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第2話「15,000円の覚悟」
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第2話「15,000円の覚悟」
放課後の空は、少しだけ橙色に染まりはじめていた。
「ねえ、陽菜ってさ、メイクどこの使ってるの?」
突然、莉子が振り向いた。
教室のざわめきと、窓から入る春の風が混ざる。
「え、えっと……ドラッグストアのやつ」
「へえ!今日、駅前のモール寄らない?春コスメ出てるって!」
胸が、どくんと鳴った。
モール。コスメ。春の新作。
「……行く」
少しだけ間をあけて答えると、莉子はにっと笑った。
「よし決まり!」
電車の中は、制服姿でいっぱいだった。
つり革の揺れと、ブレーキのきしむ音。
香水とシャンプーの匂いが、ふわりと混ざる。
(今日、見るだけ。見るだけだから)
そう思いながら、スマホのメモを開く。
《予算:15,000円》
バイトもしていない陽菜にとって、それは決して軽い額じゃない。
お年玉の残りと、少しずつ貯めたお小遣い。
(本気で変わるなら、本気で選ばなきゃ)
モールの自動ドアが開く。
ふわっと甘い香りと、冷たい空調の風。
光沢のある床に、店内のライトが反射してまぶしい。
コスメショップの前で足が止まる。
きらきら。
ガラス越しに並ぶパレットやリップ。
パッケージの透明な輝き。
「うわ、やば……」
莉子が小声で笑う。
「テンション上がるよね!」
店に入ると、音楽が軽やかに流れている。
テスターの前には、同じくらいの年の子たちが集まっている。
陽菜はそっとリップを手に取った。
ひんやりとした金属の感触。
鏡に映る自分の顔。
(莉子みたいなオレンジ系……似合うのかな)
隣で莉子が言う。
「陽菜、肌白いからピンク似合いそうじゃない?」
「そうかな……」
オレンジを手の甲にのせる。
鮮やかすぎる。
少しだけ、浮く。
次に淡いローズを試す。
光に透けるような色。
「あ……」
肌になじむ。
「ほら!それいいじゃん!」
莉子の声が弾む。
陽菜は鏡を見つめる。
唇にのせると、ふわっと血色が上がる。
派手じゃない。
でも、確かに違う。
(真似じゃない。私に合うかどうか)
胸の奥で、何かが静かに動いた。
「これ、買う」
小さくつぶやく。
次はスキンケアコーナー。
ガラス瓶の冷たさ。
柑橘のような爽やかな香り。
「肌ってさ、ほんと変わるよ」
莉子が化粧水を手に取る。
「そんなに?」
「うん。研究だよ、研究」
研究。
その言葉が、妙にしっくりきた。
ヘアアイロン売り場では、黒と白の機械が並ぶ。
コードが絡まりそうで、少し重たい。
「温度調整ついてるほうがいいよ」
近くにいた店員がやさしく言う。
「前髪だけでも変わりますから」
前髪。
朝、何度も巻き直した自分を思い出す。
「……これにします」
レジに商品が並ぶ。
ピッ、ピッ、と軽い音。
合計金額が表示される。
14,832円。
「うわ、ギリギリじゃん!」
莉子が笑う。
でも陽菜は、レシートを受け取りながら、深く息を吸った。
(これが、私の覚悟)
帰り道、紙袋が腕に食い込む。
少し重い。
でも、その重さが心地いい。
夜。
部屋の机に、今日の戦利品を並べる。
光沢のあるパッケージ。
新品特有の、かすかな匂い。
「よし……研究開始」
ヘアアイロンをコンセントに差す。
じわじわと温まる音。
プレートの熱気が、指先に伝わる。
「熱っ」
思わず声が出る。
前髪を少しずつ挟む。
ゆっくり、ゆっくり滑らせる。
鏡の中で、毛先がふわりと曲がる。
「……いいかも」
口元がゆるむ。
化粧水を手に取る。
ひんやりとした液体が、肌に広がる。
とん、とん、と優しく叩き込む。
自分の顔に触れるたび、
今までより丁寧に扱っている気がした。
(私って、こんな顔してたんだ)
まじまじと見る。
欠点もある。
完璧じゃない。
でも。
「悪くない」
声に出すと、少しだけ照れくさい。
スマホを手に取り、莉子にメッセージを送る。
《さっきのリップ、買った》
すぐに返信が来る。
《絶対似合う!明日見せて!》
その文字を見た瞬間、胸があたたかくなる。
「可愛い」は、
誰かのコピーになることじゃない。
雑誌のモデルみたいになることでもない。
鏡の前で、
試して、失敗して、
また試して。
「これがいい」って自分で選ぶこと。
それが、研究。
ベッドに倒れ込む。
シーツの柔らかさ。
窓の外から、かすかな車の音。
天井を見上げながら、つぶやく。
「私、ちゃんと変わってるよね」
答えはまだ出ない。
でも。
今日、自分で選んだ色。
自分で決めた14,832円。
その重みは、確かに本物だった。
枕に顔をうずめる。
ほんのり、リップの甘い香りが残っている。
目を閉じる直前、
鏡の中で少しだけ自信を持った自分の顔が浮かんだ。
小さな変化。
でも、確実な一歩。
春はまだ始まったばかり。
陽菜は、ゆっくり息を吐く。
「明日、もっと上手くなる」
その声は、もう昨日より少しだけ強かった。
放課後の空は、少しだけ橙色に染まりはじめていた。
「ねえ、陽菜ってさ、メイクどこの使ってるの?」
突然、莉子が振り向いた。
教室のざわめきと、窓から入る春の風が混ざる。
「え、えっと……ドラッグストアのやつ」
「へえ!今日、駅前のモール寄らない?春コスメ出てるって!」
胸が、どくんと鳴った。
モール。コスメ。春の新作。
「……行く」
少しだけ間をあけて答えると、莉子はにっと笑った。
「よし決まり!」
電車の中は、制服姿でいっぱいだった。
つり革の揺れと、ブレーキのきしむ音。
香水とシャンプーの匂いが、ふわりと混ざる。
(今日、見るだけ。見るだけだから)
そう思いながら、スマホのメモを開く。
《予算:15,000円》
バイトもしていない陽菜にとって、それは決して軽い額じゃない。
お年玉の残りと、少しずつ貯めたお小遣い。
(本気で変わるなら、本気で選ばなきゃ)
モールの自動ドアが開く。
ふわっと甘い香りと、冷たい空調の風。
光沢のある床に、店内のライトが反射してまぶしい。
コスメショップの前で足が止まる。
きらきら。
ガラス越しに並ぶパレットやリップ。
パッケージの透明な輝き。
「うわ、やば……」
莉子が小声で笑う。
「テンション上がるよね!」
店に入ると、音楽が軽やかに流れている。
テスターの前には、同じくらいの年の子たちが集まっている。
陽菜はそっとリップを手に取った。
ひんやりとした金属の感触。
鏡に映る自分の顔。
(莉子みたいなオレンジ系……似合うのかな)
隣で莉子が言う。
「陽菜、肌白いからピンク似合いそうじゃない?」
「そうかな……」
オレンジを手の甲にのせる。
鮮やかすぎる。
少しだけ、浮く。
次に淡いローズを試す。
光に透けるような色。
「あ……」
肌になじむ。
「ほら!それいいじゃん!」
莉子の声が弾む。
陽菜は鏡を見つめる。
唇にのせると、ふわっと血色が上がる。
派手じゃない。
でも、確かに違う。
(真似じゃない。私に合うかどうか)
胸の奥で、何かが静かに動いた。
「これ、買う」
小さくつぶやく。
次はスキンケアコーナー。
ガラス瓶の冷たさ。
柑橘のような爽やかな香り。
「肌ってさ、ほんと変わるよ」
莉子が化粧水を手に取る。
「そんなに?」
「うん。研究だよ、研究」
研究。
その言葉が、妙にしっくりきた。
ヘアアイロン売り場では、黒と白の機械が並ぶ。
コードが絡まりそうで、少し重たい。
「温度調整ついてるほうがいいよ」
近くにいた店員がやさしく言う。
「前髪だけでも変わりますから」
前髪。
朝、何度も巻き直した自分を思い出す。
「……これにします」
レジに商品が並ぶ。
ピッ、ピッ、と軽い音。
合計金額が表示される。
14,832円。
「うわ、ギリギリじゃん!」
莉子が笑う。
でも陽菜は、レシートを受け取りながら、深く息を吸った。
(これが、私の覚悟)
帰り道、紙袋が腕に食い込む。
少し重い。
でも、その重さが心地いい。
夜。
部屋の机に、今日の戦利品を並べる。
光沢のあるパッケージ。
新品特有の、かすかな匂い。
「よし……研究開始」
ヘアアイロンをコンセントに差す。
じわじわと温まる音。
プレートの熱気が、指先に伝わる。
「熱っ」
思わず声が出る。
前髪を少しずつ挟む。
ゆっくり、ゆっくり滑らせる。
鏡の中で、毛先がふわりと曲がる。
「……いいかも」
口元がゆるむ。
化粧水を手に取る。
ひんやりとした液体が、肌に広がる。
とん、とん、と優しく叩き込む。
自分の顔に触れるたび、
今までより丁寧に扱っている気がした。
(私って、こんな顔してたんだ)
まじまじと見る。
欠点もある。
完璧じゃない。
でも。
「悪くない」
声に出すと、少しだけ照れくさい。
スマホを手に取り、莉子にメッセージを送る。
《さっきのリップ、買った》
すぐに返信が来る。
《絶対似合う!明日見せて!》
その文字を見た瞬間、胸があたたかくなる。
「可愛い」は、
誰かのコピーになることじゃない。
雑誌のモデルみたいになることでもない。
鏡の前で、
試して、失敗して、
また試して。
「これがいい」って自分で選ぶこと。
それが、研究。
ベッドに倒れ込む。
シーツの柔らかさ。
窓の外から、かすかな車の音。
天井を見上げながら、つぶやく。
「私、ちゃんと変わってるよね」
答えはまだ出ない。
でも。
今日、自分で選んだ色。
自分で決めた14,832円。
その重みは、確かに本物だった。
枕に顔をうずめる。
ほんのり、リップの甘い香りが残っている。
目を閉じる直前、
鏡の中で少しだけ自信を持った自分の顔が浮かんだ。
小さな変化。
でも、確実な一歩。
春はまだ始まったばかり。
陽菜は、ゆっくり息を吐く。
「明日、もっと上手くなる」
その声は、もう昨日より少しだけ強かった。
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