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第8話「泡の向こう側」
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「泡の向こう側」
「ねえ陽菜、スキンケア何使ってる?」
放課後の教室。
窓から入る西日が、机の上のプリントをオレンジ色に染めている。
「え、普通の……適当なやつ」
「適当ってなに」
莉子が笑う。
「ちゃんとやってる?」
「一応、洗顔はしてる」
「それだけ?」
「……たぶん」
莉子はため息をつく。
「高校生こそちゃんとやらないとだよ」
「そんなに違う?」
「違う。まじで」
陽菜は自分の頬に触れる。
少しざらっとしている。
鼻の横に、小さなニキビの予感。
(最近ちょっと荒れてるかも)
「何からやればいいの」
「まずは基本。洗顔、化粧水、乳液、日焼け止め」
「多」
「多くない」
莉子は指を折りながら言う。
「メイクしてる日はクレンジングも」
「めんどくさ……」
「その“めんどくさ”が未来の肌を決めるんだよ」
大げさな言い方に、思わず笑う。
その夜。
陽菜は洗面所の前に立っていた。
鏡の中の自分。
体育のあとで少し赤くなった頬。
額にうっすら汗の跡。
「……ちゃんとやるか」
クレンジングを手に取る。
透明なジェルが指の上でとろりと広がる。
「冷た」
頬に乗せると、ひんやりする。
メイクと日焼け止めが、ゆるく溶ける感覚。
「優しく、優しく」
莉子の声を思い出す。
くるくると円を描く。
指の腹で、そっと。
こすらない。
ぬるま湯で流すと、
肌がつるんと軽くなる。
「おお」
少し感動する。
次は洗顔。
泡タイプをプッシュすると、
白くてふわふわの泡が出てくる。
「わ、雲みたい」
鼻を近づけると、石けんのやさしい匂い。
顔に乗せる。
もこもこ。
指が直接肌に触れない。
「これが“泡で洗う”ってやつか」
こすらず、泡を転がす。
頬、額、あご。
ぬるま湯で流すと、
さっぱりするのに、つっぱらない。
タオルで押さえるように水気を取る。
「こすらない、こすらない」
自分に言い聞かせる。
鏡の中の肌は、ほんのり赤くて、
でもどこかすっきりしている。
化粧水のボトルを開ける。
シャバ、と手のひらに出す。
少し冷たい。
顔に押し当てると、
ひやっとして気持ちいい。
「吸い込んでる感じする」
手のひらで包む。
じわっと水分が入っていく感覚。
乾いていたスポンジが、
水を含むみたいに。
「これだけでいい気がするけど」
でも莉子の声がよみがえる。
“化粧水だけじゃ不十分”
乳液を少量とる。
やわらかくて、少しとろみがある。
顔に広げると、
さっきの水分にふたをするみたいにしっとりする。
「……全然違う」
頬に触れる。
もっちりしている。
さっきまでのざらつきが、少し消えている。
翌朝。
洗面所に立つと、
肌がいつもより柔らかい気がする。
「気のせい?」
でも悪い気はしない。
軽く洗顔して、
化粧水、乳液。
最後に日焼け止め。
白いクリームが、指の上でのびる。
「SPF……よし」
顔にのせると、少しひんやり。
でも重くない。
鏡の中の自分が、少し明るく見える。
「なんか……整ってる」
学校。
「陽菜、今日なんかツヤない?」
莉子が言う。
「まじ?」
「うん、昨日やった?」
「やった」
ちょっと誇らしい。
昼休み、トイレの鏡を見る。
光の当たり方が違う。
肌が均一に見える。
ニキビはまだある。
完璧じゃない。
でも。
「ちゃんと向き合ってる」
そう思える。
放課後、部活で汗をかく。
前は汗をかくと嫌だった。
ベタベタして、崩れて。
でも今日は違う。
(夜ちゃんと洗えばいい)
安心感がある。
家に帰り、また洗面所へ。
泡を顔に乗せながら、
ふと思う。
スキンケアって、
ただきれいになるためじゃない。
「今日もお疲れ」
そう言ってあげる時間。
指先が頬を包む。
温かい。
「ちゃんと守るから」
紫外線も、乾燥も、
全部は防げないけど。
できることはやる。
鏡の中の自分が、
少しだけ大人びて見える。
「慣れたら美容液も……?」
小さく笑う。
まだ基本でいい。
洗う。
潤す。
守る。
それだけで、
こんなに気持ちが違う。
タオルを掛けながら、陽菜はつぶやく。
「肌も、心も、似てるかも」
乾いたら荒れる。
こすりすぎたら傷つく。
でも、ちゃんと潤せば、落ち着く。
ベッドに入る。
頬を枕に当てると、
しっとりしている。
「続けよ」
小さく決意する。
明日もまた、
泡の向こう側にいる自分を、
少しずつ好きになれるように。
「ねえ陽菜、スキンケア何使ってる?」
放課後の教室。
窓から入る西日が、机の上のプリントをオレンジ色に染めている。
「え、普通の……適当なやつ」
「適当ってなに」
莉子が笑う。
「ちゃんとやってる?」
「一応、洗顔はしてる」
「それだけ?」
「……たぶん」
莉子はため息をつく。
「高校生こそちゃんとやらないとだよ」
「そんなに違う?」
「違う。まじで」
陽菜は自分の頬に触れる。
少しざらっとしている。
鼻の横に、小さなニキビの予感。
(最近ちょっと荒れてるかも)
「何からやればいいの」
「まずは基本。洗顔、化粧水、乳液、日焼け止め」
「多」
「多くない」
莉子は指を折りながら言う。
「メイクしてる日はクレンジングも」
「めんどくさ……」
「その“めんどくさ”が未来の肌を決めるんだよ」
大げさな言い方に、思わず笑う。
その夜。
陽菜は洗面所の前に立っていた。
鏡の中の自分。
体育のあとで少し赤くなった頬。
額にうっすら汗の跡。
「……ちゃんとやるか」
クレンジングを手に取る。
透明なジェルが指の上でとろりと広がる。
「冷た」
頬に乗せると、ひんやりする。
メイクと日焼け止めが、ゆるく溶ける感覚。
「優しく、優しく」
莉子の声を思い出す。
くるくると円を描く。
指の腹で、そっと。
こすらない。
ぬるま湯で流すと、
肌がつるんと軽くなる。
「おお」
少し感動する。
次は洗顔。
泡タイプをプッシュすると、
白くてふわふわの泡が出てくる。
「わ、雲みたい」
鼻を近づけると、石けんのやさしい匂い。
顔に乗せる。
もこもこ。
指が直接肌に触れない。
「これが“泡で洗う”ってやつか」
こすらず、泡を転がす。
頬、額、あご。
ぬるま湯で流すと、
さっぱりするのに、つっぱらない。
タオルで押さえるように水気を取る。
「こすらない、こすらない」
自分に言い聞かせる。
鏡の中の肌は、ほんのり赤くて、
でもどこかすっきりしている。
化粧水のボトルを開ける。
シャバ、と手のひらに出す。
少し冷たい。
顔に押し当てると、
ひやっとして気持ちいい。
「吸い込んでる感じする」
手のひらで包む。
じわっと水分が入っていく感覚。
乾いていたスポンジが、
水を含むみたいに。
「これだけでいい気がするけど」
でも莉子の声がよみがえる。
“化粧水だけじゃ不十分”
乳液を少量とる。
やわらかくて、少しとろみがある。
顔に広げると、
さっきの水分にふたをするみたいにしっとりする。
「……全然違う」
頬に触れる。
もっちりしている。
さっきまでのざらつきが、少し消えている。
翌朝。
洗面所に立つと、
肌がいつもより柔らかい気がする。
「気のせい?」
でも悪い気はしない。
軽く洗顔して、
化粧水、乳液。
最後に日焼け止め。
白いクリームが、指の上でのびる。
「SPF……よし」
顔にのせると、少しひんやり。
でも重くない。
鏡の中の自分が、少し明るく見える。
「なんか……整ってる」
学校。
「陽菜、今日なんかツヤない?」
莉子が言う。
「まじ?」
「うん、昨日やった?」
「やった」
ちょっと誇らしい。
昼休み、トイレの鏡を見る。
光の当たり方が違う。
肌が均一に見える。
ニキビはまだある。
完璧じゃない。
でも。
「ちゃんと向き合ってる」
そう思える。
放課後、部活で汗をかく。
前は汗をかくと嫌だった。
ベタベタして、崩れて。
でも今日は違う。
(夜ちゃんと洗えばいい)
安心感がある。
家に帰り、また洗面所へ。
泡を顔に乗せながら、
ふと思う。
スキンケアって、
ただきれいになるためじゃない。
「今日もお疲れ」
そう言ってあげる時間。
指先が頬を包む。
温かい。
「ちゃんと守るから」
紫外線も、乾燥も、
全部は防げないけど。
できることはやる。
鏡の中の自分が、
少しだけ大人びて見える。
「慣れたら美容液も……?」
小さく笑う。
まだ基本でいい。
洗う。
潤す。
守る。
それだけで、
こんなに気持ちが違う。
タオルを掛けながら、陽菜はつぶやく。
「肌も、心も、似てるかも」
乾いたら荒れる。
こすりすぎたら傷つく。
でも、ちゃんと潤せば、落ち着く。
ベッドに入る。
頬を枕に当てると、
しっとりしている。
「続けよ」
小さく決意する。
明日もまた、
泡の向こう側にいる自分を、
少しずつ好きになれるように。
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