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第三章「捜査の突破口」
【価値が揺らいだ瞬間】
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「ねえ、私、赤ちゃんが欲しいの」
千歳の突然の発言に、龍人は何度か瞳を瞬かせた。
「は? なんで?」
それは予想外の発言だったのか、龍人は思わず聞き返していた。寝室は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが光源だった。薄暗がりでは千歳の顔はよく見えないが、瞳に翳りが差している気がして、龍人は胸にざわめきを感じた。
「……急に何だよ」
「急じゃないわ。ずっと考えていたの」
龍人は言葉に詰まった。「いや、でもさ……俺、子どもってあんまり好きじゃないし」と口にした瞬間、しまった、と思った。千歳との子どもを拒むように聞こえかねない。彼女がなぜこんなことを言い出したのか、龍人にはわかっていた。千歳は早く欲しいのだ。どんなことがあっても切れない、彼との強固な関係の糸を。
龍人も千歳と一緒になりたい気持ちは同じだった。だが、今の生活に十分幸せを感じているのに、わざわざそれを変えていく必要があるのか? 結婚して子どもができたら、そこが終着点になってしまう。そんな人生、味気ないじゃないか。
「……なあ、千歳。俺たちまだ結婚もしてないだろ。だからさ」
子どもができたら、蓮音は俺に嫉妬しなくなる。それじゃ、つまらない。
「そう……そうだね」
千歳は悄然と口を閉ざした。下着だけを身にまとっている彼女の肌は、月明かりに照らされて白く輝いて見えた。
「それに、もうちょっとお金を貯めてからのほうがいいかなって……」
「……わかった」
千歳はそれだけ呟くと黙り込んだ。重い沈黙がしばらく流れた。耐えかねたように千歳がベッドを離れようとしたそのとき、龍人が彼女の手首をつかんだ。
「なあ、千歳」
「なに?」
二人は向き合う格好になった。月明かりに浮かび上がる千歳の姿は、まるで精巧に作られた人形のように美しい。蓮音が『これ』を欲しがる気持ちが、とてもよくわかる。
「好きだよ」
龍人は千歳引き寄せ、耳元で囁いた。風呂上りの甘い香りが千歳からした。蓮音もこの匂いに惹かれるのだろうか、と頭の片隅でぼんやりと思う。
「……どうしたの?」
突然の行動に驚いたのか、千歳は珍しく動揺を見せた。その反応が愛らしくて、龍人は彼女の唇を塞いだ。舌を絡めると、千歳は「んっ」と声を漏らした。下着越しに胸をまさぐっても、彼女は抵抗しなかった。
「いいよね?」
「……うん」
千歳は恥ずかしそうに目を伏せる。その仕草がいじらしくて、龍人は再び彼女の唇を奪った。今度は深く、貪るように。千歳は息苦しそうにしながらも、懸命に応えてくれていた。その健気さが愛おしく、龍人は強く彼女を抱きしめた。
ベッドに倒れ込み、龍人が上になると、千歳は潤んだ瞳で彼を見上げた。彼女は自ら下着を脱ぎ、龍人はそれを手伝ってやる。一糸まとわぬ姿になった千歳の白い肌は、血管が透けて見えそうなほどだ。それはどこか神々しくて、龍人は見惚れてしまう。
「お前と俺の子どもだったらさ、めっちゃ可愛いかな?」
「……え……?」
「俺、子どもは苦手だけど、俺たちの子なら愛せるのかなって」
千歳は目を大きく見開いた。開いた瞳に涙が溜まっていく。
「本気で言ってるの……?」
震えているその声を聞き、龍人は千歳が泣いていることに気が付いた。
「え、なんで泣いてるんだよ」
「だって……だって……」
「俺なんか変なこと言ったか?」
千歳は首を左右に振って否定する。涙で濡れた顔をほころばせた。
「だって……嬉しいんだもん……」
千歳の笑顔に、龍人は自分の言葉が間違っていなかったと安堵した。だが、同時に不安が胸を刺した。本当に、千歳と子どもを持つことが正しい選択なのだろうかと。
龍人は彼女を抱き寄せた。「俺、本当にお前のこと愛してる」と心から言ったつもりだった。なのに、胸の奥にちくりと刺さる違和感が、言葉を濁らせた。
子どもを作ろう――そう決意したときの、名状しがたい不安の正体がわからないまま、龍人は千歳と肌を重ねた。子が生まれ、その温もりを抱けば、この痛みは消えるはずだと信じた。だが、それはあまりにも甘い幻想だった。
月日が流れても、千歳の体に新しい命が宿ることはなかった。
入沢龍人は独占欲の塊だった。独占欲は、老若男女問わず誰でも持っているものだが、龍人はこれが人一倍強い。独占欲は生きるための原動力になるが、強すぎる独占欲は時としてトラブルを招く。
独占欲の源泉は双子の弟・蓮音の存在かもしれない。常に蓮音を意識し、超えたいと願っていた。あらゆる面で自分が優れてはいたものの、いくつか劣る部分があることを、同時に認めてもいた。
千歳を妊娠させられなかったこと。それは、龍人の「自分」の価値を静かに、だが確実に揺さぶった。自分の「劣っている面」が、改めて一つ浮き彫りになったことで。
「その……ごめんね」
千歳は申し訳なさそうに視線をそらす。龍人は何も言えず、彼女の横顔をただ見つめた。彼女はひどく落ち込んでいる様子だったが、それはそうだろうと他人事のように思う。自分が蒔いた種なのだから。
「……で、どうするんだよ?」
「どうするって?」
「子どもだよ」
「できないものは仕方ないじゃない……」
千歳は小さくため息をつき、うなだれた。悲しげな彼女を、龍人は抱きしめたかった。だが、体が動かなかった。
独占欲が強い人の特徴に、プライドが高い。相手に対する依存心が強いなどがある。龍人は、自分の中に千歳に対する強い執着があることを自覚せずにはいられなかった。蓮音に大して抱いている劣等感を埋めるため、千歳が必要だったのだ。
しかし、千歳が妊娠できなかった理由は、龍人の側にあったのだ。すべて。
それが気に入らなかった。だから彼は逃げた。千歳の視界と生活の中に、蓮音の影がちらつき始めたのを契機に。
* * *
千歳の突然の発言に、龍人は何度か瞳を瞬かせた。
「は? なんで?」
それは予想外の発言だったのか、龍人は思わず聞き返していた。寝室は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが光源だった。薄暗がりでは千歳の顔はよく見えないが、瞳に翳りが差している気がして、龍人は胸にざわめきを感じた。
「……急に何だよ」
「急じゃないわ。ずっと考えていたの」
龍人は言葉に詰まった。「いや、でもさ……俺、子どもってあんまり好きじゃないし」と口にした瞬間、しまった、と思った。千歳との子どもを拒むように聞こえかねない。彼女がなぜこんなことを言い出したのか、龍人にはわかっていた。千歳は早く欲しいのだ。どんなことがあっても切れない、彼との強固な関係の糸を。
龍人も千歳と一緒になりたい気持ちは同じだった。だが、今の生活に十分幸せを感じているのに、わざわざそれを変えていく必要があるのか? 結婚して子どもができたら、そこが終着点になってしまう。そんな人生、味気ないじゃないか。
「……なあ、千歳。俺たちまだ結婚もしてないだろ。だからさ」
子どもができたら、蓮音は俺に嫉妬しなくなる。それじゃ、つまらない。
「そう……そうだね」
千歳は悄然と口を閉ざした。下着だけを身にまとっている彼女の肌は、月明かりに照らされて白く輝いて見えた。
「それに、もうちょっとお金を貯めてからのほうがいいかなって……」
「……わかった」
千歳はそれだけ呟くと黙り込んだ。重い沈黙がしばらく流れた。耐えかねたように千歳がベッドを離れようとしたそのとき、龍人が彼女の手首をつかんだ。
「なあ、千歳」
「なに?」
二人は向き合う格好になった。月明かりに浮かび上がる千歳の姿は、まるで精巧に作られた人形のように美しい。蓮音が『これ』を欲しがる気持ちが、とてもよくわかる。
「好きだよ」
龍人は千歳引き寄せ、耳元で囁いた。風呂上りの甘い香りが千歳からした。蓮音もこの匂いに惹かれるのだろうか、と頭の片隅でぼんやりと思う。
「……どうしたの?」
突然の行動に驚いたのか、千歳は珍しく動揺を見せた。その反応が愛らしくて、龍人は彼女の唇を塞いだ。舌を絡めると、千歳は「んっ」と声を漏らした。下着越しに胸をまさぐっても、彼女は抵抗しなかった。
「いいよね?」
「……うん」
千歳は恥ずかしそうに目を伏せる。その仕草がいじらしくて、龍人は再び彼女の唇を奪った。今度は深く、貪るように。千歳は息苦しそうにしながらも、懸命に応えてくれていた。その健気さが愛おしく、龍人は強く彼女を抱きしめた。
ベッドに倒れ込み、龍人が上になると、千歳は潤んだ瞳で彼を見上げた。彼女は自ら下着を脱ぎ、龍人はそれを手伝ってやる。一糸まとわぬ姿になった千歳の白い肌は、血管が透けて見えそうなほどだ。それはどこか神々しくて、龍人は見惚れてしまう。
「お前と俺の子どもだったらさ、めっちゃ可愛いかな?」
「……え……?」
「俺、子どもは苦手だけど、俺たちの子なら愛せるのかなって」
千歳は目を大きく見開いた。開いた瞳に涙が溜まっていく。
「本気で言ってるの……?」
震えているその声を聞き、龍人は千歳が泣いていることに気が付いた。
「え、なんで泣いてるんだよ」
「だって……だって……」
「俺なんか変なこと言ったか?」
千歳は首を左右に振って否定する。涙で濡れた顔をほころばせた。
「だって……嬉しいんだもん……」
千歳の笑顔に、龍人は自分の言葉が間違っていなかったと安堵した。だが、同時に不安が胸を刺した。本当に、千歳と子どもを持つことが正しい選択なのだろうかと。
龍人は彼女を抱き寄せた。「俺、本当にお前のこと愛してる」と心から言ったつもりだった。なのに、胸の奥にちくりと刺さる違和感が、言葉を濁らせた。
子どもを作ろう――そう決意したときの、名状しがたい不安の正体がわからないまま、龍人は千歳と肌を重ねた。子が生まれ、その温もりを抱けば、この痛みは消えるはずだと信じた。だが、それはあまりにも甘い幻想だった。
月日が流れても、千歳の体に新しい命が宿ることはなかった。
入沢龍人は独占欲の塊だった。独占欲は、老若男女問わず誰でも持っているものだが、龍人はこれが人一倍強い。独占欲は生きるための原動力になるが、強すぎる独占欲は時としてトラブルを招く。
独占欲の源泉は双子の弟・蓮音の存在かもしれない。常に蓮音を意識し、超えたいと願っていた。あらゆる面で自分が優れてはいたものの、いくつか劣る部分があることを、同時に認めてもいた。
千歳を妊娠させられなかったこと。それは、龍人の「自分」の価値を静かに、だが確実に揺さぶった。自分の「劣っている面」が、改めて一つ浮き彫りになったことで。
「その……ごめんね」
千歳は申し訳なさそうに視線をそらす。龍人は何も言えず、彼女の横顔をただ見つめた。彼女はひどく落ち込んでいる様子だったが、それはそうだろうと他人事のように思う。自分が蒔いた種なのだから。
「……で、どうするんだよ?」
「どうするって?」
「子どもだよ」
「できないものは仕方ないじゃない……」
千歳は小さくため息をつき、うなだれた。悲しげな彼女を、龍人は抱きしめたかった。だが、体が動かなかった。
独占欲が強い人の特徴に、プライドが高い。相手に対する依存心が強いなどがある。龍人は、自分の中に千歳に対する強い執着があることを自覚せずにはいられなかった。蓮音に大して抱いている劣等感を埋めるため、千歳が必要だったのだ。
しかし、千歳が妊娠できなかった理由は、龍人の側にあったのだ。すべて。
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