロくなるわけないでしょう?】
普段通りのやり取りに忍び笑いをもれた。スマホを床に置き、着替え用の下着とパジャマを手に取り立ち上がろうとしたそのとき、もう一度だけ着信がある。なに、とメッセージを表示させた。
【(明日香)なるよ】
【(京)なるよ】
「あんたらは……」
本気なの、と思った。
湯船に深く体を沈め、ふう、と心地よいため息を吐いた。吐いた息は、浴室に立ちこめている湯気と交じり合ってすぐに消えた。お湯の暖かさが全身に染み渡ってくると、心身ともに落ち着いてくる。
水面に、髪の毛が数本浮かんでいた。私の髪は細くて切れやすいので、強めにブラッシングするだけでも、不安をあおるみたいに抜け落ちて死んでいくのだ。
瞼を閉じて、手で顔をもんだ。明日のことに、ゆっくりと考えを巡らしていった。
いよいよ明日、高橋三枝子さんを説得すると決めた。
復習がてらに、二人が散歩するコースを思い出してみる。二人はアパートを出たあと大きい通りに抜けると、東の方角にある本牧山頂公園を目指す。そこの散歩道を半周ほど回ってから、同じルートをたどって帰路につく。
接触を試みる場所は、高台にある散歩道の中央付近を選定した。
私たち三人に加えて娘の梓さんを呼んでいるため、広い場所が望ましいのが理由のひとつ目。ふたつ目は、アパートに押しかけて、もし警戒心を抱かせてしまった場合、会ってもらえない可能性があるからだ。
たぶん、チャンスは一度しかない。失敗は絶対に許されない。
二人が、いつどうやって死ぬのかはもはや大した問題ではない。自殺しようという考えそのものを改めさせない限り、二人を救い出す手立てはないのだから。
三枝子さんは、私の声に耳をかたむけてくれるだろうか。
娘である梓さんがきてくれるかどうかに、成否が大きく左右されそうだ。
「……」
出し抜けに思った。私、結構とんでもないことをしているな、と。
去年までは、寿命一年の人物を見かけても見てみぬふりばかりをしてきた。深く関わり合いになればなるほど、救えなかったときのショックが大きくなることを知っていたから。
それがどうだ。
小学生の男の子の命を救い、見ず知らずの高橋さん親子を救おうと奔走している。
すべては、先輩と出会ったからなんだ。
彼の姿を見て、屋上まで駆け上がったあの日から、私は明白に変われた。心の中で彼の存在がどんどん大きくなっていって、先輩を救うために行動を共にするようになって、気がつけばいろいろと手助けをされている。
本当に、お人よしというか――変な人だと思う。
明日、三枝子さんに声がけをしたとき、妙な顔をされないだろうか? 死因は本当に自殺なのか? 等々不安は尽きない。それなのに、不思議と心は凪いでいた。大丈夫だと思えるようになっていた。私の能力を理解して、受け入れて、行動を共にしてくれる仲間が今はいるから。
ちゃぽん、とお湯の中に半分だけ顔を沈めた。
* * *
翌日の天気は、あいにくの曇天だった。
厚い雲が太陽を隠して、一筋の光も差し込まない。空までが、私の不安をあおっているようだ。
身震いしてしまうような冷たい風が吹きつける中、私は今泉先輩と二人で、本牧山頂公園の散歩道にいた。
二人がアパートを出たとの連絡が明日香ちゃんから届いてからすでに十分。私の見立てでは、もう間もなく二人の姿が見えてくるはずだった。
ジョギングをしている男性が通りすぎていく。その後ろから、自転車を漕いでいる女の子の姿が見えてきた。
「ごめん、遅くなった」
私たちの側までやってくると、明日香ちゃんが自転車をターンさせて急停止した。
「あれ、梓さんは?」
明日香ちゃんの質問に、先輩が首を横に振った。
「残念ながら、まだきていないね。まだ、というか、そもそもこないのかもしれないけれど」
「しょうがないよ。きてくれたら儲けもの、くらいに考えていたし」
そう相槌を打つが、落胆は禁じ得ない。実の娘がきてくれたなら、どんなに心強かっただろうか。
「そっかあ」と答えた明日香ちゃんの声は、一方で淡々としている。
「あと十分もしたら見えてくるかな?」
「たぶんね」
先輩が、散歩道を歩いている人の姿を注視していた。私も彼に倣う。
もっとも、車椅子を押して歩いている二人の姿は目立つため、万が一にも見逃さないだろうけど。
散歩道のかたわらに置いてある石造りのベンチに座って、二人の到着を待ち続ける。ふと肌寒さを感じて、制服の上から羽織っていたパーカーの前をかき合わせた。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。続く沈黙に、段々と息苦しくなってくる。
五分。
十分。
十五分。
「ねえ」「なあ」
明日香ちゃんと先輩の声が同時に上がった。
「さすがにおかしくないか」
明日香ちゃんが譲ったことで、先輩だけが二の句を紡いだ。
確かにおかしい。スマホを取り出して、時間を確認してみる。
明日香ちゃんから二人がアパートを出た連絡をもらってからすでに二十五分。私の見立てよりも、十分近く到着が遅れていた。寄り道をしているだけだろうか。そうだったらいい。本当に、そうだろうか。
「うん、確かにちょっと遅い。でも、もう少し待ってみようよ──」
「それでいいの?」
被せられた声にハッとすると、先輩が食い入るように私の顔を見ていた。
「でも、待つ以外に方法がないじゃないですか」
「たとえば、二人が自殺するのが今日だったとしたら?」
「え?」
「加護はさ、二人が自殺を決意するのが、今日じゃないという根拠はあるの?」
今日、死ぬ? 言葉の意味をかみしめて、心に戦慄が走る。
「根拠なんて、あるわけないです……。まさか? え、どうすればいいのかな?」
天地が引っ繰り返るような感覚。足元がおぼつかなくなってしゃがみ込むと、私の肩に先輩が手を置いた。
「落ち着け、加護。仮にそうだったとしても、俺たちは三人いるんだ。手分けして探せばまだ間に合う」
「横浜市中区にある橋」
明日香ちゃんがスマホの画面をタップしながら、ぼそっと呟いた。
「なに、それ」
「自殺の多い場所を調べてるの。ホントはこんなの、調べたくはないけど……」
整った眉根を寄せつつも、彼女はなおも検索を続けていく。
「そっか……、この本牧公園も、結構自殺のあった場所があるのね。満坂口の階段の上。山頂付近にある広場の茂み。林道。本牧神社口。うわあ……多すぎてこれじゃしぼり込めない」
「中区か、ちょっと遠いな。しかし、彼女らがバスを利用して向かったとすれば……。ありえなくはないか」
シャツの袖口をまくって、先輩が腕時計を確認した。
「今日だと断定はできないが、可能性は全部潰したほうがいい。じゃあ、その橋には俺がタクシーでも拾って向かってみる。俺だけ歩きなのだから、そうしたほうがいいだろう」
彼の言葉に、うん、と明日香ちゃんが頷いた。
「じゃあ私は、今スマホで確認した情報を頼りに、公園内を探し回ってみるね。まっかせてー。こう見えても脚力には自信あるからさ」
自転車にまたがりながら、明日香ちゃんが不安を吹き飛ばすように拳を握る。
「それと、咲夜」
「あ、うん」
「咲夜は高橋さんのアパートに戻ってみて。彼女らの散歩のコース、把握しているんでしょ? 行き違いにならないよう、コースを逆にたどるようにしてさ」
「わかった」
私が自転車に跨ったのを確認して、先輩が総括する。
「んじゃ、高橋さん親子が見つかったら、必ず連絡を入れること。それと、結果がどうだったとしても、十六時までには各自一報を入れること。それでオーケーかな?」
「りょーかい!」「わかりました」
私と明日香ちゃんの返事を合図に、三人は別々の方角に走り始めた。
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