『黄金の砂漠 ―貯金残高一億円の孤独―』

かおるこ

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第8話 三味線草の揺れる道

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第8話 三味線草の揺れる道

朝の空は、やわらかい青だった。
窓を開けると、春の風が部屋の中に入ってくる。

志乃はしばらく窓辺に立っていた。

向かいの庭では、白木蓮の花がほとんど落ちている。
枝の先に、まだ数輪だけ残っている。

「もう終わりね」

小さく言った。

部屋のテーブルの上には、封筒が置いてあった。
白い封筒。

志乃はそれを見つめる。

「……どうしようかしら」

指で封筒の端をなぞる。

中には、まだ何も入っていない。

志乃は椅子に座った。

「大げさよね」

自分に言う。

「入学祝いなんて」

親戚の娘の顔が、ぼんやり浮かんだ。

小さな頃、何度か会ったことがある。
そのあと志乃は、だんだん足が遠のいた。

外食。
贈り物。
交通費。

どれも、お金がかかる。

志乃はいつの間にか、行かなくなった。

「……ごめんなさいね」

誰にともなく言った。

娘はもう大学生になる。

志乃は封筒を持った。

「少しだけ……」

そう言って、すぐに首を振る。

「少しじゃないわね」

志乃は立ち上がった。

「銀行、行きましょう」

春の道は、光がやわらかかった。

風が吹くと、遠くの木の葉がさやさや鳴る。

志乃はゆっくり歩いていた。

歩道の端に、小さな草がたくさん生えている。

ふと足元を見る。

「……あら」

**三味線草。**

細い茎の先に、小さな三角の実がぶら下がっている。

志乃はしゃがみこんだ。

風が吹く。

三味線草が、
**さらさら**と揺れる。

小さな実が触れ合って、
かすかな音を立てた。

志乃は指で一本つまんだ。

「元気ね」

茎は細いのに、しっかり立っている。

春の風の中で、ぐいぐい揺れている。

志乃は少し笑った。

「こんなに細いのに」

三味線草はまた揺れる。

その姿を見ていると、胸の奥の固いものが少しだけゆるむ。

志乃はぽつりと言った。

「私……」

少し考える。

「いくら包もうかしら」

声に出してみる。

数字が頭に浮かぶ。

一万円。
三万円。

志乃は首を振る。

「違うわね」

また三味線草を見る。

風が吹く。

小さな実が、
からからと揺れる。

志乃はふっと笑った。

「もっとよ」

声が少し明るくなった。

「大学生だもの」

志乃は草を少し摘んだ。

数本。

手の中に、青い匂いが広がる。

「味噌汁に入れましょうか」

袋に入れる。

また歩き出す。

銀行のガラス扉を押すと、冷たい空気が流れてきた。

中は静かだった。

番号札を取る。

椅子に座る。

志乃は封筒を握った。

胸が少しどきどきしている。

「……変ね」

小さく笑う。

「お金を出すだけなのに」

番号が呼ばれた。

「どうぞ」

窓口の女性が微笑む。

志乃は通帳を出した。

「少し……」

声が少しだけ震える。

「引き出したいんです」

「はい」

女性は機械を操作する。

「おいくらでしょう」

志乃は一瞬だけ迷った。

三味線草が揺れる道を思い出す。

春の風。

細い茎。

志乃は言った。

「……十万円」

女性が少し驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。

「かしこまりました」

機械の音。

紙幣の音。

志乃はそれを受け取った。

重さは、思ったより軽かった。

銀行を出る。

春の空気が頬に触れる。

志乃は封筒にお金を入れた。

「はい」

小さく言った。

「入学祝い」

風が吹く。

道端の三味線草が、また揺れている。

志乃はそれを見て、少し笑った。

「元気ね」

部屋に戻ると、台所に立った。

鍋に水を入れる。

ジャガイモを切る。

コツ、コツ。

包丁の音が台所に響く。

味噌を溶く。

湯気が立ち上る。

志乃は袋から三味線草を出した。

小さな葉。

青い匂い。

「少しだけね」

鍋に入れる。

葉がゆらりと浮かぶ。

志乃は味噌汁をよそった。

一口すする。

青い香りが広がる。

志乃は目を閉じた。

「……春ね」

静かな部屋の中で、
その言葉だけがやわらかく響いた。

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