私は弟のために生まれたんじゃない 〜「お姉ちゃんなんだから」と人生を搾取された私、弁護士になったのでクズ家族に返還請求します〜

かおるこ

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第4話 法律という武器

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第4話 法律という武器

雨が降っていた。

夜の道路は街灯の光を反射して、鈍く光っている。紬は仕事帰りの足で家に向かっていた。工場の油の匂いがまだ服に残っている。指先は金属の粉でざらついていた。

玄関の前で、少しだけ立ち止まる。

家の中から大きな声が聞こえた。

「だから言ってるだろ!」

駿の声だった。

紬は鍵を回し、ドアを開ける。

「ただいま」

居間の空気は重かった。

テーブルの上に、見慣れない男が座っている。黒いスーツ。濡れた靴。煙草の匂い。

母が紬を見る。

「あ、紬」

作り笑いだった。

「ちょうどよかった」

男が紬をじっと見る。

その視線が肌に刺さるようだった。

駿がソファから立ち上がる。

「姉ちゃん」

「なに」

駿は軽い調子で言った。

「ちょっとサインしてくれ」

テーブルの上に紙が置かれている。

紬は近づいた。

白い紙。
黒い文字。
契約書。

「これ」

紬は紙を見た。

「保証人契約」

その言葉が目に入る。

胸の奥が冷える。

「なにこれ」

母が言う。

「大したことないの」

駿が笑う。

「ちょっと金借りただけ」

紬は顔を上げた。

「いくら」

駿は肩をすくめる。

「二百万」

紬の喉が乾いた。

「なんで」

駿は不機嫌そうに言う。

「バイクとさ、ちょっと遊び」

母が言う。

「すぐ返すわよ」

男が初めて口を開いた。

低い声だった。

「返してくれりゃ問題ない」

煙草の匂いが強くなる。

紬は紙を見つめた。

保証人。

もし駿が返さなければ。

そのとき、男が言った。

「お姉さん働いてるんでしょ」

笑う。

「安心だ」

紬の手が少し震えた。

母がペンを差し出す。

「ほら、紬」

紬は動かない。

「書いて」

駿が言う。

「姉ちゃんなんだから」

紬はゆっくり顔を上げた。

「いや」

部屋の空気が止まった。

「え?」

母が言う。

紬はもう一度言った。

「書かない」

駿の顔が変わる。

「は?」

「書かない」

男が目を細める。

母が声を上げる。

「紬!」

父が新聞をたたいた。

「なんだその言い方は」

紬は紙を見たまま言った。

「保証人は」

喉が少し震える。

「借金を払う人でしょ」

駿が笑う。

「当たり前だろ」

紬は首を振る。

「払えない」

駿が怒鳴る。

「は?」

父が立ち上がる。

「家族を見捨てるのか」

紬は何も言えなかった。

母が泣きそうな声を出す。

「紬」

「駿はあなたの弟よ」

駿が言う。

「姉ちゃん、冷たいな」

その言葉が胸に落ちる。

でも紬は首を振った。

「無理」

男が立ち上がる。

「困るなあ」

低い声だった。

紬の心臓が速くなる。

母が言う。

「紬!」

父が怒鳴る。

「お前は家族を助ける義務がある!」

紬は小さく言った。

「義務?」

父が言う。

「そうだ」

紬は紙を見つめる。

義務。

その言葉が引っかかった。

その夜、紬は部屋に戻った。

机の上にスマートフォンを置く。

「保証人」

検索する。

画面に文字が並ぶ。

保証人
連帯保証人
返済義務

紬の指が止まった。

「借りた本人が払えない場合」

「保証人が全額支払う義務」

紬は息を止めた。

二百万。

それを自分が払う?

駿のために?

画面をスクロールする。

裁判
差し押さえ
給与

胸の奥が冷える。

もし払えなかったら。

給料。

家。

生活。

全部。

紬はスマートフォンを置いた。

しばらく動けなかった。

外ではまだ雨が降っている。

窓ガラスに雨粒が当たる音が続いていた。

紬はゆっくり立ち上がる。

コートを羽織る。

財布を持つ。

玄関を静かに開けた。

夜の空気は冷たかった。

雨の匂い。

アスファルトの濡れた匂い。

駅前の通りを歩く。

古い本屋の前で足が止まった。

小さな店だった。

灯りが一つだけついている。

紬は中に入った。

紙の匂いがした。

古い本の匂い。

棚をゆっくり見ていく。

法律。

その文字が目に入る。

一冊の分厚い本。

六法全書。

紬はそれを手に取った。

重い。

ページをめくる。

条文が並んでいる。

難しい言葉ばかり。

でも一つだけ分かることがあった。

法律。

それは。

誰かを守るためにある。

弱い人間が。

壊されないために。

紬はその本を抱えた。

レジに持っていく。

店主が言う。

「重いよ」

紬は小さくうなずいた。

「大丈夫です」

店を出る。

雨は少し弱くなっていた。

紬は六法全書を胸に抱える。

その重さが、なぜか安心に変わっていく。

家の前に立つ。

玄関の灯りがついている。

中から駿の声。

「姉ちゃん書かねーの?」

紬はドアを見つめた。

手の中の本を握る。

そして小さくつぶやいた。

「……知らないままじゃ」

雨の匂いが夜に溶けていく。

紬は静かに言う。

「もう奪わせない」

胸の奥で、何かが初めて動き始めていた。

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