『年金15万円と線維筋痛症 ― 動けない老後』

かおるこ

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第7話 食費を削ると痛みが増える

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第7話 食費を削ると痛みが増える

夕方の台所は、少しひんやりしていた。

陽子は流し台の前に立ち、冷蔵庫を開けた。冷たい空気がふわっと顔に当たる。中には卵が二つ、半分残った豆腐、しなびかけたほうれん草。

「……質素ねぇ」

苦笑が漏れる。

冷蔵庫のモーターが低く唸っている。遠くでは子どもたちの声が聞こえ、どこかの家から焼き魚の香ばしい匂いが漂ってきた。

その匂いを吸い込んだ瞬間、陽子の腹が小さく鳴った。

「焼き魚かぁ」

窓の外を見る。

夕焼けの空。

「サバとか、食べたいわね」

でも、頭の中に浮かぶのはスーパーの値札だった。

「サバ一匹三百円」

小さくつぶやく。

「高いのよね」

冷蔵庫のドアを閉める。

テーブルの上には、病院でもらった薬袋がある。

リリカ。

トラムセット。

睡眠薬。

陽子は袋を軽く触った。ビニールがカサカサ鳴る。

「薬代……八千円」

椅子に座る。

テーブルの上のメモ帳には、生活費の計算が書かれている。

年金手取り
十三万円

家賃
五万八千円

残り
七万円

そこから食費、光熱費、医療費。

「足りないわよね」

陽子は小さく笑った。

「どう考えても」

そのとき、スマホがピロンと鳴った。

陽子は画面を開く。

健康記事の広告だった。

**線維筋痛症 食事で改善**

「食事?」

思わず声が出る。

画面をスクロールする。

青魚。

オメガ3脂肪酸。

野菜。

発酵食品。

「……」

陽子は声に出して読んだ。

「サバ、イワシ、アジ」

「野菜、果物」

「納豆、ヨーグルト」

「高タンパク質」

眉をひそめる。

「いいことばっかり書いてあるわね」

そのまま続きを読む。

「加工食品、砂糖、小麦を避ける」

陽子は吹き出した。

「え、パンもダメ?」

思わず笑う。

「私の朝ごはん、パンなんだけど」

少し笑ったあと、ため息が出た。

「でもまあ」

スマホを置く。

「体には良さそうよね」

そのとき、背中にじんと痛みが走った。

「……っ」

肩を押さえる。

「ほんとに痛いわね」

ソファに座り込み、しばらく目を閉じる。

最近、痛みが強くなっている気がする。

朝起きると体が固まっている。

歩くとすぐ疲れる。

夜は眠れない。

「薬飲んでるのにね」

ぽつりとつぶやく。

しばらくして、陽子はまたスマホを見た。

「青魚」

「野菜」

「発酵食品」

「タンパク質」

声に出して読む。

「納豆、味噌、ヨーグルト」

小さく笑う。

「全部、体にいいやつじゃない」

でも。

頭の中で別の声がする。

**食費三万円**

陽子はメモ帳を見る。

「三万で……」

指を折る。

米。

卵。

野菜。

肉。

魚。

「きついわよね」

ふっと笑う。

「どう考えても」

そのとき、ふと思い出した。

スーパーで聞いた話。

レジの横で、佐々木が言っていた。

「ねえ陽子さん」

「はい?」

「食費削ってるんですか?」

「まあね」

「体壊しますよ」

「そんな大げさな」

佐々木は笑って言った。

「食費削って医療費増えたら、本末転倒ですよ」

そのときは笑っていた。

「そんなことないわよ」

そう言った。

でも今。

陽子は小さくつぶやいた。

「……本末転倒」

苦笑する。

「ほんとね」

スマホの記事をもう一度見る。

青魚。

タンパク質。

野菜。

「体にいいものって」

静かに言う。

「だいたい高いのよね」

窓の外では、また焼き魚の匂いが漂ってきた。

香ばしい匂い。

じゅうっと焼ける音が聞こえる気がする。

陽子はお腹を押さえた。

「サバ食べたい」

小さく言う。

「ほんとに」

テーブルの上のメモ帳を見る。

数字。

計算。

残りのお金。

陽子はしばらく黙っていた。

それから、ぽつりと言った。

「体にいいもの食べないと」

少し笑う。

「でも食べるとお金なくなる」

天井を見上げる。

白い天井。

夕方の光が少し赤い。

陽子はゆっくり立ち上がった。

財布を手に取る。

中を開く。

紙幣が数枚。

硬貨が少し。

「……サバ一匹くらい」

小さくつぶやく。

「買ってもいいわよね」

玄関に向かう。

靴を履く。

背中はまだ痛い。

でも、さっきより少し軽い気がした。

ドアを開ける。

外の空気は、少し冷たくて、魚を焼く匂いがまだ漂っていた。

陽子は小さく笑った。

「本末転倒になる前に」

ゆっくり言う。

「サバ、買いに行こう」

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