痴漢を捕まえたら女の子だったので、好きに触らせてみた結果、私が百合にハマった話。

木立 花音

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第三章「愛と葛藤の深化 」

【夏の海辺でのハプニング(1)】

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 午後の柔らかな陽光が水面で煌めき、波の音が静かに響く。遠くで子どもたちの笑い声が弾け、空ではカモメが鳴いていた。
 東京近郊の夏の浜辺。りのと私は、人けを避けるように、浜辺の端に二人で立っていた。

『今度の休みに、どこか一緒に出かけませんか?』という彼女の懇願を受け入れた。

 りのが抱えている諸問題――レズという噂で傷付いた心や、先日あったすれ違いを思うと、これ以上彼女の孤立を深めるわけにはいかなかった。
 海を選んだのに特別な理由はない。買い物に食事、無難な選択肢はいくつもあったが、近場だと知人に目撃されるリスクがある。私は一応教師だ。他校の生徒と一緒のところを目撃され、根も葉もない噂が立つのは避けたかった。
 なんて、いろいろ理由を並べてみたが本当にそれだけ?
 揺れるこの胸の奥にある「答え」から、目を背けている自覚はあった。
 私が選んだのは黒のワンピースの水着。シンプルなデザインながら、体のラインがはっきりと浮かび、少し恥ずかしい。りのは、紺色のシャツのようなトップスと、ハイウエストのショートパンツを組み合わせたビキニ姿。ボトムはショーツ型ではないので露出は控えめだ。
 それでも、足細いなとか肌白いなとか、太ももの痣が見えないかとかいろいろ思った。
 手と足の爪に、ラメが入ったピンク色のネイルが塗ってある。気合いが入っているな。

「あんまり見ないでください」
「あ、ごめん」と目を逸らす。

 りのは恥じるように自分の身体を抱いた。控え目なデザインの水着を選んだ理由を察しているだけに、気になるとはいえじろじろ見すぎたと反省する。

「その水着、似合ってるね」
「……そうですか? 地味なデザインなので、あんまり好きじゃないです」
「そう? 可愛いと思うけど」

 デザインに制約がある理由が理由だけに、内心複雑だろうな。

「……ありがとうございます」
「でも、ここあんまり人いないね。穴場なのかな?」

 数キロにわたる砂浜に、ビーチパラソルがぽつぽつと立っている。レジャーシートを広げてバーベキューを楽しんでいるグループ、家族連れの姿もあるが、休日にしては人の姿がまばらだ。

「そうですね。私も人が多いところは避けたかったから、穴場を調べてここにしたんです」
「そっか」

 りのは決して社交的なほうじゃない。大勢の人がいる場所は精神的に過負荷だろうし、人混みを避けるのは必然だ。いみじくも、私たちの希望は合致していたわけだ。
 持ってきた小さなパラソルを砂浜に刺して、ビーチマットにタオルを敷いて腰を下ろした。りのも隣に座る。
「今日は触らなくても大丈夫?」と軽くからかうと、彼女は微妙な顔で笑った。

「平気です。詩さんは触ってほしいんですか? 触ってほしいなら触りますよ」
「なに、その質問?」

 りのが両手をわきわきさせる。自分で振っておいてなんだが、どう返すのが正解だろうな。

「いや、どっちでもいいかな」
「じゃ、このままでいいですね」
「適度な触れ合いでね」

 便乗して釘を刺すと、りのが頬を膨らませた。少々面白くなかったようだ。
 海を見つめているりのの横顔を眺める。綺麗な子だ。肌は白くてきめ細かいし、鼻が高くてまつ毛が長い。唇は薄く、顎は細く、体つきは華奢なのに身体の線は実に女性的だ。私より背が低いのに、胸は私より大きい。

「ねえ……何か付いてます?」

 りのがこっちを見たので、「いや、なんでもない」と慌ててそっぽを向いた。
 海風が髪を揺らす。磯の香りが肌にまとわりつく。

「海って、何して遊ぶものなんでしょうね?」
「出かけたいって言ったのは、りのでしょ?」
「そうなんですけど……私、友だちと出かけたことあんまりなくて。何していいかわからないんですよ。それに、海に来るつもりじゃなかったし」
「ああ……」

 海を提案したのは私だったか。もしかしたら、もしかすると、彼女はこの日のためにこの水着を準備したのだろうか。そんなことを考えて、心が落ち着かなくなる。寄せては返す、波のように。

「私も、友だちと出かけたことないよ」
「そうなんですか?」

 りのは意外そうにこちらを見た。うん、と私は頷く。

「意外です。養護教諭をしていて、いつもたくさんの人に囲まれているのでしょうし、てっきり経験豊富なのかと……」
「経験豊富って表現おかしくない? まあ、それはいいけど、誤解だよ、それは。私は別に人気者じゃないし、人付き合いがうまいほうでもないしね」
「サーフィンとか」
「……?」

 飛躍した話題に、なんのことかとしばし考える。カモメの鳴き声が、思考と陽光を引き裂いた。

「海でする遊びのことね。急に言うからびっくりしたよ。……サーフィンなんてできるの?」
「できません」
「せめてできるものにしようか」
「ビーチバレーとか」
「人数が足りないね。シンプルに」
「ラリーだけするとか」
「……それって面白い? というかできるの?」
「できません」
「せめてできるものにしようか」
「じゃあ、釣りは」
「海でする娯楽だけど、海水浴場でするやつじゃないね」
「じゃあ無難に砂の城作りにしましょう。トンネルを掘るとか」
「子どもから大人まで夢中になれるね」

 私が肩をすくめて、りのはくすりと笑って目を細めた。「冗談ですよ」と言って両手を後ろにつき、空を見上げた。

「全部、冗談です」

 かと思えばすっくと立ち上がり、サンダルを脱いで駆け出した。

「どうするの?」
「泳ぎましょう!」
「それがシンプルでいいね。……泳げないけど」
「泳げないんですか?」

 見下ろしているりのの目が丸くなる。教師なのに、と思っているのだろう。

「体育教師じゃないからね」

 舌をぺろりと出して、私は腰を浮かせた。

 りのは波打ち際まで全速力で駆けていった。意外と足が速い。
 足が波に触れる寸前で立ち止まり、こちらに振り返る。

「気持ちいいよ! ほら!」

 そう叫んで水を蹴り上げる。水飛沫が陽光に煌めき、宙を舞う。両手で水をすくって私にかけようとしたので、軽く身をかわした。「ひどい!」と彼女は頬を膨らませて笑う。

「早く、詩さん! こっち!」

 無邪気に手招きするりのの側に寄って、お返しにと波を蹴り上げた。何度か水をかけ合い、笑い声が弾ける。
「楽しい?」と訊ねると、彼女は目を輝かせて頷いた。

「うん、めっちゃ楽しい!」

 むせ返るような笑顔が、胸に刺さる。

「そう、よかった」

 水遊びはだんだんと熱を帯びていく。りのが波打ち際で軽やかにステップを踏み、「詩さん、逃げないで!」と笑いながら水をすくってくる。私は「負けないよ!」と応戦し、波を蹴ってキラキラのしぶきを返す。りのの笑い声が波の音と混ざり、浜辺に響き合う。
 それなのに、胸の奥では何かがくすぶっていて、この瞬間を切り取って楽しめない。彼女は無邪気に笑っているのに、自分の笑みは引きつっているようだ。誰かに見られるかもと、不安になっているのか。

「ほら、もっと!」

 りのが両手で水をすくおうとしたとき、大きな波に足を取られて彼女がバランスを崩した。

「わっ!」
「危ない!」

 咄嗟に手を伸ばして支えようとしたが、砂の柔らかさに足が沈んで支えきれない。りのに押し倒される格好で波打ち際に尻もちをついた。冷たい波がザザッと押し寄せ、身体を濡らす。
 りのは私の足の間に倒れ込んだが、手をつきなんとか転倒は免れた。ところが――。
 私の足の間。股間のすぐ側に、りのの鼻先があった。
 布地越しに感じる彼女の吐息がくすぐったい。
 時が止まったみたいに、りのが私の身体を間近で見ている。
 ダメだよこんなの、ダメダメ!

「り、りの? 大丈夫?」

 手を差し伸べると、我に返ったようにりのが視線を上げた。
 頬は上気していて、瞳が熱っぽく潤んでいた。波に濡れた唇と、額に張り付いた前髪が色っぽい。

「ご、ごめんなさい!」

 飛びのくように私から離れ、りのは膝を綺麗に整えて正座した。

「気にしないで。事故だから」

 笑って誤魔化そうとするけれど、頬は火照っているし、心臓はドキドキと高鳴っている。私も砂浜に座り直し、息を整えた。

「詩さん。顔、真っ赤ですよ」
「そりゃ、女同士でも恥ずかしいものは恥ずかしいからね。そう言うりのだって、真っ赤だよ」
「そ、そうですかね?」

 りのは両手で頬を押さえて俯く。

「だって……。なんかドキドキしたんだもん」

 ぽつりと呟いたその声が、波の音に混ざって胸の奥に響く。さっきのハプニングの感触が頭のどこかに残っていて、なんだか落ち着かない。

「そろそろ戻りますか」
「うん、そうだね」

 立ち上がってお尻の砂を払う。りのはというと、両手で顔を覆っていて、髪の隙間から覗く耳が真っ赤だ。

「手、繋ごうか?」

 声をかけると、りのは無言で頷き手を差し出してくる。握った手は少し冷たかったが、そのうちにじんわりと温かくなった。
 手をつないで波打ち際を歩く。りのは私の顔を見上げて、首を傾げた。
 だからその角度で私を見るなってば……。
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