私は弟のために生まれたんじゃない 〜「お姉ちゃんなんだから」と人生を搾取された私、弁護士になったのでクズ家族に返還請求します〜

かおるこ

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第9話 再び家族

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第9話 再び家族

電話が鳴った。

事務所の窓から午後の光が差し込んでいる。書類の山の上で、スマートフォンが震えていた。

紬はペンを置く。

画面を見る。

表示された名前に、指が一瞬止まった。

母。

胸の奥がわずかに冷たくなる。

それでも通話ボタンを押した。

「……もしもし」

少しの沈黙。

それから、聞き慣れた声。

「紬?」

弱々しい声だった。

「久しぶりね」

紬は椅子の背にもたれた。

「どうしたの」

母は小さく咳をした。

「体がね……よくなくて」

紬は黙って聞く。

「病院で検査してるの」

母の声は震えている。

「もう長くないかもしれないって」

紬は窓の外を見る。

遠くで車が走る音がする。

母が続けた。

「一度だけでいいの」

「顔を見せて」

紬の胸の奥に、静かな感情が流れた。

悲しみではない。

怒りでもない。

ただ、冷たい理解だった。

嘘。

分かっていた。

それでも紬は言った。

「……分かった」

母の声が明るくなる。

「本当?」

「うん」

紬は答える。

「今日行く」

電話を切る。

静かな事務所に戻る。

机の上には法律書。
契約書。
判例集。

紬はゆっくり立ち上がる。

壁に掛けられた鏡を見る。

黒いスーツ。
整った髪。

そして胸の小さなバッジ。

弁護士。

紬は小さく息を吐いた。

「……行こう」

夕方の空気は少し湿っていた。

実家の前に立つ。

見慣れた家。

古い外壁。
小さな庭。
錆びたポスト。

玄関の前で立ち止まる。

心臓は静かだった。

ドアを開ける。

「ただいま」

居間の空気が流れてくる。

油と煙草の匂い。

テレビの音。

そして。

「……紬?」

母が振り向いた。

元気そうだった。

顔色も悪くない。

紬は靴を脱ぐ。

「病気じゃなかったの」

母は少し笑う。

「まあ……」

その笑いで、すべて分かった。

駿がソファに座っている。

太っていた。

ジャージ姿でゲームをしている。

「おー」

画面から目を離さない。

「姉ちゃん」

父は新聞をめくっている。

紬を見ても特に驚かない。

「久しぶりだな」

その空気は。

昔と何も変わっていなかった。

紬は部屋を見渡す。

テーブルには空き缶。

床には菓子袋。

母が言う。

「座りなさい」

紬は立ったまま言う。

「用件は?」

母が顔をしかめる。

「冷たいわね」

駿が笑う。

「ほんと」

ゲームを置く。

「弁護士になったんだって?」

紬はうなずく。

「そう」

駿はニヤニヤする。

「ちょうどいいじゃん」

紬は駿を見る。

駿はテーブルの紙を指差す。

「これ」

紬は近づく。

紙を見る。

借金。

保証。

契約書。

紬はゆっくり顔を上げた。

「……また?」

駿は笑う。

「ちょっとな」

母が言う。

「紬」

その声は甘かった。

「助けてくれるわよね」

紬は黙っていた。

父が言う。

「家族だろ」

駿が言う。

「姉ちゃん弁護士なんだから」

そして。

その言葉。

「お姉ちゃんなんだから」

空気が静かに止まった。

紬はその言葉を聞く。

何度も聞いた言葉。

子どもの頃から。

人生を縛ってきた言葉。

でも。

今は違った。

紬はゆっくり息を吸う。

「違う」

母が言う。

「え?」

紬はもう一度言う。

「違う」

駿が眉をひそめる。

「なにが」

紬は言った。

「私は」

胸の奥の声を出す。

「お姉ちゃんだから助けるわけじゃない」

部屋の空気が変わる。

母が怒る。

「紬!」

父が言う。

「何を言ってる」

駿が立ち上がる。

「おい」

紬は静かに言った。

「私は」

少しだけ笑う。

「弁護士だから」

駿が言う。

「だから助けろよ」

紬は首を振る。

「依頼人じゃない」

沈黙。

駿が叫ぶ。

「家族だろ!」

紬は答えた。

「違う」

その声は静かだった。

でも揺れなかった。

「もう違う」

紬はテーブルの紙を見た。

そして言った。

「次に会うときは」

母が震える声で聞く。

「なに?」

紬は答える。

「法廷」

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