『年金15万円と線維筋痛症 ― 動けない老後』

かおるこ

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第6話 生活費の計算

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第6話 生活費の計算

午後の光が、古いテーブルの上に斜めに差し込んでいた。

窓の外では風が吹いていて、カーテンがゆっくり揺れている。遠くから子どもたちの笑い声が聞こえ、どこかの家の夕飯の匂いが、かすかに流れてきた。

陽子はテーブルに座り、目の前の紙をじっと見ていた。

白いメモ帳。
その上に書かれた数字。

**13万円**

年金の手取り額。

陽子はボールペンをくるくる回しながら、小さくつぶやいた。

「十三万かぁ……」

ため息が漏れる。

「まあ、もらえるだけありがたいのよね」

そう言ってみる。

でも、胸の奥が少し重い。

メモ帳の横には、電卓が置いてあった。
古い電卓で、ボタンを押すとカチカチと乾いた音がする。

陽子は電卓を指で押した。

カチ。

「まず家賃」

メモ帳に書く。

**58,000円**

「五万八千円」

少し考えて、苦笑した。

「安いほうなのよね、これでも」

東京に住んでいる友人が言っていた。

「六万なんて安いよ」

「八万とか普通だよ」

でも。

陽子にとっては、大きな金額だった。

電卓を叩く。

130,000 - 58,000

表示された数字を見て、陽子は言った。

「……七万二千」

ペンを止める。

「七万か」

小さく息を吐いた。

「ここから生活費」

メモ帳に書く。

食費。

陽子は少し考えた。

「三万……かな」

前はもう少し使っていた。

でも今は節約している。

パンと卵。
安い野菜。
特売の豆腐。

「三万でいける……はず」

そう言って、数字を書く。

30,000

電卓を押す。

72,000 - 30,000

**42,000**

陽子はその数字を見て言った。

「四万二千」

少しだけ安心した顔になる。

「まだ四万ある」

窓の外で車が通り過ぎる。

ゴォ……という音。

その音を聞きながら、陽子は次の言葉をつぶやいた。

「光熱費」

冬は高い。

夏も高い。

電気代。
ガス代。
水道代。

陽子は指を折った。

「一万五千くらいかな」

メモ帳に書く。

15,000

電卓。

42,000 - 15,000

**27,000**

陽子はしばらく黙った。

「二万七千」

その数字が、急に小さく見えた。

「……あれ?」

少し首をかしげる。

「もうこんな?」

指先でメモ帳をトントン叩く。

「まだあるよね」

そう言って、小さく笑う。

「まだある」

そのとき、背中に鈍い痛みが走った。

「……あ」

思わず肩をさする。

線維筋痛症。

最近、痛みは毎日のようにある。

病院でもらった薬。

テーブルの端に、薬袋が置いてある。

陽子はそれを見た。

「……薬」

小さく言う。

「医療費」

メモ帳に書く。

病院代。
薬代。

「一万……くらいかな」

実際は月によって違う。

でも、大体それくらい。

電卓を押す。

27,000 - 10,000

**17,000**

陽子は、その数字をじっと見た。

「一万七千」

部屋が急に静かになった気がした。

遠くで犬が吠える声がする。

冷蔵庫がぶーんと低く唸っている。

陽子は、ゆっくり言った。

「一万七千……?」

その声は、少しかすれていた。

「一ヶ月で?」

電卓をもう一度押す。

同じ数字が出る。

**17,000**

「うそでしょ」

小さく笑う。

「一万七千?」

その数字の重さが、胸の奥に落ちてくる。

「これで……」

指を折る。

日用品。
洋服。
交通費。
急な出費。

「無理じゃない?」

思わず言った。

「無理よね?」

誰も答えない。

陽子は椅子にもたれた。

天井を見上げる。

白い天井。

小さな染み。

「女で年金十五万は勝ち組」

誰かが言っていた言葉を思い出す。

「いいなあ」

「老後安泰だよ」

陽子は苦笑した。

「安泰って」

小さくつぶやく。

「一万七千で?」

カーテンが揺れる。

春の風が入ってくる。

少し冷たい。

陽子は窓の外を見た。

夕方の空が、少し赤くなっている。

「……どうしようかな」

ぽつりと言う。

「働くしかないかな」

でも。

スーパーまで歩いたときのことを思い出す。

あの痛み。

あの重さ。

たった十分歩いただけで、体が悲鳴をあげた。

陽子は小さく笑った。

「働くって言ってもね」

肩をさする。

「体がこれじゃ」

テーブルの上の電卓を、そっと閉じる。

カチッという音。

それから、メモ帳を見つめる。

数字が並んでいる。

**13万円**

**58,000円**

**残り17,000円**

陽子は静かに言った。

「足りないね」

その言葉は、静かな部屋の空気の中で、ゆっくり広がっていった。

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