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第20話 67.2歳を越えた日
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第20話 67.2歳を越えた日
朝の空気は、少し湿っていた。
窓を開けると、春の風がゆっくり部屋に入ってくる。
遠くで電車の音がする。
ゴトン、ゴトン。
恒一は炊飯器の蓋を開けた。
湯気がふわりと立つ。
米の甘い匂い。
「……うまそうだな」
しゃもじでほぐす。
白い粒が光る。
味噌汁の鍋からは、だしの匂いが漂っていた。
トントン。
ドアを叩く音。
「おじさん!」
恒一は笑う。
「開いてるぞ」
ドアが開く。
晴斗が顔を出す。
ランドセルを背負ったまま。
「いい匂い!」
恒一は言う。
「朝飯」
晴斗が台所を覗き込む。
「卵焼き?」
「今日は自信ある」
フライパンの上で卵が焼ける。
ジュッ。
少し甘い匂い。
晴斗が聞く。
「なんで今日そんな豪華なの?」
恒一は箸を置く。
少し笑う。
「誕生日だからな」
晴斗が目を丸くする。
「おじさんの?」
「そう」
「何歳?」
恒一は言う。
「六十七」
晴斗が少し考える。
「……普通」
恒一は吹き出す。
「普通か」
晴斗が言う。
「でもおじさん」
「ん?」
「まだ死なないよね」
恒一は一瞬止まる。
それから笑う。
「当たり前だ」
皿に卵焼きを乗せる。
少しだけ焦げ目。
だが形は整っている。
「ほら」
晴斗が箸を取る。
一口食べる。
もぐもぐ。
「うまい!」
恒一は聞く。
「ほんとか」
晴斗は頷く。
「うん!」
真由がドアのところで笑う。
「お邪魔してます」
恒一は言う。
「いいですよ」
三人で小さなテーブルに座る。
味噌汁の湯気。
米の匂い。
春の光が窓から差す。
真由が聞く。
「今日はお休みですか?」
恒一は頷く。
「誕生日休暇」
真由が笑う。
「そんなのあるんですか」
恒一は肩をすくめる。
「俺が勝手に作った」
晴斗が聞く。
「何するの?」
恒一は少し考える。
それから言う。
「ハーレー乗る」
晴斗の目が光る。
「いいな!」
真由が笑う。
「まだ乗ってるんですね」
恒一は頷く。
「たまにな」
味噌汁をすする。
温かい。
胸の奥が少し落ち着く。
ふと、昔の数字が頭をよぎる。
**67.2**
未婚男性の死亡中央値。
恒一は箸を止める。
晴斗が聞く。
「どうしたの?」
恒一は笑う。
「いや」
少し空を見る。
「ちょっと思い出してた」
晴斗が言う。
「何を?」
恒一は答える。
「昔、俺」
「67.2歳で死ぬと思ってた」
晴斗が首をかしげる。
「なんで?」
「統計」
晴斗は言う。
「統計って何」
恒一は笑う。
「大人がよく信じる数字」
晴斗は真顔で言う。
「でも」
「ん?」
「俺、百歳って言ったよ」
恒一は笑う。
「言ったな」
晴斗が箸を振る。
「約束!」
恒一は言う。
「覚えてる」
真由が微笑む。
「子どもって強いですね」
恒一は頷く。
「ほんとだ」
朝の光がテーブルを照らす。
卵焼きの黄色が少し光る。
恒一は箸を置く。
それからゆっくり言う。
「67.2歳」
晴斗が聞く。
「なにそれ」
恒一は笑う。
「俺が怖がってた数字」
晴斗が言う。
「でも今」
恒一は頷く。
「越えた」
静かな風が窓から入る。
カーテンが揺れる。
遠くで子どもの声。
自転車のベル。
恒一は深く息を吸う。
春の空気。
草の匂い。
生きている匂い。
恒一は小さく言う。
「……悪くないな」
晴斗が聞く。
「なにが?」
恒一は笑う。
「六十七歳」
晴斗は卵焼きをもう一つ食べる。
「おいしい」
恒一は頷く。
「ああ」
そして思う。
67.2は終わりの数字じゃなかった。
ただの通過点だった。
窓の外の空は高い。
恒一は言う。
「さて」
晴斗が聞く。
「どこ行くの?」
恒一は帽子を取る。
「海」
晴斗が笑う。
「また?」
恒一は笑う。
「まただ」
人生はまだ続いている。
そして今日も、
卵焼きは少しずつ上手くなっていた。
朝の空気は、少し湿っていた。
窓を開けると、春の風がゆっくり部屋に入ってくる。
遠くで電車の音がする。
ゴトン、ゴトン。
恒一は炊飯器の蓋を開けた。
湯気がふわりと立つ。
米の甘い匂い。
「……うまそうだな」
しゃもじでほぐす。
白い粒が光る。
味噌汁の鍋からは、だしの匂いが漂っていた。
トントン。
ドアを叩く音。
「おじさん!」
恒一は笑う。
「開いてるぞ」
ドアが開く。
晴斗が顔を出す。
ランドセルを背負ったまま。
「いい匂い!」
恒一は言う。
「朝飯」
晴斗が台所を覗き込む。
「卵焼き?」
「今日は自信ある」
フライパンの上で卵が焼ける。
ジュッ。
少し甘い匂い。
晴斗が聞く。
「なんで今日そんな豪華なの?」
恒一は箸を置く。
少し笑う。
「誕生日だからな」
晴斗が目を丸くする。
「おじさんの?」
「そう」
「何歳?」
恒一は言う。
「六十七」
晴斗が少し考える。
「……普通」
恒一は吹き出す。
「普通か」
晴斗が言う。
「でもおじさん」
「ん?」
「まだ死なないよね」
恒一は一瞬止まる。
それから笑う。
「当たり前だ」
皿に卵焼きを乗せる。
少しだけ焦げ目。
だが形は整っている。
「ほら」
晴斗が箸を取る。
一口食べる。
もぐもぐ。
「うまい!」
恒一は聞く。
「ほんとか」
晴斗は頷く。
「うん!」
真由がドアのところで笑う。
「お邪魔してます」
恒一は言う。
「いいですよ」
三人で小さなテーブルに座る。
味噌汁の湯気。
米の匂い。
春の光が窓から差す。
真由が聞く。
「今日はお休みですか?」
恒一は頷く。
「誕生日休暇」
真由が笑う。
「そんなのあるんですか」
恒一は肩をすくめる。
「俺が勝手に作った」
晴斗が聞く。
「何するの?」
恒一は少し考える。
それから言う。
「ハーレー乗る」
晴斗の目が光る。
「いいな!」
真由が笑う。
「まだ乗ってるんですね」
恒一は頷く。
「たまにな」
味噌汁をすする。
温かい。
胸の奥が少し落ち着く。
ふと、昔の数字が頭をよぎる。
**67.2**
未婚男性の死亡中央値。
恒一は箸を止める。
晴斗が聞く。
「どうしたの?」
恒一は笑う。
「いや」
少し空を見る。
「ちょっと思い出してた」
晴斗が言う。
「何を?」
恒一は答える。
「昔、俺」
「67.2歳で死ぬと思ってた」
晴斗が首をかしげる。
「なんで?」
「統計」
晴斗は言う。
「統計って何」
恒一は笑う。
「大人がよく信じる数字」
晴斗は真顔で言う。
「でも」
「ん?」
「俺、百歳って言ったよ」
恒一は笑う。
「言ったな」
晴斗が箸を振る。
「約束!」
恒一は言う。
「覚えてる」
真由が微笑む。
「子どもって強いですね」
恒一は頷く。
「ほんとだ」
朝の光がテーブルを照らす。
卵焼きの黄色が少し光る。
恒一は箸を置く。
それからゆっくり言う。
「67.2歳」
晴斗が聞く。
「なにそれ」
恒一は笑う。
「俺が怖がってた数字」
晴斗が言う。
「でも今」
恒一は頷く。
「越えた」
静かな風が窓から入る。
カーテンが揺れる。
遠くで子どもの声。
自転車のベル。
恒一は深く息を吸う。
春の空気。
草の匂い。
生きている匂い。
恒一は小さく言う。
「……悪くないな」
晴斗が聞く。
「なにが?」
恒一は笑う。
「六十七歳」
晴斗は卵焼きをもう一つ食べる。
「おいしい」
恒一は頷く。
「ああ」
そして思う。
67.2は終わりの数字じゃなかった。
ただの通過点だった。
窓の外の空は高い。
恒一は言う。
「さて」
晴斗が聞く。
「どこ行くの?」
恒一は帽子を取る。
「海」
晴斗が笑う。
「また?」
恒一は笑う。
「まただ」
人生はまだ続いている。
そして今日も、
卵焼きは少しずつ上手くなっていた。
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