『虚飾のパトロン:落ちぶれ文豪とゴーストライターの逆襲』

かおるこ

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第6話「生放送の罠」

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スタジオは、光でできていた。

白いライトが天井から幾重にも吊り下げられ、床に反射し、観客席を照らす。化粧品とヘアスプレーと、焦げるような機材の熱の匂いが混ざり合っている。

五十嵐豪は、控室の鏡の前に座っていた。

黒いスーツ。深紅のネクタイ。胸元には三十周年記念のバッジ。

メイク担当の女性が言う。

「先生、今日もお若いですね」

「若さは、精神からくるものだ」

五十嵐は口角を上げる。

鏡の中の自分は、少し疲れている。だが、照明の下ではそれも“渋み”に見えるはずだ。

コンコン、とドアが叩かれる。

「五十嵐先生、本番五分前です」

「今行く」

立ち上がると、革靴が床を鳴らす。

廊下へ出る。スタッフが走り回り、イヤホンからはカウントダウンの声が漏れている。

「先生、こちらへ」

ステージ袖に立つと、眩しさが目に刺さる。

司会者の声が響く。

「さあ、本日の特別ゲスト! 作家デビュー三十周年を迎えられました、文豪・五十嵐豪先生です!」

拍手。

歓声。

五十嵐は、ゆっくりと歩き出す。

光の中心へ。

スポットライトが当たる瞬間、胸の奥が熱くなる。

これだ。

この瞬間のために書いてきた。

いや——書かせてきた。

ソファに座ると、司会者が笑顔で身を乗り出す。

「先生、三十年ですよ! 感慨深いですね」

「ええ。読者の皆様のおかげです」

柔らかい声。

観客が頷く。

「そして今回、三十周年記念の“最高傑作”と名高い新作『透明な王国』! 今日は特別に、先生ご自身の朗読で一節を——」

拍手がさらに強まる。

五十嵐は、テーブルに置かれた本を手に取った。

表紙に、自分の名前が金で箔押しされている。

五十嵐 豪。

指先でなぞる。

これが、名だ。

ページを開く。

紙の匂い。インクの匂い。

懐かしい。地下室の匂いとは違う、整った匂い。

「では」

マイクを口元へ。

スタジオが静まり返る。

五十嵐は読み始める。

「——王は語った。光は決して嘘をつかぬ、と」

低く、よく通る声。

観客の息が揃う。

「だが影は知っていた。光こそが、もっとも巧妙な仮面であることを」

一瞬、言葉が胸をかすめる。

影。

仮面。

五十嵐は気にせず続ける。

「影は名を持たない。だが名を持たぬからこそ、すべてを覚えている」

スタジオの空気が、ぴんと張る。

カメラがズームする。

「王は笑う。私は永遠だ、と。影は微笑む。永遠とは、崩れる形のことだ、と」

五十嵐の声が、わずかに震えた。

気のせいだ。

スポットライトの熱が、額に汗を滲ませる。

ページをめくる。

紙が指に張り付く。

「——私は名を持たぬ影。だが、影には形がある」

その瞬間、客席のどこかで小さなざわめきが起きた。

ほんの小さな波。

五十嵐は気にしない。

読む。

「わたしは、やがて名を告げるだろう」

一瞬、喉が詰まる。

わたしは。

——やがて名を告げる。

五十嵐の目が、文字を追う。

改行。

行頭の文字が、縦に並ぶ。













心臓が、どくりと鳴った。

一拍、読みが止まる。

司会者が小さく首を傾げる。

「先生?」

五十嵐は咳払いをする。

「……失礼」

声を立て直す。

「影は、光の裏で息をする」

観客は気づいていない。

だが、スタジオの片隅。

モニターを見つめる若いスタッフが、眉をひそめた。

「……これ、縦に読むと」

隣のスタッフが画面を覗き込む。

「え?」

「いや、気のせいか」

五十嵐は読み続ける。

額の汗が頬を伝う。

スポットライトが、やけに熱い。

「光は、ついに自分の影に名を与えられる」

最後の一文。

拍手が爆発する。

スタジオが揺れる。

司会者が興奮気味に言う。

「素晴らしい! 先生、本当に圧巻です!」

五十嵐は本を閉じた。

手が、わずかに震えている。

観客は立ち上がり、拍手を続ける。

その中で、司会者が笑顔で言う。

「先生、この“影の名”というテーマ、実体験からですか?」

実体験。

五十嵐は一瞬、言葉を失う。

地下室。

湿った匂い。

キーボードの音。

「……創作です」

笑顔を作る。

「すべては、創作です」

観客が笑う。

だが、どこかで。

確かに何かが動いている。

SNSのタイムライン。

「今の朗読、縦読みヤバくない?」

「“私は柳沢蓮”って読めるんだけど」

「え、誰?」

「五十嵐のゴースト?」

ざわめきは、スタジオの外で広がり始めていた。

五十嵐は知らない。

光の中心で、拍手を浴びながら。

自分の足元に、影が濃く伸びていることを。

スポットライトが、少しだけ揺れた。

その揺れに気づいたのは、彼ではなかった。

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