シュレディンガーの竜

みらい

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5.黒に咲いた、偽りの夜

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夕刻。
 霞がかった視界。
 街には、まだ笑い声が満ちていた。
 市場には屋台が並び、飲み屋には冒険者たちが肩を叩きあっていた。

 気怠げに街灯の光が伸びる路地裏。

 俺は、その片隅に佇んでいた。
 空気に溶け込むように、黒い蝶を羽ばたかせて。

 選んだのは、酔ったハンター二人組。

 それぞれ竜が何だのと魔法がどうのと吠えている。討論中といった風だ。
 どちらも、白銀の髪をなびかせていた。

 ふと、心がざわめいた。
 あの子の髪も、こんな風に……。



「……」



 俺は目を伏せ、息を吐いた。
 もう関係ない。
 あの子に害が及ばないなら、他はどうでもいい。
 それより今は、加護を与えられるか。

 それだけ。
 それだけだ。

 ふう……と、すれ違いざまに炎を吹く。



 黒い炎を。
 俺の加護を。
 変色してしまった呪いを。
 それは音もなく降り、彼らの意識に触れる。

 思考を曇らせ、闘争心を煽る。
 少し、引っ掻くだけ。

 最初は、ただの小競り合いだった。



「なんだよ、竜こそ至高だって! 魔法使えるんだぜ?」

「は? ふざけんなよ……! 幻想だっ」



 言葉が刃となり、とうとう拳が飛ぶ。
 それは赤い炎も纏っていた。

 ーー成功、か?

 次の瞬間には、もう周囲を巻き込んでいた。
 二人は涎を垂らしながら、無差別に攻め始めた。
 商人たちが悲鳴を上げ、少年が泣き叫び、女たちが逃げ惑う。

 火の手があがったのは、それからすぐだった。

 油でも零れたか。簡単に炎は建物を舐め、木造の家屋が爆ぜる音が響く。

 混乱。
 崩壊。

 ーー加護はだめだった。

 何か、が必要らしい。

 配下の赤翼の者たちは俺と同等の加護を使えた。一体何が違うのだろうか。

 しかし、これで広報部も。あの子を否定した者も。幻想も消える。
 俺の作った「夜」。

 兵隊も、守護者も、この国にはもういない。
 誰も止められない。
 あとは、壊れるまで。



「……ふ、ふふ」



 笑ったつもりだったが、声は震えていた。
 喉の奥が引き攣る。

 駆ける白銀。

 燃え上がる街の中で、逃げ惑う人々。
 倒れる少女。

 ーーあの子じゃない。

 わかっている。
 わかっているはずなのに。
 ちらりと見えた。

 瓦礫の中を必死で走る、小さな白い影。
 あれも、違う。

 けれど、ーー

 俺の胸は、ちくりと痛んだ。
 とうに捨てたはずだったのに。
 殻の中へと封じたのに。



(……なぜ、だ)



 唇を、ギリと噛み締めた。
 血の味が広がる。

 黒い蝶が、いくつも、いくつも空を舞っていた。
 この空虚の中に、俺はただ、ひとり黒い眼でそれを眺めた。




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