Tantum Quintus

Meaningless Name

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1.Farewell to the Beginning

3:最後の灯

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 パァン!

乾いた銃声は高い天井の室内に木霊する。
女の腹部がじわじわと紅く濁っていく。
轟音と共に穴の開いた壁からは、
土煙と共に硝煙の匂いを微かに漂わせた。
痛みに耐えながらキョーコは、その銃声の発信源を睨みつけていた。

「そう、あなたが・・・」

煙の中から出てきたのは6人だった。全員黒ずくめのようだ。
光の加減から軍服に見えなくもないが、
キョーコの目からはそれははっきりとはわからなかった。
だがよくよく見ると一人は色こそ黒かったものの、
この場に似つかわしくないものだった。

一人を除いた5人は、
フルフェイスのヘルメットを被っており表情は伺えない。
5人ともてには違う物を装備しているようだ。
10本の手には10本の銃が、握りしめられているのだろう。
大きさは各々違うものを持っているようだったが、
立ち込める土煙がそれを隠そうと緩やかに蠢いていた。

「すまないね、私も君を手に掛けるのは本意ではないのだが。
 しかし私の目の届かないところで、
  第5世代フィフスの開発を秘密裏に行った。
 君らに原因があるのだよ?キョーコ君」

一人場違いに軽装な男は、言い終えておもむろにサングラスを取った。
男は勝ち誇った顔でゆっくりと近づいてくると、
痛みで立っていられなかったキョーコを見下ろす。
頬は痩せこけて、元々が鋭い目つきを更に際立たせている。
サングラスにトレンチコート、皮手袋に革靴。
黒で統一された品々はどれも高級さが伺えるものだ。
彼にとっての大事なメッキである。
たとえ脆くともこうした装飾をすることに意味がある。
男はそんな考えの持ち主だった。

そんな男を相変わらずの派手な演出と見栄で着飾った、
つまらない人間だとキョーコは再確認した。
人の内面は早々変わらない。

「3年前と何も変わってないわね・・・」

言いながらキョーコは少なくなっていく血液を、
脳へ循環させ思慮を巡らせる。
どうせ後先ないのは百も承知。
冥途の土産にちょうどいいかもしれない。
だがそれには、もう少し時間を稼がなければいけない。
ユーキをこの男から少しでも離す為、
自分の残り僅かな灯が尽きる、既の所まで。
母親としてしてあげられる事が、
これが最後かと思うと少し切なくもあった。
そしてこんな運命に導いてしまった、親としての不甲斐なさ。
が、息子であるユーキが元気に生きていてくれることが、
今の彼女にとって唯一の願いだった。

「ふふ、あなたをラボから追い出して正解だったわ。
 ・・・こ、こんなことに手を貸すような人だもの、
 あなたに 第5世代フィフスは宝の持ち腐れね。」

「黙れっ!」

銃声はキョーコの左足をいとも簡単に貫く。

「あぐっ・・・」

撃痛と共にキョーコの左足から鮮血が滴る。
2か所に増えた風穴は、容赦なく彼女の命を削っていく。
虚ろな目、流しすぎた血が既に死線が近いことを、否が応でも感じさせる。

「あ・・・あなたに 第5世代フィフスの制御はできないわ。
 特に、AIを敵視しているあなたには」

硝煙の匂いが増し、風穴も比例するように増えた。

キョーコは右足からも鮮血を散らせていた。
激痛に、喘ぐ声すら出ない程の出血が、キョーコの疲弊を物語っていた。
男を煽りながらもキョーコは、一つずつプロセスを踏んでいく。

「チップはどこだ?
 吐けばお前の命くらいなら助けてやらんこともないが?・・・」

と、にやついた顔で取引を持ち掛けた男は、
キョーコの額に硝煙が立ち上る銃口を突き立てる。
もちろん息も絶え絶えで、
呼吸もままならない目の前の女を、助けるはずもなかった。

「お前らっ!ガキを探せっ!
 推測だがガキにチップを埋め込んでいるはずだ!
 頭部さえ奇麗にに残っていれば殺しても構わんっ!
 いいかっ!必ず見つけ出せっ!」

黒づくめ達にそう言い放つと、男は不敵な笑みを浮かべる。
目の前のキョーコは既に風前の灯火。
夫であり所長であるラトリーも、
先程消失した生体反応であることは予測できる。
これで行く手を遮るものは無くなった。
確信に満ちた男から自然と声が漏れる。

「これで私は世界を・・・くっくっく」

男のドス黒い嘲笑を聞きながら、
キョーコは最後のプロセスをこなしていく。

「・・・そう、うまく・・・・いくかしらね」

か細い声は彼女の目の前に迫っている死を、否応なしに感じさせた。
男は首をかしげる。今にもくたばりそうなこの女に、
いったい何ができるのだろうか?
苦し紛れに放っただけであろうその言葉に何の意味が?

しかし、意味はあった。
最後のプロセスを完了させたキョーコは、
シグナルを送信しタイマーをスタートさせた。
それなりの規模の爆発を起こせるにしても、
最新鋭の軍の装備相手では装甲が貫けない可能性もあった。
だがこの軽装の男がこの距離で巻き込まれるのであれば、
確実に消し飛ぶ威力だ。

キョーコは薄れゆく意識の中、 個別通信チャネルを開く。
さあ、最後の仕事だ。

《お願い、ユーキを守ってあげて・・・・マ・・リ・・・ァ》

霞がかった視界はゆっくりとRGBを0にしていく。
五感全てが0に近づくのを感じながら。

彼女の意識は0に還っていった。


壁に背中を預けていたキョーコは、静かに床に伏せた。

「死んだか」

床に伏せたキョーコを足蹴に仰向けにすると、
男はまだ少し温もりのあるそれに、自前のウィルスを走らせる。
完璧に死体だった。
生体反応はもちろんの事、チップも読み込めなくなっている。
確か この女は第4世代フォースだったと男は思い出した。。
生命活動の停止をトリガーに、チップを完全に焼き切ったようだ。

「ケッこれだから第4世代フォースは!使えねぇ!」

吐き捨てるように言い放つ。
男は憂さ晴らしとばかりに、
その冷たくなっていくものへ蹴りを入れた。
次の瞬間キョーコだった有機物は淡い光を放ち始めた。

「・・・んの野郎っ!」

慌てた素振りで男は吐き捨てる。
確かに完璧に死体だったことを確認した。それは間違い無い。
しかしこの現象はなんだろうか?
男には今まで見たことの無いこの現象を理解できなかったが、
これから起こりうるであろう現象は察することができた。

辺りは音もなく、眩い光に包まれていった。





ネオラボラトリー  外周


 目の前を強烈な光が辺りを照らす。
照明弾とは似ても似つかないはるかに多いその光量。
爆音に耳を塞ぐと待ってましたと言わんばかりに、
強烈な 干渉波ノイズを引き連れて、爆風がセイジの体を襲う。
飛ばされないよう地面に這いつくばった瞬間、
上空を何かが通過していった。
上空に飛んでいったそれを、
まだ収まらない爆風を利用しながら追いかける。
セイジは優しくそれを抱きかかえた。

ユーキだった。
右手首から先、そして左膝下を欠損していた。

時は少し遡り、爆発の起きる少し前。

「おかあさんをたすけなくちゃ」

セイジの背中を蹴ったユーキは、今来た道を走り始める。
慌てたセイジだったが、とはいえ3歳の子供だ。
足は速くない。連れ戻そうと踏みだした、その直後だった。


しかし・・・おかしい。
念のため止血剤を塗り応急処置を施す。
と同時にユーキのバイタルチェック。
処置をした2か所以外に鼓膜が損傷ているようだったが、
他に目立った外傷はなかった。
念の為、脳波もチェックしたが異常はなさそうだった。
気を失ってはいるが安静にしていれば大丈夫だろう。
既に救助も手配しているし、今すぐどうこうということはないはずだ。

ふと爆心地であっただろう方向に目を向けるが、
ラボを起点にした爆発は半径約5km前後を跡形もなく吹き飛ばしている。
一応 検索機能サーチャーで似たような兵器が無いか調べたが、
あまりにも特異なそれは他に類を見なかった。
そう、一般的な爆発と言うにはほど遠い、
何かアートの近い造形がそこに広がっていた。
まるで鉄球が地面に突き刺さったかのように、
奇麗な半球状の穴があの一瞬で作られていた。
吹き飛ばす、と言うより削り取ると言ったほうが正しいかもしれない。

先程の違和感の正体はこれか?。

ユーキの欠損はこれが原因なのは一目瞭然だが、だとしてもだ。
まるで時が止まったかのように欠損箇所からは出血がなかった。
出血が無かったとはいえ、
剥き出しの傷口を放置する理由もなく、処置はしたわけだが。
セイジは頭を掻きむしりながら、少々の思索にふけるがすぐにやめた。
兵器に対してある程度の知識は持っていたが、
あったところで今まで見たこともない、
この兵器への対策なんて思いつかなかった。
所詮、餅は餅屋でここでの自分はお役御免だ。
さっさと 安全地帯セーフティに入りたい。

救助が来るまで時間があったので、
自分たち以外に人気がないことを確認し、木の根元へ腰を下ろす。
ユーキは静かに呼吸している。
今意識を取り戻したところで、激痛に悶絶するだけだ。
出来れば今しばらく寝ていて欲しい。
今目覚められたところで、彼になんと声を掛ければ良いか。
ボキャブラリーに乏しいセイジには、あまりにも高いハードルだった。
セイジ自身少し疲れたのか無意識に目を閉じると、
キョーコが最後に見せた笑顔が、朧げに現れた。

職業柄人の生死なんぞ腐るほど見てきたセイジである。
だが目の前で死んだであろう身内の笑顔に、
とっくに失ったと思っていた湧き出る感情を、抑えこむのは難しかった。
義弟であるラトリーもラボの中で確認していないが、この爆破規模だ。
・・・そういうことだろう。
数年振りに頬を伝う涙だったが、それ以上に、
自分の不甲斐なさに、吐き気を感じるセイジだった。
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